「……ショウくん?ショウくんっ!!」
ああ、うるさい。
カズはいつだって小言を言う。
悪魔のくせに、とか。
バカな奴、とか。
何をのこのこ戻ってきたんだ、とか。
能無し、とか。
いや、ショウくん…ってことはジュンか。
くそ、目を開けたくない。
目を開けたら、智を失った悪魔界の日常に戻ってしまう。
だけど……いつまでもこうしているわけにはいかない。
仕方なくゆっくりと目を開けると…
あまりの眩しさに、また目を瞑る。
「ま、眩しっ…」
悪魔界に光はない。
何だこれ?
「何寝ぼけてるんですか、ショウくん!」
バサッと俺の上から何かが引き剥がされる。
え?
そうっと目を開けると……
修道着を着た智が布団を持って怒った顔でいるわけで。
「さ、智?」
拍子抜けしてぱちぱちと目を開けると、視界が少しずつクリアになる。
ここ…小さな、部屋?
人間界…か?
窓の外を見ると、小高い丘の上だと理解する。
周りには何もなさそうだ。
ここ……どこだ?
どう考えても、智のいた教会ではない。
「もうミサの時間ですよ!」
「……は?」
「は?じゃないです!僕達以外誰も来ないからって、そこを蔑ろにしてはいけません!神はお待ちです!早く着替えて下さいっ!」
渡されたその服に頭にクエスチョンマークをたくさん浮かべながら広げて見てみると……
「し、神父ゥ?!誰のだよ?!」
「何言ってんですか、神父様はあなたしかいないでしょう!シスターも僕だけですけど…!とにかく早くしてください!」
バタバタと出て行きかけた智が、はたと足を止めて戻ってくる。
「な、何?」
「…忘れ物しました。」
忘れ物?
と言いかけると、ちゅっと当たる唇……。
「……えっ。」
「さ、先行ってますねっ。」
赤い顔を腕で隠し、智が扉の外に消える。
「……何が起こってんだ、これ。」
『ショウちゃん?聞こえる?』
突然脳内に響く声に、ハッとする。
「カズ!これ…どうなってる?!」
『あーよかった、繋がった。って、何も覚えてないの?』
「覚えてねえ!何が起こってる?」
『ショウちゃん、良かったね!これでもう智くんと一緒にいられるよ!』
マサキの声だ。
「は?何の話だよ!」
『カミサマからのプレゼントだって♪』
ぷ…プレゼントぉ??
『ショウくんは愛を知って、シアワセを知って、相手を思いやって優しくなったから…人間にしてくれたんだってさ。大野智の記憶も、神父様として来たショウくんに一目惚れしたことにしてくれたみたい。』
はあぁぁぁ???
何で、カミサマが、あの悪行を許すんだ??
ジュンの言葉に首を傾げると、カズのくくくっと笑う声が響く。
『にしてもカミサマは意地悪ですね。よりによって悪魔が神父にされるとは。』
『確かに。どっちにしろ恋愛はタブーか。神父とシスターだもんな。』
『ひゃっひゃ!両想いとは言え、世界一難しい恋、継続だね?二人きりの教会だとしても、カミサマに四六時中見られながらだなんて…んーっ最高に燃えちゃう♡』
二人きりの教会…。
やっぱり、ここは違う教会なのか。
街もひょっとしたら全然違う場所なのかもしれない。
面白そうに笑うマサキに、カズがそうかな?と真面目な声で返す。
『もうカミサマも黙認するしかないでしょ?迷惑かけたのはお互い様なんだし。』
…迷惑?
「何の話?」
カズがあれ?知らない?と笑う。
『ほら、マッケンユウってやついたじゃん、ジュンくんが連れてきた天使の。あの子、とんだ堕天使でさぁ。
ウチの悪魔達を取っかえ引っ変え…挙句に悪魔界のリストを燃やしちゃったり、大王様の城に天使の絵を描いたりしちゃって。それもまー無邪気にね。悪意ZEROよ。怖い怖い。
てことでこっち大変なことになってたから、カミサマも「何かうちの子がごめんね?」ってわざわざ謝りに来たんだよ、大王様に。』
そんな奴だったんだ?
天真爛漫そうに見えてたけど、天真爛漫に悪さもしてたとは。。
つーか「何かごめんね?」って、軽くね?カミサマ。
『マッケン、そういうところも可愛いよね。』
ジュンがデレた声で言う。
恋は盲目…って人間の言葉をふと思い出す。
言い得て妙だな。
『大王様ね、優しいんだよ!口止めされたけど、カミサマに「ならうちのショウの愚行を許してやれ。」って…ぎゃあっ!!!』
『馬鹿だな、大王様地獄耳なんだから全部聞こえてるって。』
『マサキ今、火だるまでーす(笑)』
大王様が…?
気付いてたのか…。
口は悪いし態度も大きく怖い人だけど、俺たち悪魔皆を、子どもとして愛してくれていたということだろう。
ありがとう……大王様。
『あー、暑かった!ごめんね大王様!!…だからね、ショウちゃん。寂しいけど、お別れだよ!』
マサキが寂しさなんて感じない明るい声で言う。
悪魔を辞めることは普通、悲しいことではない。
死ぬことも、人間になることも、或いは天使として生まれ変わることも。
悪魔同士の別れに、寂しさなどというものは存在しないのだ。
だけど。
「…そ、か。…楽しかった。ありがとう。」
胸を締め付けるこの気持ちは、俺が人間になった証だろうか?
鼻の奥がツンとする。
人間という生き物は、なかなか厄介だ。
『ヤ リすぎて腰 砕けんなよ!』
『あんまヤッ てっと天罰あるかもよ~(笑)』
『ショウちゃん絶 倫 だからな~!』
だんだんと遠ざかる間抜けな3人の会話に、苦笑して。
それで。
「……お前らも、シアワセにな!俺は智と必ずシアワセになるから…!元気で!」
悪魔に分からない、シアワセって表現をあえて使って。
プツンと音声は途絶えた。
「ショウくん?!皆お待ちですよ!!!」
ドンドンとドアを叩かれ、慌てて着替える。
…そういや、神父って何すりゃいいんだ?
そう思ったけど、5年間教会に通った俺の記憶は、悲しい程に鮮明だった。
神に忠誠を誓う気などさらさらないのに、聖職者のやるべきことは全て理解しているのだから笑える。
それ以来、もう3人の声を聞くことは無かった。
悪魔の記憶は、まるで長い年月が夢だったかのように、少しずつ薄れていった。
だけど、
「智……。」
「ショウくんダメ、神様が見てるよっ!」
「見てないよ。俺しか、見てない──。」
「あ…っ」
この、世界一難しい恋?は、続いていく。
それが、
この天使の隣こそが
俺にとって唯一の現実、だ。
END