どーも飛行機乗り過ごしたので、空港で暇しております。ブログを書きます。

シアトルに着くのが遅れるせいで、向こうの友達が用意してくれたパーティーには間に合わないっぽいです。。。なんて薄情な、すまんローラ。そしてしょーへー。

昨日はMOMA(ニューヨーク現代美術館)で小学校の同級生に会ってビビりました。改めて世界は小さい。。。

これからは確率を超えた何かも信じることにします。

さて!

また馬鹿な話ばっかり書いていると、人事の人に目を付けられそうなので、真面目な話をひとつ。

「ああ、世界ってこうやって新しい時代切り開いてんだ」

昨日ニューヨークの一風堂にて、こんな事を思いました。

そんな事を思わせたのは、試行錯誤しながらラーメンを一生懸命食べるアメリカ人。

白人、黒人、ヒスパニック、老若男女が日本製の細い麺に四苦八苦している。

店内はニューヨークに似合ったモダンなインテリアに、暗めの間接照明。日本の一風堂とは大きくかけ離れた店舗だ。

店内に入った時、あまりにも多くの人が待っていてびっくりした。
待つ場所にはミニバーがあって、みんなビール片手に自分の番を待っている。それほど混んでいるのだ。

隣で待っているニューヨーカー曰く。

「Ippudoは最近オシャレなニューヨーカーの間では話題の店だよ。昔はヨーロッパから来た、洒落たフレンチなんかが人気だったけど今は日本食ばっかりだね、ヘルシーだし。」

だと言う。

五年前じゃ考えられない事だ。

確かにヘルシーな日本食が注目されていたのは知っていたが、豚骨スープに入ったチャーシューをアメリカ人が食っているのは想像出来なかった。

というのも、一年間のアメリカ生活で、アメリカ人はひどく保守的な人たちだと体感していた。

魚は匂いがキツイから絶対食べないし(パーティーグッツで魚の匂いのする飴があるほど)、イカやタコののったシーフードピザの写真を見せようものなら、三日はその話で持ちきりだった。

そんなアメリカ人が、箸でラーメンをすすっている、衝撃だ。

これにはアメリカ経済の失墜が関係してるのではないかと思う。

というのも、世界の国々は常に自分より上の国を追いかけ、真似る。

戦後日本は、というか世界は、アメリカの背中を追って来た。

コカコーラを飲み、マクドナルドで腹を満たし、ハワイやニューヨークへこぞって旅行した。

しかしドルが信頼を失った今、アメリカは日本の背中を見始めているのではないだろうか。

この兆候は90年代頃から見られる。

トヨタのトラックで、世界中にソニーのテレビが配送され、ピカチュウがブラウン管を駆け回る。

この頃から、アメリカの商品をただただ輸入する機会は減ってきた。

実際、僕らの親の世代に流行ったものはほとんどがアメリカ製だ(映画、音楽、ローラースルーゴーゴーなど。)

2011年。

今では徐々に日本文化が台頭し始めている。

一風堂に入った時はアメリカ人の店員が「いらっしゃいませー!」と叫んでいたし、当然の様に箸が出てきた。

水も無料だ(普通海外のレストランでは有料)。

そして何より、アメリカ人が日本人の食べ方や立ち振る舞いを真似ているということ。

人々は、自分たちより優れた文化を真似て、取り込み、先進文化への土台を作る。
そして、土台を超えた独自のものを作る、クリエイティブな段階へ。
こうして、人々は新たなステージへの準備をしているのかもしれない。

じゃあ、次に俺らが見る背中とは?

間違いなく中国だ。

先日、日本のGDPが中国に抜かれたのは記憶に新しいが、こんなの序の口も序の口だ。

2050年には、中国のGDPがアメリカの45倍になると言われている。

そうなれば世界の7割以上の富が中国に集中することになる。

まさに戦後のアメリカである。

この戦後、日本で流行っていたのは、前述の通りアメリカの製品だ。日本だけでなく、世界中をアメリカ製品が駆け巡った。

中国の背中を世界中が見たとき、世界はどうなるだろうか。

中国には優れた文化が、これでもかというぐらいある(特に中華)。

しかし中国人の慣習はまだまだグローバルな基準に達していない気がする。

昨日も一風堂でスペアリブを食べていた中国人が、料理がくるなり、全部の肉を骨から外していた。

これは日本でもステーキを最初に全部切ったりする人を見るが、マナー上最悪の食べ方。社会人になるみんなは特に気をつけよう!!

他にも店内で唾を吐いたり、ゴミをそこらじゅうに捨てたりと未完の状態だ。

近い将来、世界中が中国の背中を見た時、どんな世界になっているか非常に興味深い。

そんな事を思いながら、すすった焦がし味噌ラーメン(¥1600)。久々の日本食、最高でした。

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Day 35
In NewYork




iPhoneからの投稿
たった今ニューヨーク発の飛行機乗り過ごしました笑

まあ観光出来るしいっか笑

ちょっとブログのアップが追いついていませんが、、、

一度諦めたカイロ滞在。。。

実現しました!!!!!

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カイロでの乗り継ぎが8時間以上あったので、空港で二時間ほど待たされた後に、近くのホテルへ。

噂通り乗り継ぎのホテルはいいホテルでした。
今回の旅で始めて部屋にテレビがある。。。熱いシャワーが沢山出る。。清潔なシーツ。感動です!!

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トランジットホテルが一番いいホテルという悲しい事実。。。

日本では普段当たり前の様に感じている環境、実は当たりまえの。。。

じゃなくて!!今日はそんなくだらない事を話したいんではない!!!

カイロじゃ!カイロじゃ!

ムバラク!

革命!

革命家ドラゴンとルフィの関係はいかに!!

ということで、他の皆様は部屋で大人しく寝ている中、タクシーの親父と鬼の交渉を成し遂げ、まずはギザのピラミッドへ。

さて、たった6時間の滞在とはいえエジプトのお金、エジプシャンポンドが必要です。

なのでATMに寄ってもらうと、下ろせない!

お金がオロセナイ!!!

デモの影響かなんかしらんが、エラーが出てしまう!

ATM10箇所以上周ったが、おろせず

タクシーの運転手に「もう諦めたら?」と言われたが、「諦めてもいいが、お前の努力が無賃労働になるぞ」というとちまなこw

イニシャルD並のドリフトで、ATMをまわってくれました。

なんとかお金をゲットし、格安ガイドを付けていざピラミッドへ!

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!?!?!?!?

!?



誰もいないw

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観光客はおろか、現地人も二、三人ちらほらいる程度。

デモの影響でしょうか。
もうみんな金稼ぎに勤しんでるというのに。
そんな暇じゃないですよ、
エジプトの人々も。。。

ガイドは22才の男の子で、ガイドしないで下ネタ話ばっかりして盛り上がってました。

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下ネタ大好きアブドル

ガイドが終わったあとも、砂漠まで歩くから帰っていいよーって言ったのに着いてきてくれた。

後でわかったが、今日は俺が「最初の客で、最後の客らしい」。

デモ前までは、一日200人くる事もあったという観光客も今じゃ俺一人だ。

貯金も底をつき、これからどう暮らしていけばいいかわからないとの事。

それなのに、ぼったくり王国エジプトでダマされまい、として鬼の値切りをしてしまった俺。
まだまだ視野が狭いですねー。

そして、日本を始めとした、メディアの対応も良くなかった。

いつまでカイロが戦場のように危険だという報道。
危険なのは一部地域で、デモ隊と軍隊の衝突が終息してからは全くの危険性はなかった。

アメリカ人記者の集団暴行も、現地の新聞やニュースではでっち上げだと報道されているので、100%現地の人に非があるようにhq思えない。

エジプトは天然資源の少ない観光大国なので、観光客がどれdwけ大切な存在か理解している。だから観光客に危害を加える事はないし、その為の自警団も組織していたからね。とガイドのアブドルも言っていた。

各国の偏向的な報道はいつの時代でも問題になりますね。
実際の現状を上手く伝えるという意味ではYouTubeやユーストリームにはもう勝てないかもしれません。。。

ピラミッド見学の後、時間もあったので、スフィンクスの目線の先にある有名なケンタッキーでご飯食べました。

値切っちゃった分奢ってあげました。

ケンタッキーでは本当にいろんな話が出来た。

今話題のカイロの住人とあってこれでもか!という程質問攻めにしてしまいました。独占インタビューなので笑

仕事はどうか?
デモ以前となにが変わったか?
これからエジプトはどうなるか
ムバラクについて。。

なにか、野次馬精神以上のものが自分の中で沸き立ってて、とにかく色々聞きたかった。

今、世界が一番注目する土地の人々は何を考え、毎日を生きているのか。

国を動かした原動力は何だったのか。

とにかく目の前に当事者がいるとなると、頭より口が先に動いてしまう。

気が付いたらiPhoneでメモまで取っている始末。

四月からジャーナリストのはしくれとして働くが、少しは適性があるのかなあと思った。

中でも印象的だったのが、「これからエジプトは良くなるか?」という質問に対しての彼の答え。

「俺らによるかな。」

何気ない回答に聞こえるが、衝撃を受けた。

彼らは、「自分たちが国を変えられる」という事を知っているのだ。

今回のデモは歴史的な革命になった。

事の始まりは、チュニジアの田舎に住む青年の焼身自殺だったが、飛び火して、カイロを中心にエジプト全土が燃え上がった。

「俺らが国を良くしなきゃいけない」

日本で同じ事をいう同年代がいるだろうか。

答えは一部を除いてノーだろう。

20-24歳の投票率の低さが物語っている。

今の日本人は日本への関心が薄すぎると思う。

政治家のゴシップには悪口垂れるくせに、選挙の日曜日に家で寝てる。

選挙にいかない若者は生涯で4000万円損しているという試算まであるのに(同題の書籍があります) 国政に参加しない。

実は僕がカイロに行った日は、最後の集会としてタリリーリ広場?(運転手のアラビア語が聞き取れなかった) に200万人が集まった日でした。

タリリーリ広場はそんな大きくないのに、そこに200万人が集まるからそりゃあも大変。

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奥に見えるのが集まった200万人の群衆

そこにたどり着くまでも、みんな国旗をかざして大行進。タリリーリ広場までの道も大渋滞で動きません。

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大混乱

一見、ワールドカップで盛り上がった日本を彷彿させましたが、違いました。

考えてみれば、日本人の四割はサッカーに興味のない人です(ワールドカップの最高視聴率が60%なので)。

しかし自分の国に興味ない国民はいません。

エジプト人はみんなエジプトの将来が気になるのです。

だからこそムバラクを追い込み、自分たちの手で未来を切り開いたのです。

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燃えたムバラク政権のビルと国旗を翳す人々

タリリーリ広場まで1kmの陸橋に差し掛かった時、人が多すぎてこれ以上進めなくなりました。

しかし、「国が動いている」という事はヒシヒシと体で感じました。

橋が揺れていたのです。

広場から1kmも離れている巨大な陸橋が。

遠くから聞こえる咆哮。

間違いなく、国が動いていました。

良い方向になのか、はたまた逆行なのか。

そんな事わかりませんが、国という大きな組織が人々の手で動いた。

そんな歴史的な革命に立ち会えた事を本当に幸運に思います。

橋の上で感じた揺れと、人々の持つ可能性。

忘れずに、四月からの仕事に生かしたいです。

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