私の母は視覚障害者。

網膜色素変性という難病指定されている目の病気。遺伝的な要因によって網膜の光を感じる細胞が徐々におかされる病気。

症状には個人差があるようで 母の症状は明るさは感じるけれど真っ白で物が見えない。

たまたま色んな条件がそろってピンポイントで物が見えることがある。が次の瞬間にもう見えない。歩く時は必ず介助が必要。

家の中では手すりを渡り歩く。

どこにいるかわからなくなってしまった時は床に座りハイハイをする。

まず家具などを触りながらここは何処なのかを把握する。家の間取り家具の配置がだいたいイメージ出来ているのでハイハイは安全と思いきやそうもない。ハイハイしながら家具でおでこをゴツン。危ない危ない。

そんなこんなの母の暮らし。



小さな家なので母は家の間取りや家具の配置など頭に入っているので失敗しながらも何とかひとりで生活出来ている。

ヘルパーさんに週3回来ていただき 昼食は宅配弁当。晩は私が母の家に行って作っている。


私が普段の生活でこうせんなあかんで。ああせんなあかんで。と いつも口うるさく言う。

母は黙って聞いているが我慢できず爆発する時もある。

 「目が見える者にはわからんわ。こんなふうになってみんとわからんわ。」と言う。

正直 私もそう思う。

目を閉じて一日生活してみればどんなに不自由かがわかるように思うけど それがこの先一生続くということは想像を絶する。

増して高齢にもなれば もう生きていくのが嫌になってくる。


母がよく言う言葉で

「はやくおじいちゃん迎えに来んかなぁ。」


「あのおじいちゃん迎えにきてくれると思うか。」と言い返す私。


母は「せやな。」と納得。