12/14 現状スランプで、風呂敷を畳むのが大変になってしまったのでアドバイス頂けると嬉しいです。




過去を失った少女と、未来を失った男の話

月は貴方に輝いていたことを、忘れないで欲しい。

男女
人は大切な思い出を心の中にしまっておく。
だけどいつのまにか、取り出すことを忘れてしまうんだ。
俺たちが出会ったこともいつか忘れられてしまうのかもしれない。
きっと未来に生きていく人たちは色んなことを忘れて進むのだろう。
俺がいたことも……昔、君には月が美しく輝いていたことも。


それは月の美しい夜の出来事だったのは覚えている。
なぜなら私にとってはそれが一番古い記憶なのだから。
"いつも"のように私は寝台から身体を起こひし、月明かりを頼りに灯りを灯す。
さて、これから何をするべきかと星に問いかけるも答えが返ってこないのだ。

「私は一体誰なのだろうか」

なぜだろう、月はいつの間にか雲に隠れてしまっていた。
私という人間の未来はそこから始まったのだった。

~場面転換~


ある夜のことだった。
何もかもを失い、飢えと疲労に自棄になっていた俺を繋ぎ止めていたのは太陽と月がずっと見ている気がしていたからだ。
ふと目をやるとぼんやりと灯りがついた家の窓から少女が1人、空を見上げていた。
今夜の月はより美しく、より自身の罪を覗かれているような気がして、俺は居心地が悪かった。

「早く消えてくれ…」

心で呟いた願いを聞いたのは神なのか悪魔なのか。
美しく輝いていた月は雲に陰り、辺りを闇に閉じこめる。
孤高であれ、誇りを持て、と叫び続けた心が折れて俺は意を決して淡い灯りを灯す家に忍び込んだ。

「ごめんください」

「ごめんください」

2回ほどノックを繰り返すと弱々しく扉を開ける少女が現れたのだった。




「あの…私は誰でしょうか」

「…これはおかしなことを。普通は私を誰だと問いかける場面だろうに」

「では、あなたは誰でしょうか」

「…私は貴方の婚約者ですよ、お忘れになってしまいましたか」

ナレーション
男は思わず嘘をついた。
見ず知らずの他人に嘘をついたのは勿論、騙すためのものであった。
しかしながら、それは騙すための嘘にしては余りに稚拙で突拍子もないものだった。


「まあ、こんな夜更けにお疲れ様です、"何があるかはわからない"家ですがどうぞお上がりになってください」

「え、あ、ええ、上がらせて頂きますね」
ナレーション
どういうことだろうか。
明らかな嘘にもかかわらず男を簡単に招き入れる彼女に違和感を覚える。


「ご立派なお家だ、お父様やお母様はいらっしゃいますか?」

「誰もおりません」

「留守にされておりますか、いつ頃帰ってこられますか?」

「わかりません」

ナレーション
実に奇妙な話だった。
男は、自分の方こそが騙されているのでは、と感じてきたが今更後には引けない。
再び外に出た時に月明かりに照らされたら、自分はもう二度と悪事を働けないと思ったからだ。


「あなたは私の婚約者とおっしゃいました。であれば教えて欲しいことがあります」

ナレーション
通された客間で、少女は男の目をハッキリと見据えて話した。
闇夜に響く金色の鈴のような声と力強い眼差しに男は嘘がバレているのでは、と目を逸らした。


「私は自分の名前が"○○"だということ以外、なにも覚えていないのです」
「名前も覚えていたわけではありません。ただ部屋にあった1冊のスケッチブックに書かれていただけ。自分の名前ですら無いかもしれない」
ナレーション
なるほど、彼女は記憶を失ったが故に見ず知らずである私が知己の者だと信じたらしい。
荒唐無稽な嘘であったが故に自分の手がかりをしるこの少女にとっては信じるに足るものだったのだ。

「なるほど、それは気の毒に」
ナレーション
男は大袈裟に悲しむふりをした。
余りにも都合の良い展開であるが男には既に失うものはなにもない。
もしここで彼女を騙し食事にありつかなければ飢えて死ぬのみなのだから。

「とりあえず、食事などは頂けないだろうか。そうだ、君が好きなシチューでも食べたいところだな、君の好物だっただろう!」

「私はシチューが好きだったのですね。確かにお客様に何かお出ししなければならないですもの。今すぐにご用意します」
ナレーション
男は上機嫌であった。
この男は悪事を一切働かず、誠実に働く未来に希望のある若者であった。
もう4日ほど前に野盗に襲われて財産の全てを奪われ身体にひとつで逃げてきたのだ。
命に関わる飢えと疲労に至るまで悪事を働かずにいたのだ。
それがどうだろう、人を騙してしまえば簡単に食事にありつけたのだった。
しばらくすると、食欲を刺激する匂いが家の中を包んだ。

「シチューの材料はなかったのですが、干し肉と芋がありましたのでスープにしました。お口に合うと良いのですが」
ナレーション
夜の冷えた空気を包むような絹のような湯気をまとったスープが目の前に置かれる。
鼻と胃がくっついたように、燻した肉と香辛料の香りが男の胃の扉を叩いた。

「ああ、うまい!!こんな美味しいスープは初めて食べた!!」