目が覚めて外へ出ると、彼女は荷物ひとつ持たずにそこにいた。
 
「おかえり、やっとこっちに戻ってきたんだね。」
 
と、僕は軽く微笑み、挨拶をした。
内心本当は、すごく驚いたし、とても嬉しかったけど、わざと、何でも無いように振る舞う。
 
下手に騒いで、彼女に子供扱いされたくなかったからだ。
 
そんなそっけない態度をとった僕に彼女は
 
「あら。昔は大騒ぎで喜んでくれたのに、ずいぶんと冷たくなったのね。」
 
と、そう寂しそうにつぶやいた。
 
冷たいのは君の方だ。
ずっと何の連絡もなしに。
いつも僕はおいてけぼりだったんだ。
 
「…もう、大人だから。」
 
僕は上からの目線で彼女に言い放った。
 
一瞬彼女の顔に影ができたのを、僕は見て見ぬフリをした。
 
だが、彼女はぱっと笑顔に戻り
「まだ、こっちにしばらくいるから。」
と言った。
 
「そう。わかった。」
と、二言返事で返す。
 
 
会えたかと思ったら、すぐに彼女は行ってしまう。
その時が来たらまたお別れだ。
限られた時間をギリギリまで一緒にいればいるほど、僕は別れが辛かった。
ならばいっそう別れは早い方が…むしろ最初から会えない方がいいとさえ思った。
 
「じゃ、また」
 
僕は玄関の戸を閉めようとした。
そしてそれは彼女の一言にさえぎられる。
 
「何でなの?」
 
「え…」
 
「前は一緒に遊んでくれてたのに、今はもう手さえにぎってくれない!」
 
今にも泣きだしそうな彼女の顔を手でふれた。
 
しばらくして雫が頬をつたって流れ落ちた。
 
彼女の白い肌はとてもひんやりしていて、そして透き通っていた。
すべてが美しく輝いていて僕は目を細めた。
 
『いますぐ抱き締めたい。』
 
そう思うのは僕に限った話ではない。
 
「ほら、僕がふれると君は今すぐに溶けて、どこかにいなくなってしまいそうになる。…けど、今はまだここにいて。」
 
 
そして、彼女はまた僕を残してどこかへ消えてしまった。
 
 
 
 
●早く雪が見たいです。
ここは東京。雪が降る季節まで、まだ遠いです。
それは僕にとって晴天の霹靂だった。
まさか君があとわずかの限られた時間しか残っていないなんて。
 
震えながらそう告白した小さな体を僕はぎゅっと、抱き締めた。 
実際は僕も震えていたと思う。
 
それから三日間の記憶はなんだか曖昧だった。
自分でもよくわからない。
四日目。
君との思い出のアルバムを何冊も何冊もただずっとながめていた。
焼き増しができない、この世でたった一枚の写真達を指でそっとなぞった。
 
「そんなパタパタあおいでも、画像がでる時間は変わんないよ」
 
知識も何もない僕が、一生懸命写真をあおいでると君がそう言った。
それでも撮った写真が気になってじっとできずに、透かしてみたり、息をフーフーかけてしまう。
 
「もう。この待ってる時間がいいのに。あなたは、デジカメの方があってそうね。」
とあきれた顔で君は言っていた、そんな出来事を僕は一つ一つ思い出していった。
 
五日目、君から電話がきた。
 
六日目、君とあう。
彼女は最後の時まで僕と一緒にいたいと言った。
僕も最後まで一緒にいると決心をする。
 
七日目。
カメラの中の写真はあと一枚。
君はどこに行きたい?
このカメラで最後の一枚を撮るにふさわしい場所を一緒に探しにいこう。
ありったけの全財産と限られた時間と君を車に乗せて。
 
 
◎今年の夏に全ポラロイド製品の生産が完全に終了します。悲しくてたまりません。
僕が部屋でテレビを見ているといつのまにか彼女は部屋に入ってきていた。
「あ、近家(ちかいえ)か。妊娠したんだ?おめでとう」と僕は言った。
しかし、こんな時期に彼女にあうとは思わなかった。
 
そして僕は、しばし機嫌の悪い彼女をじっと見つめた。
 
 
数分後気が付いたら、僕の手のひらにはべっとりと、血がついていた。
 
僕は洗面所で丹念に血を洗い流がす。
不思議と落ち着いた自分が鏡に写っていた。
 
 
はっきり言って、僕以外の男の、子供が彼女の腹の中にいようと関係ない。
もう我慢の限界だったのだ。
正直、僕は最初から、彼女が苦手だった。
彼女の蚊がなくような声も彼女のキスも。
 
そう、特にキスは最悪だった。
いつも僕が寝ている間に、キスマークをいたるところにつけてくる。
しかも彼女の唾液は、僕にはあわない。
ひたすらかゆくなるのだ。
僕はひとつずつ爪で、ばってんをつけてゆく。
 
彼女が部屋に来た時は、キスマークをつけられるのを僕は、覚悟しなくてはいけなかった。
だけど、今日から、そういう事がなくなると思うと、心がとても清々しかった。
(僕のところに来なければ殺されなかったのにね)と彼女を嘲笑った。
 
 
 
一段落して、僕はベットに入った。
 
 
 
しかし、しばらくすると、耳元にいるはずのない彼女の声が聞こえ、僕は飛び起きた。
さっき殺したはずの彼女がそこにいたのだ。
 
けれど僕はもう眠い。
そして僕は毛布を頭までかぶり、『僕に近寄らせない方法や殺し方』を考えながら眠りについた。
 
 
◎チカイエカ
・都心で最近増えている蚊。
・アカイエカに非常に似ている。
・低温に強く秋になっても休眠しないで冬場も活動する。
・一回目の産卵は吸血を行なわなくても可能。
・イエカ類の成虫は下水道のような温度変化の少なく暖かい暗所に潜んで冬越する。 
 
 
私の部屋に少なくても五匹以上いるくさい。
今まで七匹ぐらい殺したけどまだ「プーン」って耳元でいう。