毎朝
洗濯機を回すと
旦那のお弁当を作り
子供たちを学校に送り出して
洗濯物を干す
掃除機を簡単にかけて
日によっては
床拭きもする
ドタバタで休む間もなく
簡単に化粧して
制服着替えたら
家を出る
もう今の季節
これだけで汗が吹き出る
家から職場まで
自転車で20分走る
朝の時間は1秒たりとも
無駄にできない
だが
家のドアを開けた瞬間
知らないおばちゃんに捕まった
「ねぇちゃんねぇちゃん
この本、ねぇちゃんとこのか?」
おばちゃんが
ハードカバーの本を
1冊持っている
「いやっ、違いますよー」
そう言いながら
おばちゃんに背を向けて
鍵を閉める
急がねばっ
ここで
おばちゃんとの絡みは
終わると思っていた
だが
「この本な、ここに落ちててん」
おばちゃんが喋りだす
「私な、物をよく拾うねんや」
「へぇー、そうなんですか」
それどころじゃないけれど
ついつい答えてしまう
やばい、やばい
時間がない
「こないだもな、財布拾って
交番に届けてん」
「へぇ、そうなんですか」
もういいか?
私、もう行っていいか?
だが
おばちゃんのおしゃべりは
止まらない
「今はな、拾ったらあかんねんて。
落とし物を
交番に届けるやろ?
ほんならな
すでに中身抜かれてるねん」
「えっ、そんなことあんの」
おばちゃんの話に衝撃を受けて
思わず
ガッツリ返事してしまう
あかん、あかん
おばちゃんペースに巻き込まれる
「私、拾ってあげたのに
疑われてな
質問いっぱいされて
こないだ大変やってん」
「えー、いいことしてるのに
それは酷いですねぇ」
「友達に言ったらな
そんなん拾ったらあかんでて
怒られてな
息子にも怒られてもうてん」
「踏んだり蹴ったりじゃないですか」
ついつい応答してしまう
敢えて
動き止めずに
自転車に荷物乗せたり
朝刊を取り入れたり
忙しく動きながら
話を聞く
見て見て
私急いでるやろ?
出掛けますねん
だがおばちゃんはかまわず喋る
「でもこれ、いい本やで。
落とした人困ってるやろなぁ。
学生さんが落としたんやろなー」
本をペラペラめくりながら
おばちゃんが言う
「そうですねぇ…」
私も困ってますぅ…
こういう時
“じゃあ、急いでますので…”
て
言えないんだよなー
なんとくおばちゃんを
1人にするのは
申し訳なく思ってしまう
だがこのままだと
遅刻が確定してしまう
そのとき
おばあちゃんが1人通りがかった
おばあちゃんの目線が
おばちゃんの本に釘付け
おっ
おばちゃんもすぐさま気づく
「この本、ここに落ちててん」
しめしめ
このまま、おばあちゃんと
話し出せば
私はその間に…
だが
おばあちゃん
まさかの無言でスルー
まじかよー
聞いてやれよー
「この本、どうしょうかな…」
おばちゃんも困惑気味
本を手持ち無沙汰に
眺めている
「そこ、置いといたらいいんちゃいます?」
ブロック塀の
ちょっと高い位置を
指さしてみた
そうこうしてたら
今度はおっちゃんが登場
またおばちゃんが声かける
「ここにな、これ落ちててん」
その瞬間
ごめんよ、おばちゃん
私は自転車を発進させた
任せたぞ、おっちゃん
おっちゃんが
またスルーしたとしても
私はもう見てないからな
ごめんやで、おばちゃん
その後は知らない
ただ、帰ってきたら
向かいのブロック塀に
今朝おばちゃんが握りしめてた
本が立てかけられてあった
おばちゃんがいい本やでて
言うてた本
『嫌われる勇気』
表紙がこっち向いてた
私宛でしょうか?
そしてこれは
あれから
2週間経った今も
同じ場所にある
毎日
玄関のドアを開けるたびに
視界に入ってくる
おばちゃん…
なんてとこに置くねん
↑
お前が言うたんやww