第11章 才人
件の老作家のコメント以降、マスコミからの出演依頼もパタッと止まり、執筆活動に専念する気もなくなった私は、しばらく旅行でもして気を紛らそうと考え、妻を連れて、沖縄の奥地で、TVも新聞も見ずに2週間ほどゆったりとした時を過ごしていた。執筆活動用に購入した携帯電話も電源を切ったままにしていたが、ある時、どこで調べたのか、相澤がプライベート用の携帯に連絡をしてきた。
「Iさん、どこにいるんですか?ご自宅にもいらっしゃらないし、いつもの携帯も繋がらないし、この番号を調べるのにもえらく手間がかかってしまいましたよ。」
怒っているわけではなさそうなのだが、いつものようにプレッシャーをかけるような話し振りに思わず笑ってしまった。
「すみません、そろそろ私の作家活動も潮時かと思ったものですから。サラリーマンに戻る前にのんびり旅行するのも良いかな、ということで誰にも行き先を告げずに妻とゆったりした時を過ごさせてもらっています。」
最後まで聞かずに相澤がさらにプレッシャーをかけるような勢いで話し始めた。
「何が潮時ですか!TVとか雑誌を見ていないんですか?Iさんの作品、すごいことになってますよ!とにかくすぐにでもお会いしたいのですが、どこにいらっしゃるんですか?」
「どこって、沖縄のヤンバルクイナが住んでる辺りですが。」
からかうつもりはなかったが、この辺りは今では種の滅亡が危惧されているヤンバルクイナの生息地なのである。
「ヤンバルクイナ?あの飛べない鳥ですか?そんな鳥はどうでもいいから、せめて那覇空港まで出てこれませんか?私もこれからそちらに向かいますから。あ、そうだ、いつも連絡に使っている携帯の電源、取り敢えずはそのままにしておいてください。状況がわからないままマスコミ各社から連絡が入っても困るでしょうから。それじゃ、到着時間がわかったらまたこの携帯に連絡入れます。」
早口でそこまで言うと、こちらの返事も聞かずに電話を切った。
「どなたから?」
散歩から帰ってきた妻が聞いた。
「相澤さんだった。わざわざこの携帯の電話番号を調べてかけてきたらしいのだけど、何だか、この間出した作品がとんでもないことになっているらしいんだ。今から沖縄に来るから那覇まで出て来いって言って電話切られちゃった。」
妻が笑いながら
「相澤さんらしいわね。そろそろ都会の喧騒が恋しくなったんじゃない?行ってらっしゃいよ。」
妻の言う通り、少し都会の人ごみが恋しくなりかけていた。ここから那覇空港まで行くためには車で2~3時間かかるので、相澤の乗る飛行機が羽田を飛び立つ頃にこちらを出ればちょうど良いだろう。
那覇空港で相澤を出迎えると、彼はすぐさま私の車に乗り込んで、駐車場に停車させたままの車中で状況を説明してくれた。せめてお茶でもどうかと進めたが、
「Iさんは有名人なんですから、どこで人に話を聞かれるかわからないのですよ。いや、常に聞かれていると思っていた方が良い。ということは、微妙な話をする時には周りに気をつけないといけないですよ。」
と叱られてしまった。仕方なく車の中で話を聞いたところ、老作家に酷評されて人気が一気に落ちてしまった私の作品は、例のアイドル歌手が好評した後から徐々に人気を回復したと言う。最初は彼女のファンが読み始めた程度であったが、その後、彼女と同様に作品を誉める芸能人が何人か出始め、すると今度は評論家の中にも作風が変わったことを良しとする者が出てきた。この頃になるとマスコミが食いつきだし、再び、雑誌やワイドショーで取り上げられるようになり、あちこちで賛否両論が交わされるようになった。こうなるともう、良くも悪くも一度は読んでみようということになり、販売部数はあっという間に増えていき、今日も増版の依頼をしてから飛行機に乗ったのだ、と相澤は言った。
「こんな状況ですから、あと数ヶ月もすればIさんの作家としてのステータスが決まります。というわけですから、潮時だなんて言わないでくださいよ。」
相澤が珍しくへこんだ感じでこちらを見た。
「いやぁ、そんなことになってるだなんて、全然知りませんでした。アイドル歌手がほめてくれたことは、たまたまTVを見ていて知りましたが、まさか、そこからそんな風になるだなんて、、、ほんと、世の中ってわからないもんですね。」
狐につままれるとは正にこういったことなのだろう。私は既に、作家をやめ元のサラリーマンに戻るつもりでいたし、作家業に未練もなかった。今、相澤から聞いた話もなんだか実感が湧かず、“ふーん、すごいなぁ”くらいにしか感じていなかった。そういった私の雰囲気を感じ取ったのか、相澤がいつもの調子に戻って、
「Iさん!早く東京に戻りましょう!そしてマスコミに登場して今の騒ぎをもっと大きくするんです。より多くの人に読んでもらえば、それだけ作品の評価も精度が高くなります。その結果、仮に賛否が極端に分かれても半分はIさんのファンになってくれます。この先Iさんが作家としてステップアップしていく際にも、今の時期に固定ファンがついてくれると大変心強いはずです。今ならマスコミもすぐに食いついてくるでしょうから、上手く利用してファンを増やしましょう!!」
やはり彼には、顔を突き出し、つばを飛ばさんばかりの勢いで話す方が似合っている。聞く方は少しうっとおしい時もあるが、変に憎めないキャラクターの持ち主である。
「沖縄には何時までいる予定なんですか?」
今泊まっているところは普通の一軒家をとりあえず1ヶ月だけ借りていた。不動産屋に無理を言い、大家さんに直接お願いしたところ、どうせ空いているのだから、ということで気軽に貸してくれたものだった。食事は近くの食堂で済ませていたし、寝具の類はレンタルしていたので、大家さんに多少多めの額を支払えば特に問題なく、今日にでも引き払うことが出来るだろう。その旨を相澤に告げると彼は
「それじゃすぐに戻って手続きしてきてください。今から往復してどれくらいかかります?4時間位ですか?であれば今日の最終便に間に合うな。Iさんが手続きに戻っている間に、飛行機のチケットやマスコミへの連絡をしておきますよ!」
とせっかちに言った。
「ちょっと待ってください。いくらすぐに引き払えるとは言え、今から行って大家さんに会えるかどうかもわからないし、寝具の返却もしなきゃいけないし、それに今から往復するのはしんどいですよ。」
相澤には隙を見せてはいけないことをすっかり忘れていた。今から往復しろだなんて、彼らしい発想ではあるが、久し振りに街まで来るだけで少し辟易としていた私には、強行軍を突破する元気はなかった。
「そうですか。確かについさっき出てきたばかりで、またとんぼ返りをするのはきついですかね。」
まだ何か画策しようとしている相澤を押さえ込むように
「東京に戻るのは3日後にします。今日これから戻るのはちょっときついので今夜は那覇市内に泊まります。明日、戻って大家さんやらレンタル屋の手続きをして、全部終わるようでしたら明後日に戻りますが、明日は日曜日ですから多分レンタル屋も休みのはずです。となると手続きは明後日になってしまいますので、それが終わって月曜日の飛行機で東京に戻ります。これで勘弁してくださいよ。」
一気に話すと相澤は何か言いたそうにしていたが、あきらめたらしく珍しく素直に引き下がった。
「わかりました。それじゃ念のため明後日と明々後日の飛行機を押さえておきます。マスコミの方には、そうだな、来週のどこかでサイン会を兼ねた販売会を開催することを連絡しておきます。来週以降の予定は大丈夫ですよね?」
そう言うと相澤は携帯を取り出してあちこちに電話をかけ始めた。しばらくその様子を見ていたが、私は私で、今日の泊まる宿を探したり、妻に状況を伝えたりしなければならないことに気付き、慌てて携帯取り出し電話をかけ始めた。
翌日、大家さんの自宅に伺い事情を説明すると、ハウスクリーニングなど気にしなくて良い、料金も1か月分の家賃だけで良い、と笑顔で答えてくれた。しかも、寝具類の返却もしてあげようと言ってくれた。沖縄の人が親切なのは以前から度々感じていたが、こんな風に言ってもらえるとそのありがたさが身に染みてくる。私達が何度も沖縄に来るのは、沖縄に住む人達のやさしさに触れられるからなのかも知れない。さすがにレンタルしたものは自分で返すことにして取り敢えず店に連絡をすると、通常は休みなのだが今日はイベントの準備があって臨時に空いているとのこと、早速品物を車に積み込んで返却に向かった。イベントの準備で忙しいはずの店員も、準備の手を休めて親切な対応をしてくれた。結局、昼前には部屋を引き払うことが出来、すぐに那覇空港に向かった。相澤の用意してくれたチケットを使って東京に着いたのは、まさに夕日がくれようとしていた時であり、羽田の飛行場に着陸しようとする飛行機の窓から、騒動の行く末を暗示するかのように、赤々と燃える太陽がはっきりと見えた。もう少しのんびりするつもりでいた私達だったが、リムジンバスで自宅のある最寄駅に着く頃には、すっかり都会の空気に馴染んでいた。そのことを自覚してしまった私は、少し物寂しい気分を感じ、妻にそのことを告げると、彼女も同じような気分を感じていたと答えた。
東京に戻るや否や、マスコミからの電話がひっきりなしに鳴りつづけた。雑誌やTVでは私の作風が変わったことを題材に、評論家、一般読者、芸能人などが入り乱れて、面白おかしく議論をぶつけあっており、機会がある毎にそういった場に呼び出された。そんな場に何度も立ち会っていると、最初はよくわからなかったが、様子を見ていくうちに面白いことに気がついた。それは、私の作風が変わったことに批判的な人々は、一般読者はよくわからない面もあったが、評論家にしても芸能人にしても割と砕けた感じのタイプが比較的多かった。それに反して、賛同派は、まじめそうとか、堅物とか、理論的といった、どちらかというときちっとしたタイプが多かった。『流布』という作品は完璧なまでに正統派と言われており、どちらかというときちっとしたタイプに好まれていると勝手に想像していた。しかし、今回の作風の変化を割と砕けたタイプが好んでいるというのは、もしかすると、読者は作品に自分のイメージとは違うものを求める傾向があるのかもしれない。沖縄から戻って開催したサイン会でも、落ち着いた感じの雰囲気を醸し出している読者が多かったように感じる。私の今回の作品はそういった人達の息抜き的な存在なのかもしれない。そう思ったら、なんだか急に小説を書くことがとても素敵なことのように感じてきた。沖縄に行く前の私は、作品に対する批判的なコメントばかりを気にしていたが、今はそういった、作品を肯定してくれる読者が、例え一人でもいることに喜びを感じるようになっていた。もしかすると小説家としての醍醐味はこういったところにあるのだろうか。だとすれば、初めての作品でそのことに気付いた私はとてもラッキーなのだろう。
議論は3ヶ月を過ぎてもやまなかった。おかげで私の作品はどんどん売れ、処女作である『流布』を超えるのは時間の問題とまで言われるほどになっていた。ファンレターも数多く寄せられ、読むだけでも一仕事になるほど日々届けられていた。ある日、散歩を兼ねて公園の先にある喫茶店に足を運んだ。ここ数日のうちに送られてきたファンレターを読みながら、美味しい紅茶を飲んでいたら、どこか、見覚えのある字が目に入ってきた。しっとりと落ち着いた和紙の封筒には、素人目にも達筆とわかる文字で私の名前が書かれており、裏には差出人の氏名はおろか、一文字も書かれていなかった。差出人の名前が書かれていないファンレターは決して珍しくなかったが、この手紙を見た時には、何故だかいたたまれない、漠とした不安を感じた。もう一度、表に書かれた私の名前を凝視していたら、ポケットに入れていた携帯が振動した。不意を突かれて手紙を落としそうになったが、なんとかこらえて電話に出たら、いつもの調子で相澤がしゃべりだしていた。相澤は来週行なうサイン会の確認で電話をしてきたのだが、第一声を聞いた途端、私の思考はさっきの封筒に戻っていた。この封筒にかかれている文字は、以前、相澤から見せられた『流布』の原稿に書かれていた文字と同じことを思い出したからである。相澤との話を手短に済ませると、改めて封筒を手に取り、しばらくそのままの状態で差出人と思われる人物について知り得ること全てを思い出そうとした。以前、相澤から聞いた、『流布』を執筆した人物のことを。しかし、差出人について私が知っていることは限定的であり、ほんの数分もかからずに全てのことを頭の中で整理することが出来た。もう一度封筒を見ながら、書いてある内容についてあれこれと想像したが、いつまでもこうしているわけにもいかないことに気付き、とりあえず開封してみることにした。別に悪さをしているわけでもないのに、妙に周りの視線が気になった。店内を見回してみたが、店はいつも通りの落ち着いた雰囲気を醸し出しており、私の素性を知っているマスターや常連客も、心地よい気遣いで、私に対して余分なコミュニケーションを取らないようにしてくれていた。おどおどしている自分が恥ずかしく感じられたが、今の私にとっては、ある種の脅威となり得る人物であり、出来れば接したくない人物だったので“仕方がないんだ”、と自分に言い聞かせ、先ほどのファンレターを開封した。中には達筆な文字で書かれた、こちらも和紙の、便箋が数枚入っていた。
「拝啓 盛夏の候、ますます御健勝のこととお慶び申し上げます。」
最近はこのようにきちんとしたあいさつ文から入る手紙を読むことは珍しい。その重さのようなものがまたぞろ私の心を揺さぶった。先を読んでいくと、『流布』は素晴らしい作品であり、この作品に出会えてとても嬉しい、といったような普通のファンレターと似たようなことが書かれていた。あくまでも作者は私であることを前提に書かれていた。きっと第三者に読まれた時のことを考慮した上でのことであろう。そう思うと、先程まで感じていた恐怖心のようなものがとても恥ずかしいものに感じられた。手紙は私自身が書いた作品にも言及しており、作風の大変換は読み手を心地よく驚かすものであり、世間で言われている批判めいたものは気にしなくて良いのではないか、といった感じで、私を元気付けるような内容になっていた。最後まで読み進んでも、懸念したような表現は一切なく、最後にきちっとした結びの言葉があり、手紙は終わっていた。読み終わった途端、緊張から一気に開放された私は、ソファに深く背をもたせ大きくひとつ深呼吸をした。そのままの体勢で手紙の内容を反芻してみたが、批判めいたものや、未練のようなものは一切なかった。ただ、何かが私の心の中に引っ掛かっていて、なんともすっきりしない気分ではあったのだが。気になるのでしばらく考えていたが、どうしても答えが出ないので、マスターにアールグレイを入れてくれるようお願いして、他のファンレターを読むことにした。
結びの言葉の前に書かれていた一言が気になりだしたのは、家に帰ってそろそろ寝ようとしていた時だった。その時は妻と何気ない会話をしていて、彼女が何かの拍子に
「本を書くのって何が楽しいの?」
と聞いてきた。ちょっと前だとこの質問に答えるためいろいろと考えていたのだが、先日来の騒動のきっかけとなったアイドルの一言
「とても素直な文章が心に染み入って、なんだか幸せな気分になれるんですよ。」
を聞いてからは
「自分の表現で人を幸せな気分に出来る」
ことだと言えるようになっていた。会話はすぐに他の話題に移っていったが、ベッドに入って寝ようとした時にその一言が脳裏の底に焼きついていることに気付いたのである。
「私もまた小説を書いてみたくなりました。」
今日読んだファンレターの中に紛れ込んでいた、『流布』の作者、と思われる差出人の手紙にはこの言葉が書かれていた。喫茶店で読んだ時には気にならなかったつもりでいたが、こうやって思い出すところを見ると、心のどこかで何かを感じていたのだろう。ファンの中には小説を書く人がかなり多くいて、“また小説を書きたい”という文章自体、気にとめるものではないのだが、差出人が『流布』の作者となれば話は変わってくる。どんな事情があったのかは知らないが、ベストセラーとなった『流布』を書いた本人が、素性を明かせないというだけで権利を全て放棄したのである。権利を放棄する時点で既に作品の評価はある程度されており、ここまで売れることは想像できなくても、それなりに売れることをわかった上で放棄したのである。それを今になって“また小説を書きたい”というメッセージを送ってくるというのはどういう理由なのであろうか。何か事情が変わり、小説を書ける、素性を明かせる環境になったと言うことであろうか。そうなると、“『流布』は私の作品である”と主張してくるのであろうか。彼は相澤に直接
「権利を全て放棄する」
と宣言したはずである。だから『流布』に関しては言及してこない可能性が高いと思われる。ただし、その後、彼が小説を書くかどうかについては話をしていないし、仮に彼が小説を執筆したとしても、我々には何ら干渉する権利もない。彼が小説を執筆し、発表しようとも、『流布』との関係さえ明かさなければ私とは一切関係がなく、何ら気にする必要もないのであるが、なんとなく落ち着かない、もやもやとした気持ちが心の中で渦巻いていた。翌日、相澤に電話をかけ、送られてきたファンレターの話をすると彼は一瞬絶句し、言葉を詰まらせた。すぐに“気にすることはないだろう”と言っていたが、不安を感じていることを雰囲気から消すことは出来ず、逆に私の不安がより一層強くなってしまった。その後しばらくはファンレターのことが頭から離れず、気分のすぐれない日が続いたが、別段変わったことが起きるでもなく、時は過ぎていった。
ファンレターを受け取ってから2ヶ月ほどが過ぎた頃、私の2作目を巡った論争も落ち着き始めていた。どちらに軍配が上がったかは判断の難しいところではあるが、売上部数は80万部強まで伸び、関係者にとっては大成功であった。大田原や相澤達が開いてくれた出版記念パーティの帰り、久し振りに彼らと3人で酒を飲むことになった。落ち着いた雰囲気の店で、静かに飲んでいる時、ふっと例のファンレターのことを思い出した。あの後、私の周りで彼に関する動きは一切見られず、“小説を書きたい”という欲望がその後どうなったのか、想像することも出来ない。現に、私自身、この数週間は思い出すこともなく、今、思い出しはしたが、いつの間にかあまり気にならない事柄になっていた。それでも酒のつまみになるかと思い、軽い気持ちで2人に話を投げかけてみた。
「そういえば、その後、例の方から何か連絡はありましたか?」
カウンターで3人並んで飲んでいたのだが、大田原の向うから相澤が見を乗り出すようにして、
「何か言って来たんですか?それともまたファンレターですか?」
と畳み掛けるようにして聞いてきた。
「いえ、私の方にはあのファンレター以降、何ら音沙汰がないですね。最近はファンレター全てに目を通せなくなっていますが、例の書体であればすぐに気付くと思いますからね。」
相澤の反応に少し戸惑いつつ答えた。相澤が止まり木に腰を戻し
「なんだ、驚かさないで下さいよ。私はてっきりまた連絡してきたものかと。会社の方には、私が知ってる範囲では特に何もないようですよ。編集長は何か聞いてますか?」
相変わらず、マイペースに飲んでいた大田原がおもむろに口を開いた。
「例の方って、2ヶ月ほど前にIさんのところにファンレターを送ってきた彼のことだろ?私は何も知らんよ。Iさん、どうしたんですか、唐突に。」
「いえ、今日のパーティがあるのも、元はと言えば彼のおかげなんだな、ということを思い出したもんですから。なんとなく、その後を知りたいような、知りたくないような、、、ちょっと飲みすぎましたかね。」
「その気持ち、少しわかるような気がします。最近のIさんの仕事に対する姿勢を見ていると、もう立派な小説家ですからね。あの作品の素晴らしさを、プロの目として見るようになったのではないですか。」
大田原が静かに答えた。