またここで書くことになるなんて
思いもしなかったけれど
ここに書くよりほかになくて
ハンドルネームというものに頼って
書きたいと思う
2ヶ月…黙り続けてきたので
何から書いていいかわからない
私自身のことではないから
尚更に書けなかった
色んなことがあったけれど
自分の心の軸と繋がっていく中で
どんなことも大したことなく
私はなんて幸せなんだろう…と
その幸せを噛み締めていた
今年の1月3日には
4人目の孫が生まれた
1月には
4人の孫に囲まれた写真を撮った
生きてたら色んなことがあるけれど
生きてくれていたらそれでいい…
そう思っていた
それが。。。
3月の2日
3歳になったばかりの孫に難病が発覚し
突然重体になった
その数日前には膝に抱いた孫…
普通に会話をしていた孫
たまたまその日は検診があり病院に行ったところ
肺と心臓が大変なことになっていた
娘から連絡を受け
仕事終わりに緊急入院した場所に
娘の荷物や食べ物…孫のオモチャになるものを買って受付に届けた
その日の夜に急変し
隣の県の大きな病院に救急搬送
すぐに麻酔で眠らされ
人工心 肺がつけられた
そのまま2ヶ月…
珍しくて症例の無い難病で
治す手立てがないらしい
突然7〜10日の命だ…と言われながら
生きているのか
これが生きているといえるのか…
とても残酷な状態で命を繋がれている
3月の一ヶ月の間は
私は仕事を休んで娘をサポートした
可愛い孫の死を間近に感じながら
人の死と別れを見届ける葬儀の司会の仕事は
予想以上に厳しくて
吐きそうになったっていうのも、ある…
仕事を止めると
収入が止まる
生活は厳しい
それでも二週間からひと月のことなら
後悔のないように動こうとしていた
入院している孫以外の孫の面倒をみたり
高速に乗っても片道2時間弱の病院への運転をした
面会できるのは両親だけ
直感として
もう孫は帰って来ない…そう感じていたし
頑張っている姿が
あまりにも痛々しく
これは生きているといえるのか。。。と
これが尊厳のある命なのか…と
私の心が暴れた
少し心臓にハンデを持って生まれてきたから
身体が小さい子だった
その小さな身体の…
あのぽちゃぽちゃした身体が
骨と皮になってアバラが出ていると聞いた
顔だけは浮腫み
チャームポイントの大きな目は
半開きになり乾き
口から飛び出た可愛いベロの先は乾いてカリカリになる
投与している薬のせいでアレルギーが出て
全身赤く湿疹が出ている
治療方針を聞いても
生きていける想像がつかない
助かりますように!などと
祈りたくない
祈れない
現実はもっと残酷
今の状況は
死よりも残酷。。。
娘は取り乱している
支えようにも
常に本質を見抜こうとする
母親の私が
こわいようで。。。
自分の直感を信じたくなくて
私を拒絶した
そして
何も言わずにサポートしてきた私を
悪人に仕立てた
いつもそう
娘は誰かのせいにして逃げたいんだと思う
私は
全てを受け入れるしかない
この先の
孫の死も
娘のたどる道も
落ちて乗り越える道中を…
全てを…
信じるしか出来ない
もう
シンプルに悲しむことすら出来なくなっている
人間は
二ヶ月も集中して悲しめないようにできていることを痛感する
ひと月が限度だったかな…
祈りなんて
私のエゴだ
孫には孫の
決めたことや成し遂げる何かが
きっとあるんだ
小さくたってちゃんとわかってる
彼の母である私の娘との
何かしらの約束とか
何かがあるのよ
私は私を生きる
自分の幸せをきちんと見つめて生きる
悲しみという感情
喪失という恐怖
拒絶すら抱きしめて
全部を抱きしめながら
それに執着もせず
生きる
私が
彼を愛していることや
彼の全てを信じていることが
彼に届けばそれでいい
必ず届いている
誰にも
何が正解だなんてわからない
わかりっこない
支離滅裂だね
二ヶ月沈黙した心の中の圧が
私をこうさせた
とても苦しい
少しずつ圧を抜くために
ここに呟く
娘達は
誰にも知られたくないらしいので
私はここに呟く
※追記
この二週間ほどあと…5/17
孫は3歳と2ヶ月で空へと還っていきました
周りに愛をふりまき今世を全うし
闘い抜いた素晴らしい命でした
