<2026年>驚いた自分の神意識
2026年1月27日(火) 先週末のnagiちゃんとのセッションわたしはあるがままに自分の感情を表すたとえば不機嫌な感情を出すということを良くないことだと思っていることについて話した(nagi)それは何で?(わたし)そうやって自由奔放にふるまう人への羨望からの嫉妬心があるよ また嫌われる怖れもある あるがままの不機嫌さを出すことを 幼いころから親に禁じられていたから・・・そんな内観のことをナギちゃんのセッションで報告した・・・人がイヤな気分になるようなことをしてはいけない愛想よくいなくちゃいけないそう思いこんでいるあるがままに自分の不機嫌さを表に出すってことに抵抗があるんだよね(nagi)それって誰に対して思ってるの? だれに罰せられると思ってる?(わたし)それは親だな。(nagi)わたしは何か、違うと思うんだよね あなたは親すらも神の下に置いているよね すべては神という完璧な存在との比較じゃない? それが核心な気がするよドキッとしたでもやんわか心がゆるむそうだ、わたしの中のヒエラルキーが見えた神(崇高な存在」完璧な存在)わたし(その崇高な完璧な存在のしもべ)それ以外の人の特にダメな人そんな構図が自分の中にあるわたしは常に完璧な人との比較の意識があるんだそんなわたしは誰よりも正しくて、誰よりもけがれなく、誰よりも優秀で、誰よりも人の上に立つ人そうでなければ、存在の価値がないという強迫的な思い込みがあることに気付いたでも実質、神はいないからつまり、自分が誰よりも上にいる実質 NO.1の意識でいるそんな自惚れた意識で生きていたんだだから、人と対峙した際、例えば部下なら、教える、指導する、みちびくつまり説教する例えば上司なら、人としてあるべき指導をしなきゃダメだと指摘するそんなことを繰り返してきた気がするそして、自分がそのあるべき完璧な存在に反する行動をしたときは自分へのバッシングが厳しいだから自分にムチを打つように厳しくなるんだ(nagi)常に完璧な存在との比較で苦しんでいるよねこのわたしの中の処罰感情これを自分にも他人にも持っている誰に対しても不届き者という意識完璧であるべきわたしは特別だという感覚もう、誰だよ・・・わたしこんなのわたしじゃない!と言いたくなるがめちゃくちゃ腑に落ちてしまったここで本当に言いたいのは私は今世、キリスト教を言仰していない!なのに、なぜか自分にいるんだよね~神がだから自分にムチ打つとか、罰が当たるとかそんな発想になる自分がいるんだもう!これやめたいこんな苦しい生き方をしたくない神に近づくための生涯なんて、望んでないよ~だれもそんなことを私に強いていないのに、自分の中にその自分がいるその反射で自分の人生を創っているんだ・・・もう呆然としたでもようやくこれが言語化されてそんな自分の無意識を知ることが出来たよ(わたし)これをやめていくには?(nagi)そうゆう意識でいることに気付いてやめていくしかない もう丹田があるんだから 反射で動かないでいられる、もしくは気付くでしょう? そうゆう意識でいることに気付いたら、 やめていくしかない 人に対して、正義の押し売りはしない正しさなんて、 人それぞれだからねはい、わかりましたこれが自分から抜けたら相当生きやすくなることだけはわかるわたしの中にある神のしもべという意識これを自分から切り離す今年の目標がまた増えたよ