私の母は昔から体が弱くて、
それが理由かは知らないが、

母の作る弁当はお世辞にも
華やかとは言えないほど質素で
見映えの悪い物ばかりだった。



友達に見られるのが恥ずかしくて、
毎日食堂へ行き、お弁当はゴミ箱へ
捨てていた。



ある朝、母が嬉しそうに

「今日は○○の大好きな海老入れといたよ」

と私に言ってきた。



私は生返事でそのまま学校へ行き、
こっそり中身を確認した。



すると確かに海老が入っていたが
殻剥きもめちゃくちゃだし、彩りも悪いし、
とても食べられなかった。



家に帰ると母は私に

「今日の弁当美味しかった?」

としつこく尋ねてきた。



私はその時イライラしていたし、
いつもの母の弁当に対する鬱憤も
溜っていたので、

「うるさいな!
 あんな汚い弁当捨てたよ!
 もう作らなくていいから」

とついきつく言ってしまった。



母は悲しそうに

「気付かなくてごめんね…」

と言い、それから弁当を作らなくなった。



それから半年後、母は死んだ。
私の知らない病気だった。



母の遺品を整理していたら、
日記が出てきた。



中を見ると弁当のことばかり書いていた。



「手の震えが止まらず上手く卵が焼けない」



日記はあの日で終わっていた。


後悔で涙がこぼれた。






あなたに逢わなかったら
こんな苦しみを知ることはなかったのに。


あなたに逢わなかったら
こんな悲しみを知ることもなかったのに。


でも、あなたに逢えたおかげで
生きることの喜びを知った。


あなたに出逢ったおかげで
不安が少しなくなった。


あなたに出逢ったおかげで
絶望より希望を見れるようになった。


あなたに出逢ったおかげで
一人で泣く夜が減った。


あなたに出逢ったおかげで
暗闇の中にも光があることを知った。


あなたに出逢ったおかげで
やっぱり笑おうって思えるようになった。


あなたに出逢ったおかげで
少々ドジでもやっていけると自信がついた。


あなたに出逢ったおかげで
不器用はかわいいと思えるようになった。


あなたに出逢ったおかげで
もくもくと一歩づつ動くことの大切さ知った。


あなたに出逢ったおかげで
いっぱい着ていた服を脱げるようになった。


あなたに出逢ったおかげで
化粧にかける時間より、
誰かのことを思う時間が増えた。


あなたに出逢ったおかげで
花屋さんの前で立ち止まる時間が増えた。

そして、花の美しさを見ようとする
心が育った。


あなたに出逢ったおかげで
雨が降っても、恵の雨だ、
ありがとうって思えるようになった。


あなたに出逢ったおかげで
人を支えることの大切さを学んだ。


あなたに出逢ったおかげで
人は変われるということを知った。


あなたに出逢ったおかげで
種をまくことが好きになった。


あなたに出逢ったおかげで
マイ箸を持つようになった。


あなたに出逢ったおかげで
目を閉じて風を感じる時間が増えた。


あなたに出逢ったおかげで
空を見上げる回数が増えた。

そして、虹を見つけられる回数が増えた。


あなたに出逢ったおかげで
音楽が大好きになった。


あなたに出逢ったおかげで
力は人を負かすためではなく、
誰かを支えるためにあるものだと
いうことを知った。


あなたに出逢ったおかげで
年をとるのも悪くないなと
思えるようになった。


あなたに出逢ったおかげで
木を植えるようになった。


あなたに出逢ったおかげで
未来だけじゃなく、過去だって
変えれることを知った。


あなたに出逢ったおかげで
世界が近くになった。


あなたに出逢ったおかげで
お金は愛だということを知った。

大事なのは出口だということを知った。

お金をどう使うか?
その大切さを知った。


あなたに出逢ったおかげで
一生大人になんてならなくていいって思えた。


あなたに出逢ったおかげで
がんばるより楽しもうって思えるようになった。


あなたに出逢ったおかげで
人を自分を許せるようになった。


あなたに出逢ったおかげで
正しくより、楽しく生きようって
思えるようになって、体が心が軽くなった。


あなたに出逢ったおかげで
結婚も悪くないなと選択肢が増えた。


あなたに出逢ったおかげで
もうちょっと頑張ろうって思えた。


あなたに出逢ったおかげで
あきらめてはいけないものが
あることを知った。


あなたに出逢ったおかげで
自分が死んだ後の子供のことまで
考えるようになった。


あなたに出逢ったおかげで
申すだけでなく、示していこうって
思えるようになった。


あなたに出逢ったおかげで
神様が神さんって感じで、
近くに感じれるようになった。


確かに出逢うことによって、
大変なことがいっぱい増えた。

苦しいこともいっぱい増えた。

悲しいこともいっぱい増えた。

別れもいっぱい体験するようになった。


でも、ハッキリと今は言えます。


すべての出逢いにありがとう。


そして、これからの出逢いにありがとう。






俺には母親がいない。


俺を産んですぐ事故で
死んでしまったらしい。


産まれたときから耳が聞こえなかった俺は
物心ついた時にはもうすでに
簡単な手話を使っていた。


耳が聞こえない事で俺はずいぶん苦労した。


普通の学校にはいけず、障害者用の学校で
学童期を過ごしたわけだが、

片親だったこともあってか、
近所の子どもに馬鹿にされた。


耳が聞こえないから
何を言われたか覚えていない
(というか知らない)が

あの見下すような馬鹿にしたような顔は
今も忘れられない。


その時は、自分がなぜこんな目に
あうのかわからなかったが、

やがて障害者であるということが
その理由だとわかると

俺は塞ぎ込み、思春期の多くを
家の中で過ごした。


自分に何の非もなく、不幸な目にあうのが
悔しくて仕方がなかった。


だから俺は父親を憎んだ。


そして死んだ母親すら憎んだ。


なぜこんな身体に産んだのか。


なぜ普通の人生を俺にくれなかったのか。


手話では到底表しきれない想いを、
暴力に変えて叫んだ。


ときおり爆発する俺の気持ちを前に、
父は抵抗せず、ただただ、涙を流し
「すまない」と手話で言い続けていた。


その時の俺は何もやる気がおきず、
荒んだ生活をしていたと思う。


そんな生活の中での唯一の理解者が
俺の主治医だった。


俺が産まれた後、耳が聞こえないと
わかった時から、ずっと診てくれた先生だ。


俺にとってはもう一人の親だった。


何度も悩み相談にのってくれた。


俺が父親を傷つけてしまった時も、
優しい目で何も言わず聞いてくれた。


仕方がないとも、そういう時もあるとも、
そんな事をしては駄目だとも言わず、

咎める事も、慰める事もせず聞いてくれる
先生が大好きだった。


そんなある日、どうしようもなく
傷つく事があって、

泣いても泣ききれない、悔しくて
どうしようもない出来事があった。


内容は書けないが、俺はまた
先生の所に行って相談した。


長い愚痴のような相談の途中、

多分「死にたい」という事を
手話で表した時だと思う。


先生は急に怒り出し、俺の頬を
おもいっきり殴った。


俺はビックリしたが、
先生の方を向くと、さらに驚いた。


先生は泣いていた。


そして俺を殴ったその震える手で、
静かに話し始めた。


ある日、俺の父親が赤ん坊の俺を抱えて
先生の所へやってきたこと。


検査結果は最悪で、俺の耳が一生
聞こえないだろう事を父親に伝えたこと。


俺の父親がすごい剣幕でどうにか
ならないかと詰め寄ってきたこと。


そして次の言葉は俺に衝撃を与えた。


「君は不思議に思わなかったのかい。

 君が物心ついた時には、
 もう手話を使えていた事を。」


たしかにそうだった。


俺は特別に手話を習った覚えはない。


じゃあなぜ・・・


「君の父親は僕にこう言ったんだ。

『声と同じように僕が手話を使えば、
 この子は普通の生活を送れますか』

 驚いたよ。

 確かにそうすればその子は、
 声と同じように手話を使えるように
 なるだろう。

 小さい頃からの聴覚障害はそれだけで
 知能発達の障害になり得る。

 だが、声と同じように手話が使えるのなら
 もしかしたら・・・

 でも、それは決して簡単な事じゃない。

 その為には、今から両親が手話を
 普通に使えるようにならなきゃいけない。

 健常人が手話を普通の会話並みに
 使えるようになるのに数年かかる。

 全てを投げ捨てて手話の勉強に
 専念したとしても、とても間に合わない。

 不可能だ。僕はそう伝えた。

 その無謀な挑戦の結果は君が
 一番良く知ってるはずだ。

 君の父親はね、何よりも君の幸せを
 願っているんだよ。

 だから死にたいなんて言っちゃ駄目だ」


聞きながら涙が止まらなかった。


父さんはその時していた仕事を捨てて、
俺のために手話を勉強したのだ。


俺はそんな事知らずに、たいした
収入もない父親を馬鹿にしたこともある。


俺が間違っていた。


父さんは誰よりも俺の苦しみを知っていた。


誰よりも俺の悲しみを知っていた。


そして誰よりも俺の幸せを願っていた。


濡れる頬をぬぐう事もせず俺は泣き続けた。


そして父さんに暴力をふるった
自分自身を憎んだ。


なんて馬鹿なことをしたのだろう。


あの人は俺の親なのだ。


耳が聞こえないことに負けたくない。


父さんが負けなかったように。


幸せになろう。そう心に決めた。


今、俺は手話を教える仕事をしている。


そして春には結婚も決まった。


俺の障害を理解してくれた上で
愛してくれる最高の人だ。


父さんに紹介すると、
母さんに報告しなきゃなと言って
父さんは笑った。


でも遺影に向かい、線香をあげる
父さんの肩は震えていた。


そして遺影を見たまま話し始めた。


俺の障害は先天的なものではなく、
事故によるものだったらしい。


俺を連れて歩いていた両親に、
居眠り運転の車が突っ込んだそうだ。


運良く父さんは軽症ですんだが、
母さんと俺はひどい状態だった。


俺は何とか一命を取り留めたが、
母さんは回復せず死んでしまったらしい。


母さんは死ぬ間際、父さんに遺言を残した。


「私の分までこの子を幸せにしてあげてね」


父さんは強くうなずいて、約束した。


でもしばらくして俺に異常が見つかった。


「あせったよ。

 お前が普通の人生を
 歩めないんじゃないかって

 約束を守れないんじゃないかってなぁ。

 でもこれでようやく、
 約束…果たせたかなぁ。

 なぁ…母さん。」


最後は手話ではなく、上を向きながら
呟くように語っていた。


でも俺には何て言っているか伝わってきた。


俺は泣きながら、父さんにむかって
手話ではなく、声で言った。


「ありがとうございました!」


俺は耳が聞こえないから、
ちゃんと言えたかわからない。


でも父さんは肩を大きく揺らしながら、
何度も頷いていた。


父さん、天国の母さん、そして先生。


ありがとう。俺、いま幸せだよ。






サキちゃんのママは重い病気と闘っていたが
死期を悟ってパパを枕元に呼んだ。

その時、サキちゃんはまだ2歳。



「あなた、サキのために
 ビデオを3本残します。

 このビデオの1本目は、
 サキの3歳の誕生日に。

 2本目は小学校の入学式に。

 そして3本目は…○○○の日に
 見せてあげてください」



まもなく、サキちゃんのママは
天国へと旅立った。



そして、サキちゃんの3歳の誕生日。
1本目のビデオがかけられた。
(ビデオからつないだテレビ画面に、
病室のママが映し出される)



「サキちゃん、お誕生日おめでとう。
 ママ、うれしいなぁ。

 でもママはね、
 テレビの中に引っ越したの。

 だから、こうやってしか会えない。

 パパの言うことをよく聞いて、
 おりこうさんでいてね。

 だったら、ママ、また会いに来ます」



サキちゃんの小学校入学の日。
2本目のビデオ。



「サキちゃん、大きくなったネ。
 おめでとう……。ママ、うれしいな。

 どんなにこの日を待っていたか。

 サキちゃん、ちゃんと聞いてね。

 ママが今住んでいるところは、天国なの。
 だから、もう会えない。

 でもね、パパのお手伝いが
 ちゃんとできたら、ママ、
 もう一回だけ、会いに来ます。

 じゃあ、魔法をかけるよ。

 エイッ!

 ほうら、サキちゃんは料理や洗濯が
 できるようになりました」



そして3本目のビデオ。
そのタイトルは、こう書いてあった。


『新しいママが来た日のサキちゃんに』


そしてサキちゃんが10歳の時、
パパは再婚し、新しいママが来た。



3人一緒に、3本目のビデオを見つめた。

なつかしいママの顔が映し出された。



「サキちゃん、おうちの仕事、
 がんばったね。えらかったね。

 でも、もう大丈夫。
 新しいママが来たんだから。

 ……

 サキちゃん。今日で本当にお別れです。

 ……

 サキちゃん、今、身長はどれくらい?
 ママには見えない。

 (泣き崩れ、カメラを抱え込む姿が映る)

 ママ、もっと生きたい…。

 あなたのために、おいしいもの
 いっぱいつくってあげたい…。

 あなたの成長を見つめていたい…。

 じゃあ、サキちゃん、
 これがママの最後の魔法です。

 それは、『ママを忘れる魔法』です。

 ママを忘れて、パパと、新しいママと、
 楽しい暮らしをつくってください。

 では、魔法をかけます。

 1、2、3、ハイッ!」



そこでビデオは終わった。



しかし、サキちゃんに、
この魔法は効かなかった。

パパと、新しいママにも効かなかった。

ママは、みんなの心の中に、
ちゃんと残っていた。



そして今度は、サキちゃんが主役の、
4本目のビデオがつくられたのだった。



天国のママに見てもらうために。






しっかりとした人間性のある人間は
外見になどにはこだわらないと
思ってはいませんか。



確かに、内面に自信のある人は
不必要に着飾ったりはしないものです。



しかし、だからといって、
人間性のある人が外見に気を使わないか
というとそれは違います。



人付き合いをしていく上で
外見というのは重要です。



誰だって一緒に歩くことを
ためらってしまう人などいるものです。



あまりにも奇抜な格好をしていたり、
不潔な格好をしていたり、
趣味が極端に合わないなど。



なぜなら、内面と外見は必ずしも
一致しないのですが、人が誰かの
内面を判断するときに外見から
推察するのは仕方の無いことだからです。



特に、まだ知り合って間もない
相手であったり、まったく知らない
赤の他人の場合は特にそうです。



外見で相手を判断する場合、
特に重要なのは清潔感です。



これは好き嫌い以前の問題で、
ほとんどの人は清潔感の無い人と
一緒にいることを不快に思います。



清潔感を保つのは、
相手に不快な思いをさせないための
思いやりでもあるのです。



その為、
周囲に気を配ることができたり、
人間的に余裕のある人は

身の回りを清潔にすることに
よく努めています。



ホームレスの人が全て、
人間性に問題があるとは思いませんが、
好き好んで近づこうとしない人が
ほとんどであることも事実です。



それは不潔な外見に問題があるためです。



自分より不潔だから近づきたくない。



近づかないから、理解しあえない。



理解しあえないから好かれることも無い。



といった流れです。



誰でも自分より不潔な人には
近づきたいと思いません。



よって、不潔な人ほど
人と知り合う機会が少なくなり、
逆に清潔感のある人はどんな人にでも
受け入れてもらうことができるのです。