中学2年の春。桜が咲き始めた頃、沙良(さら)は新しいクラスで隣の席になった悠真(ゆうま)に少しだけ興味を持った。
「よろしく」と笑った彼の笑顔は、まぶしくて、どこか子どもっぽかった。
悠真はサッカー部で、いつも友達とふざけ合っている。勉強はあまり得意じゃなさそうで、授業中にこっそり沙良に質問してくることもあった。
「ここ、どうやって解くの?」
「これはね……こう。」
ノートを見せると、悠真は「おー!沙良すげぇな!」と、目を輝かせて褒めてくれる。
そんな何気ないやりとりが、沙良の毎日の楽しみになっていた。
ある日、放課後にふたりきりになった図書室。
「沙良、さ、最近さ……俺、沙良のこと、すげー気になるっていうか。」
悠真の声は小さくて、でも確かに震えていた。
沙良の心臓はドクンと音を立てた。
「えっと、それって……どういう意味?」
「……たぶん、好きってやつ、だと思う。」
沈黙のあと、沙良は顔を真っ赤にしながら、小さくうなずいた。
「私も……ちょっと、そうかも。」
その日から、ふたりの関係は少しだけ変わった。
教室で目が合えば照れて笑い、すれ違うたびに手が触れそうになる。
友達にはまだ言ってない。ふたりだけの、内緒の関係。
それがなんだか、特別で甘くて、くすぐったかった。
季節は夏に向かっていた。
学校のプール授業、期末テスト、そして夏休み。
沙良と悠真は、毎日顔を合わせるたびに少しずつ距離を縮めていった。
放課後、校舎裏のベンチでふたりで話すのが、最近の習慣だった。
「夏休み、さ。どっか行かね?」
そう言ったのは悠真だった。
「どこって?」
「花火大会。地元の。」
「……行きたいかも。」
沙良の返事に、悠真は子どものように喜んだ。
「じゃあ決まりな!」
その日から、沙良は毎日カレンダーを見ては、花火大会の日を指折り数えた。
そして当日。
浴衣を着るのは初めてだった。髪も母に結ってもらって、いつもとは少し違う自分。
待ち合わせ場所に着くと、すでに悠真がいた。
「お、おお……浴衣、似合ってる……」
「ありがと。悠真も、浴衣じゃないけど……かっこいい。」
お互いに照れて、目をそらす。
花火が始まるまでの間、屋台を回った。りんご飴、かき氷、金魚すくい。
「これ、いる?」
悠真が買ってくれたブレスレット型の光るおもちゃ。沙良はそれを腕につけながら、何度もちらっと悠真を見た。
やがて夜空に、ドーンと音が響く。
色とりどりの花火が空に咲いた。
その瞬間、沙良は思い切って、悠真の手をそっと握った。
「え……」
「……だって、今だけじゃなくて、これからも、隣にいてほしいから。」
悠真は一瞬驚いたような顔をしたあと、ゆっくりとうなずいた。
「俺も。ずっと、沙良の隣がいい。」
手のひらがあたたかい。
花火の音にかき消されそうな声だったけど、それはたしかに、心に残る言葉だった。
ふたりの小さな恋は、まだ始まったばかり。
でもその夏の夜、空に咲いた花火のように、まっすぐで、少しだけ大人びた一歩を踏み出したのだった。