ただの近況報告として書いてるこの雑記シリーズ。
前回より約1ヶ月分をお送りいたします。
今回レビューだらけ。年末年始と1年の振り返りは次回で。

文字数カウント10474。

だいたい時系列順に並んでいます。
頭の一文だけ斜め読みしてもらっても大丈夫です。
過去記事 → テーマ: 雑記シリーズ

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時期が前後しちゃうんだけど、
先月にビリヤードをやる機会が重なって。
なんかめっちゃポンコツだったわ。

というか運動神経わるくないと思ってるんだけど、

身体の使い方がめちゃくちゃ衰えていたなと。
幸いだったのは似たようなレベルの人と一緒だったこと。

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「(冷蔵庫にあった)魚焼いた??(食べた??)」

「(録画してある)サカナ(クションの番組をDVDに)焼いた??」
と解釈したの、我ながらバカだと思う。
部屋の匂いで勘違いに気がついたんだけど。
 

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本当にあった怖い話。その1

 

チケットを譲った相手がまさかの同級生だった。

卒業以来、約ひと昔振りの再会。

考えてみればこゆの起きてもおかしくないよね。

出合い頭の交通事故みたいなもんだったわ。(笑)

 

お互い音楽の趣味を広く取っていて、

音源にお金を出しあったり、(これ以上詳しく書かない)

いろんな話をしていた同志だった。

だからあのときから変わってないなと。

ある意味必然だったのかなと。

 

達者に生き延びてたことが分かっただけでもよかったな。


しかもその日はド地元の会場。(笑)
家からチャリで行ったし、

成人式の会場でもあるし、

学校の合唱コンクールでも使ってて、

なんなら同じステージに立ってるし。(笑)
ついでだから潰れるデパートにお別れしてきた。


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本当にあった怖い話。その2
 

SNSで仲良くしてて、

たぶん同世代で、もしかして年下かなって思ってた人が

ふつーにひと周りぐらい年上の方だった。

顔合わせないネットあるあるネタだと思うんだけど。

これも出合い頭でヒヤッとした事件。

 

だから基本的に敬語つかうんだよなー

馴れ馴れしいの苦手ってのもあるけど。

 

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自分が考えてきた道筋を人に話して、

それがその人の役に立ったときっていいね。
 

あと、昔は自分の思ってることをただただぶつけて、

相手の言い分を上からねじ伏せようとしてたけど、

それじゃ通じないよね。(笑)

たぶん、いまは横から突っついてる。
うまく決まればよろける。
 

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多大なる影響を受けている二村ヒトシさんの

すべモテ(すべてはモテるためである)と

なぜ愛(「愛してくれない人」を好きになるのか)を

ちょうどいい機会だったので再読しました。
 

今の自分にそのまま合わせてくれる人なんて
インチキ自己肯定そのままじゃん。
自分が変わるきっかけをくれる人がほしい。
って外に理由を求めてるじゃん。
 

そうじゃなくて、

少しでも長く、インチキ自己肯定から抜け出す。

下心ではなく自分と相手のために変わっていく。

好きな自分でいられる時間を増やす。
 

同じ土俵に乗る。

いままで相手の希望に沿うことで同じ土俵にいた気がするけど、

それだとこっちの希望は置き去りなんだよな。

だから本当の意味で同じ土俵に乗ってなかったな。

振り返ると、ストーリーの進め方がヘタクソだったよね。

臆病ゆえに下心を出せず。だから謙虚ではあったはず。

 

釣り堀(出会いの場)が悪いのか、

相手の選び方が悪いのか、

ただ退却が早いだけなのか、

いろいろ考えるポイントはありそう。

 

てか、そもそも相手の心の穴を見ようとしているか。

自分の足元ばっか見ているような気がした。

 

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(両思いだけど)恋が終わるというのは、
認識している相手と現実の相手のギャップが埋まることなのかな。
 

だとすれば自分の望む相手と現実の相手のギャップに

折り合いをつけていくのが(受動的な)愛するということなのかな。
 

能動的に愛することについては↓で。
 

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愛するということ (エーリッヒ・フロム(Erich Fromm) 著)

もとは嫌われる勇気、幸せになる勇気の中で著者岸見一郎が

アドラーの次にこの本を引用をしていたので興味を持った。


「与えると与えられる」って感覚がどうもわからないってのは

どこかに書いたことがあった気がする。
アンパンマンみたいに与えると自分が奪われている感覚だった。

んで、読み進めていって、
自分の力を生かすことができる喜び。
力を使うことで相手の反応、交流や交感があって、
その循環が「与えると与えられる」になる。
あぁ、そゆことかと思った。
ずっと他者(相手)が自分の中にいないから

出すだけで奪われている感覚だったんだ。

でも実は最近、ちょっとわかる気がするんだよね。
だからこのままの道を進めばいいんだ。って教えてもらった感覚。

主体的に生きて、資本主義的な等価交換の原則から離れて、
愛することに対して客観性のある信念を持って能動的であれ。
部分的に誰かを愛することはできない。
すべての人を愛せないならひとりの人を愛することはできない。

個人的にはこれに"ハコ"の最後にあった、
箱の外に出ている感覚から少しでもそれを広げよと付け加えたい。

生産的な活動は創作物との一体感が得られる

(ことで孤独感から一時的に逃げられる)
この文章もしびれた。そう。自分の分身同然なんだよね。

 

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異性の心を上手に透視する方法

(アミール・レバイン, レイチェル・ヘラー, 著 塚越悦子 訳)

 

例によって杉田さんオススメの本
→ 杉田 隆史オススメの本|正しいネガティブのススメ

 

軽薄なタイトルに対して中身はぎっしりしてる。
訳者あとがきで岡田尊司さんの名前と愛着障害に触れていて、
杉田さんが選んだ理由も訳者の目線もそこにあるんだなと。


愛着障害はもともと読んでいたので、
不安型と回避型の理解がスムーズにできた。


どっちかというと、(学術的な視点の愛着障害に対して、)
こっちは実践的なパートナシップに活かすための本かなという印象。
もちろん、パートナシップを通して全般を考えるためにも役に立つ。
正しい知識を用いて"お互いが"関係にコミットしないといけないのは

結局どの本でも行き着く結論です。
 

ちなみにこの本ではダメになってしまった縁から

次に進むための上手な縁の切り方も書いてあります。
この部分、"重たい"と言われがちな不安型の人に効くなと思った。


あと、ごめんなさいが言いたくなった。もう遅いんだけど。
(どっちかというと回避型の人)
 

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これでやっと人生のタスクの2つ目に入れる気がする。

遅咲きの普通の人デビュー


じんさんの前者後者論の後者+回避的傾向のある人が
あまり無理なく自分の中に他者を置いている状態だなと。
そうすぐ簡単にはたどり着けないと思うけど。
 

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やっぱり誰のためでもない自分のための文章の方が

言葉の結晶が綺麗だなと思った。

正直、他者が頭にあると切実さが薄れてつまらなくなる。

上のブログの内容でも面白くなくなったなと思った。

なので断食から帰ってきた日に書いてた無修正版を公開しようと思う。

実は広がりがあったり。→ 「つい自分のことしか見えなくなってしまう」

↓↓↓


ちょっとずつ満たされる経験ができて、
だんだん心の穴が小さくなっていった。
苦しさを吐き出す作業も少なくなって、
その結果心の中が空っぽになった。
孤独感と虚無に襲われた。
そのあと、
空いた隙間に入れたいものは思い出という感情の証だった
ひとりで何かした記憶ではなく、
誰かと何かをした思い出。
だから他者が必要になった。
他人を見るようになった。
どうすれば快い気持ちを交換できるのか、
やっと考えられるようになった。
快い気持ちを交換した思い出を
たくさん残して生きたいと思った。
自分がほしいものが手に入るようにと、
まずは相手を満たしたいと思った。

自分で書いた文章に自分でぽろぽろ涙をこぼしている。
ずっと苦しい水中をジタバタもがいていた感覚から
ぷはーっと水面に顔を出せた感覚。
今やっとここまで来たからこの先うまく行くかわからない。
けど、ちゃんと書き残そうと思った。
 

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一方的に執着してるなら離れた方がいいんだろうな。

ただ、なんで後足で砂をかけられなきゃいけないんだか。

なんで気分屋にこっちが振り回されなきゃいけないんだか。

聞く耳を持たなさそうだからこっちに書く。

 

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数年前の自分のブログ読んだんだけど、
ほぼほぼ全く同じこと言っててブレないなと思った。
しかも表現の選び方まで同じだった(笑)

あと、久しぶりに昔の手帳読み返して、
昔の自分の字、かわいいなと思った。
今の自分の字、雑だなと思った。


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やっぱ言葉を使って言葉でない何かを伝える方が好きなので、
あんまり説明しすぎない文章のが好みだなと思った。

 

ただ、文章はあれだけワケわかんなく書いてるのに、

写真は意図をできるだけストレートに出してて、

エモいより情報伝達みたいな写真が多いよなぁ。

品行方正でつまらない写真になりがちというか。

必然的に構図も日の丸が多いし。

 

そゆデザイン(意図を表現する)の場で話をすると理詰めになりがち。

なんでそゆ風にしたの??って言語化を要求しがちというか。

 

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芸能人にお手紙とか書いたことなかったんだけど、
ファン企画のオリジナルプロフ帳を書く企画に参加しました。
自分が思っているところで相手が喜んでくれそうなところを

うまく見つけられるようになったから、

手紙で気持ちを伝えるのも悪くないなと思った。
昔ならただ自己満足で自分の気持ちをぶつけるだけだった。
それが分かっているから手紙とか書こうと思わなかった。
 

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わかんないからわかろうとしなくていいや、じゃなくて
わからないけどわかろうとするためになんかしよう。なんだよね。
これも自分の中に他者がいるようになってからの変化。

いや、ほんとは当たり前のことなのはわかってますよ。(笑)

 

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そや、1万枚がまた終わった。
これで6D2でもう5万枚撮ったことになるのか。
2017年の9月から2年ちょっとか。

あと、たまってるデータ見たら、
今年は夏の旅行があるとはいえ、
2.8万枚撮ってる計算だった。

てか11月に入って結構必死に整理したけど、
撮った枚数ぐらいしか整理できてない気がする。

あぁ、バベルの塔。終わりはいつになるのだろうか。


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断食の話、普段ない反応があったんだけど、

感想記に書かなかった話。その後の話が多め。

 

感想 → 成田山新勝寺断食修行(3泊4日)

・胃が小さくなっても舌も脳みそも変わらない

・ゆえに胃が満腹でも脳が食べたがることが多かった

・舌も変わらないから薄味が好きになるとかもない

・数日間は胃腸が悲鳴をあげながら消化してた

・5日ぐらい経ってやっと通常営業になってた

・帰って1週間ぐらいで(いろんな意味で)元通り

 

当然なんだけど、

修行が目的だから単に食事を断っておしまいだなと。

体質改善みたいなのは自力でやらないといけないし、

酵素ドリンクとかバカにしてたけど、

体質改善が目的ならそう書いてるところに行くのも手だなと。

 

ちなみにお寺に行った最大のメリットは、

写経や座禅ができたり、修行僧の気分が味わえて、

仏教関連の満足度がすごく高かったこと。

 

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12月の頭に、

そういえばつくばエクスプレスにちゃんと乗ってないなと思って、

始点の秋葉原から終点のつくば駅まで乗りました。

高規格だから速いね。

運転席の速度計で122km/h出てたって。

あと表定速度もすごく速いと思う。

あっという間に着いた。

そういえば、デッドセクションはどこにあったのだろう。

知ってたけどわからなかった。(笑)

 

あと、別の日に、水戸LIGHT HOUSEに行くついでに

関東鉄道常総線と真岡鉄道に乗った。

常総線は非電化なのに複線ってのが面白かった。

気動車で3ドアってのも珍しい気がするぞ。

筑波山をながめながら進みました。

真岡鉄道は意外とすぐ栃木入るのね。

真岡駅の駅舎おもしろい。デカい(笑)

 

これで茨城県は完全乗車完了。

 

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ふるさと納税、シミュレーション根拠を追って仕組みを理解した。
つまり税金の計算方法もちょっと詳しくなった。(笑)

 

税金が関わってくる話なので、

源泉徴収票やら確定申告のための情報が揃ってればよくて。

(所得金額の合計とか年金やら保険やら控除額とか)

ただ、収入やら保険やらモロバレにしないといけないから

他人の分まで計算してあげるよとは言えないんだよなぁ。

 

寄付先どうしようかなって思ったけど、

旅行で行ったりして今年ゆかりのあった場所のもの、

特に高くて手が出せなかったものにしようかなって。

たぶん、制度の本来の目的からそんな外れてないはず。

 

ってご縁があった土地を書き出したら、

なんだか今年1年を振り返ってる気分になってよかった。

さて、問題点はこれだけたくさんの候補があっても、

十分な予算がないことなんだよなー(笑)

 

ちなみにめちゃくちゃ色々考えたのに

結局、最後に見たうなぎがすべてを塗りつぶしました。

今年ご縁ができた土地ではあるけどね。(笑)
 

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ローマの休日 (テレビ放映)

先月見た「あやしい彼女」が下敷きにしているところから、
有名な作品だし見ようかなと思ってたら、

ちょうど某地方局で放送するみたいなので録画した。
(パブドメなのは知ってたけど)

名前も有名なシーンも知ってたけど、ちゃんと見たのは初めて。
こゆ‪古典と呼ばれるような作品‬あんまり見たことなかった。
まだ映画がモノクロだった時代なんだね。

ストーリーは特に触れません。有名だから。(笑)
警察を出たあと、わざわざ結婚しないって言うアーニャかわいかった。
あと、誰かに(料理を)してあげる機会が今までいなかったのよ。とか

うぶなのがときどき垣間見えるところがギャップ萌えでいい。
記者会見場からジョーが出るシーン、沈黙が何よりも雄弁だった。
あのあとのジョーはまたろくでなしに戻ってるのかな。

そしてオードリー・ヘップバーンきれいだわ。
あと、スタイルが良いなぁとは見てて思った。
あとあと、真実の口のシーン、めっちゃかわいかった。
ドッキリ仕掛けられて素の反応というのは有名な話。

甘く美しい、いい物語だったなー
名作と呼ばれることは納得だけど、
なにが人をここまで惹きつけるのだろうか。
あと、単純だから消化が早くて、
すぐ次の作品に行けそうなのも良い(笑)

Highnessって馴染みのない単語なのに聞き覚えがあるなと

脳内検索してたんだけど、スターウォーズだ。レイア姫だ。


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名作映画、悪くないな。


卒業とかネタは知ってても見たことないし。
(500)日のサマーとかオマージュのネタ元として知ってるけど(ry
ってのをちゃんと見ておこうかなって思った。
古典作品ってオマージュの元ネタになることが多いから
映画以外の場面にでも楽しみ方が深まっていくと思うんだよね。
あとマイペースにゆったり楽しめるし。

そう。
映画が娯楽の王様で、ポップスも映画の一部だった頃にしようかな。
好きなオールディーズとその時代背景を映画で一緒に呑み込む感じ。
当たり前に馴染んでいて、"読み人知らず"になってる音楽とかさ。
となるとミュージカル映画が強い気がしてきたけど。

ちなみにサウンドオブミュージックとか
素晴らしき哉、人生!は見たことある。
あと、スタンド・バイ・ミーはおぼろげながら。

<<候補>>
・卒業
・(500)日のサマー
・風と共に去りぬ
・独裁者、街の灯 (チャップリン作品)
・雨に唄えば
・明日に向って撃て!(雨にぬれても)
・小さな恋のメロディ(メロディ・フェア)

・オズの魔法使 (Over The Rainbow)
・2001年宇宙の旅
・ゴーストバスターズ
・E.T. 、ジュラシック・パーク

・ブレードランナー (amazarashi「古いSF映画」元ネタ)
・13日の金曜日

邦画だと黒澤映画とか男はつらいよとかかな。

 

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最近はドラマ(物語性)を求めることが多いなと。
だからどんどん歌詞に対するウエイトが増えてきた。
あと映画見てるのもたぶん同じ。

 

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現代の小難しい話と昔の単純な話が好きです。
現代の単純な話は消費されて残らないことが"多い"し、
昔の小難しい話は消費できない気がするし。
映画も音楽も同じ。
時代の風化に耐えうるものに価値を置いてる。

 

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<片隅>たちと生きる 監督・片淵須直の仕事‬ (ドキュメンタリー映画)

この世界の片隅にのアニメ映画はこの人なくして成り立たない、

片渕須直監督を追ったドキュメンタリー映画。
さらっと撫でても十分な作品をどこまでとことん突き詰めるか、

愛でもあり、もはや執念という感じ。
原作者こうの史代が作品に込めた思いを紐解いて行く様子、
そして漫画の解像度からアニメ映画の解像度へ

より細かい作り込みの際の徹底的な緻密さを追求していく様子
作品としての魅力がどんな風に作られているかが

すごくよく伝わってくる映画だった。

そして彼の周りにいる<片隅>を作り上げるためのピース、
ブームの一端を担ったミニシアターの関係者や
時代考証の相棒、そしてただのファン(笑)
映像だけでなくアフレコや音響効果に至るまで
すずさんだけが主人公ではない(さらにいくつもの)のように
周りにいた人たちをメインに置いた時間もあったり。

新作の後に見ようかなと思ったけどこっち先に見てよかった。

商業主義の原作[ピー]やる輩に爪の垢として贈りたい。
 

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比べるのもおこがましいけれど、とただし書きを付けて、
何か創作や制作/製作をする人間として思ったのは、
それは「どうせわかってもらえない」けどやっちゃうことなんだけど、
作品の細かいところに思いやこだわりを詰め込んだものを
これだけ丁寧に緻密に作品のことを見てもらえるのは、

作り手冥利に尽きるなと思った。
作品(と原作者)がうらやましくなった。
そしてその姿を見たことはそんな愛が実際に存在することを

見せてもらったのでこちらまで心が暖かくなった。

作品を褒めるときはこゆ深いところにあるものを見つけ出してね。
作り手の隠し味を注意深く観察して正しく見抜いてね。


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この世界の(さらにいくつもの)片隅に

さて、本編です。


映画の公開日が待ち遠しいとか、

公開初日に見に行く、ましてや舞台挨拶の回をわざわざ予約する。

そんなの今までしたことなかった。新しい扉が開けた。

舞台挨拶なんて芸能ニュースのためのものだと思ってた(毒)


ストーリーを追って見るだけでも十分楽しめる映画だけど、

その場面や言動の必然性を片渕監督が緻密に組み立てていて、

(詳しくはドキュメンタリー他を見ればわかると思う。)

しかもそれをドヤ顔せずにさらっと描いてるもんだから、

どこまで意味を持たせているのか正直わからなくなる。

自分の認識が疑心暗鬼に陥る。
 

だから、納得して終わるのに勝手に消化不良を感じる。(笑)
そして感想もすごいしか言えなくなる。(笑)

メインストーリー以外の細かい機微を知って見ると、
楽しみ方がすごく膨れて見れるなと思った。

 

(なんでもそうだけど、)

何回も見てるとこちらの変化によって響くシーンが変わっていくよね。

今回は焼夷弾の火を体当たりで消しに行くところが芯に当たった。

そして、径子さんの「あんたはかわいそうや」からそこに至るまで、

すずさんの成長の物語として見ていた自分もいた。


第二エンディングの最後の演出はやばい。

見てしか言えない。思い出し泣きするぐらい。

 

あと、音がいいなと思った。雑踏とか演出の音。
それはたぶんドキュメンタリー見たからだと思うけど。

 

 

映画館で見るのやっぱりいいな。
集中して見れる環境だし、没入感もあるから、

秘密に気がつくシーンで一緒に胸が締め付けられたし、

あの爆発するシーンで自分も息を止めていた。
 

こんな(泣き)疲れる映画を1日2回も見てらんない(笑)
映画見て(泣き疲れて)頭いたいとか今までなかった。
 

 

やっぱり見てとしか言えない。(笑)
他人に勧めるための言葉が見つからない。(笑)

ちなみに前作見た人には監督から、
この世界の片隅にはその当時の空気を感じてほしい作品
いくつもの片隅には登場人物の声を聞いてほしい作品
と、超要約するとこんなことおっしゃってました。

from 片渕須直 (@katabuchi_sunao) → こちら

 

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ずーっと旅行してきて見つかったもの、

「この世界の片隅に」はその1つなんだよな。
ただの"話題の映画"だけだったら見てなかったかもしれない。

映画→聖地巡礼→原作→新作映画という順番だったけど、
あの冬に呉に行くことはただの順番以外の理由もなく、

2016年に最初の映画がやってたことはほんとうに偶然でしかない。

それが重なるめぐり合わせってのもあの作品っぽいかもね。

 

そしてさらにすごいのは、

そこから波及して他のいろいろなことに興味を持ったこと。

それも同時並行でここまで興味を持っているってのもすごい。

(このブログにもその話が度々登場している)


早く円盤化しないかな。(おい)

原作片手にいちいち止めて検証しながら映画見たい。(笑)

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このどこまで作り込んでいるのか掴みかねる感覚、

Perfumeのライブを見たときと同じ感覚だなと。

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『この世界の片隅に』のある1シーンにおばあさんがツッコミを入れたことで、一気に映画が現実のものとなった話

ソース → Togetter


実は昨日のこの世界の片隅に。
憲兵さんのシーンで思わず思いから声が漏れちゃったおっさんがいてて。「あかんっ、逃げっ!すずさん殺される」その言葉であのシーンがどれだけヤバかったが観客全員に伝わってて、無事解決した際には小さな笑いに包まれてました。「よかった。見逃して貰えた」と。

from マサキ サク (@the2flying2cat)


すずさんのもんぺ作りのシーンは「判る人だけ判る高度なギャグ」と化していて、テレビで紹介されるときも「もんぺの作り方が分かりました」とのキャスターのコメントが入っても誰も突っ込まなかったり。まあ、春摘も最初観たときは「ん? 良いのかな……」程度で、間違いとまでは分かりませんでした。

from 春摘怜 (@harutsumiren)
 

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アイドルは基本的に在宅派なんだけど、
CDを手に入れるためにインストアイベントへ行って来ました。

CD自体は何枚も買ってるオタクから安く仕入れて、
その場でメルカリに出品してすぐ買い手がついたので
だいたいマイナス500円ぐらいだったかな。
ワンドリンクでもそれぐらいするから全然いいかな。

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wacci 『別の人の彼女になったよ』

 → YouTube / 歌詞

タイトル知ってたけど、聞いてなかった曲。ものすごい破壊力。

どちらにも失礼とわかりつつ、
ご縁がありそうな人に対して比べる気持ちが少なからずあって、
そんなことどこにも出せなかったから救われた。
上書き保存で全部書き換えられたらいいのになんて思ったり。ね。
ってのをここにも書いちゃうんだけど。(笑)

このあと傷口に塩を塗るような思い出が浮かぶか、
かさぶたを優しく撫でるように思い出に浸るのか、
思い出との距離が見えてくるね。

きれいに割り切れる人ばかりならこの曲はいらないよ。
 

ちがう以上、埋められない隙間が必ずあって、
そこを通り抜ける隙間風はどんな防ごうとしてもムリな話で。
別に今からどうこうじゃないんだよね。
だけど、ふと隙間風が吹くんだよね。 

水面にたゆたう根無し草でも抱えていくよ。
普通の特別な思い出として平熱のまま連れていくよ。
磨かれて丸くきれいになって、最後はなくなるんだ。
それでいいんだ。思い出せなくなるその日まで一緒だよ。

2788」のセルフアンサーみたいなことを書いてしまった。

やっとここまでこれたよ。
SHE IS SUMMER / あれからの話だけど

 → YouTube / 歌詞


この人のコメント共感できるなと。
コメントのレスも拾いながら構成しています。


↓↓↓

 

アニメ版PV より 0219 saemax さん

 「別の人」と結婚して7年がたちました。

今ではかわいい息子もいます。

…それでも寝る前には、

10年会っていない彼のことをこっそり思い出しています。
経済力や、年齢差、いろいろなものに負けて別れたけれど、

人として尊敬できる人でした。

「ねぇ、わたし、別の人の奥さんになったよ。」
この、気持ちは棺桶に持っていく予定です。
 

>>
 

不思議なことに、未練とは違うんです。

旦那さんのことは違うカタチで好きなんです。

それでも、10年前に別れた彼氏は、

自分にとって「特別なひと」のままで、

ずっと忘れることはないと思います。
 

「思い出を残してくれた懐かしい大切な人」…!!!

まさにその通りです…!

 

この曲を聞いて、今まで思い出さなかったような

些細な記憶が蘇ってしまいました、、、(^。^;)

思い出しても意味がないことは分かっているし、

だからどうしたい、ということもないんですが、

「そうだ、彼のこんなところが好きだった。」

と確認するような感じです。

 

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桜木町(臨港パークから赤レンガ倉庫)あたりに。
そういえばこんなに横浜にずっといることなかった。
ベタベタなことも悪くないなって思った。
 

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昔馴染んでいた音楽ってしっかりちゃんと覚えてるもので、
あんなナチュラルに以心電信の一節が出るとはまったく思わなかった。
たまたま過去の音楽を聞いてたからとかじゃないと思う。
 

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深い意味はなく、なりゆきでクリスマスの日に

先月できたJRと相鉄線の直通線に乗りました。

冬休み期間とはいえ平日なのに思ったより人多かった。

 

てか、相鉄線の12000系に新宿から乗ろうと思ったら、

まさか5本見送って2時間ぐらい待ってやっと来た(笑)

 

武蔵小杉出てわりとすぐ貨物線に転線して、

鶴見駅付近までは地平線だけど、

そこから羽沢駅向かうところはトンネルだし、

羽沢横浜国大駅のあたりで一瞬地上出るけど、

そのあとの相鉄線も西谷駅までトンネルだから

結構、トンネル区間だらけだよね。(笑)

 

そしてそのまま縁のなかった相鉄線に乗りました。

てか、乗り放題きっぷだったので終着駅とかで降りたけど、

崎陽軒はわりとどこにでもあるね(笑)

そういえば、横浜駅も結構な迷宮駅だと思う。
 

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BGMは 鈴木愛理 の i (Al)

パラレルワールドとかアイドル然とした曲がいいんだよなぁ。

山崎あおいと鈴木愛理の共作曲がそんな感じ。