二章 蜂起



3


しばらく稽古をしていると今度は向こうより則祐が歩いてきた。

「悪律師よ、どこへ行っておった。そなたを探していたのだぞ」


大塔宮は手を休め則祐を見た。


「左様でございましたか。これは失礼をいたしましたな」


則祐はからからと笑うと、顔を引き締め直して言った。


「本堂にて日野俊基【ひのとしもと】殿がお待ちでございます」


「俊基が参っておるのか?」


「はい。ご相談したき事があらせられると仰っておられました」


日野俊基は倒幕計画に関係している公家の一人であった。


しばらくして、初夏の陽光が差し込む本堂に大塔宮が則祐を随伴して入ってきた。


「大塔宮様。お久しゅうございます」


そう言うと俊基は深々と頭を下げた。


「久しぶりじゃな。挨拶などかまわぬ。それよりも相談というのを聞かせてくれ」


そう言われると、俊基は後ろにいる則祐にちらりと目をやった。


則祐は俊基に気を遣い、平伏してその場を離れようとした。


「律師則祐である。私の信頼する側近であるから気にせずともよい」


大塔宮はそう言うと、話を戻した。


少し驚いた顔を見せた則祐だったが、それは俊基も同じだった。


公家でもなく出自が土豪の僧を信頼できる側近といわれては、立場がなかった。


大塔宮に急かされてしぶしぶ俊基は用件を述べた。


「近頃、帝は大変に気を病んでおられまする」


「悩みの種は幕府か?」


「仰せの通りでございまする。今にも各地に宣旨を発して出兵せんかの勢いでございます」


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二章 蜂起



2


ふと、向こうに目をやると慌てた小寺頼季が小走りで向ってくる。


「遅参いたしまして、申し訳ございませぬ」


「妙光房の小相模か。私が呼んだのは則祐だぞ。律師則祐はどこにおる」


妙光房の小相模というのは頼季の異名である。


「申し訳ございませぬ。あたりを探して参ったのですがどこにも姿が見えませぬもので」


頼季は汗を拭いながら頭を下げた。


「あまりいじめられては可哀想にございますよ」


先ほどの僧が大塔宮をたしなめた。


「仕方がないな。妙光房、そなたが相手をいたせ」


「手前でございますか」


頼季は苦笑いを浮かべ頭を掻きながら


「では、不肖ながらお相手させていただきましょう」


そう言って稽古をはじめた。


大塔宮はこれまでに二度、天台座主【てんだいざす】となっている。


天台座主とは叡山延暦寺の住職にあたる立場である。


『太平記』によれば大塔宮は「修行や学問は打ち捨てゝ、朝夕武芸の御錬磨に余念がなかつた」とされ、また「早業、打物の秘術奥義をきはめられた」ともあり、初代天台座主の義真【ぎしん】以来百代余りにわたる歴史の中で類を見ない珍しい座主であったといわれていた。


実はこれらの大塔宮の行動には理由があった。


彼もまた、則祐と同じ己が父を崇拝する青年であった。


天皇親政の理念を掲げる父後醍醐天皇の力になろうと、日夜、その聡明なる頭脳を巡らせていたに違いない。


(今の世は公家よりも武家、武芸こそが将来を開く)


鎌倉幕府の圧政、正中の変の失敗、そんな世情を鑑みれば常に心内には武芸を重んずる気持ちを抱いていたことにも頷ける。


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二章 蜂起



1


正中の変がおさまって以来、鎌倉も京都も穏やかな日々が続いていた。


世情は張りつめた糸のごとく緊迫していたが、さしたる事件もなく一年また一年と静かな明け暮れが続いた。


赤松範資、貞範らは執行【しぎょう】、惣追捕使【そうついぶし】として長洲庄の地頭らと良好な関係を築いていき、円心は弓扱いに長けた佐用範家や戦上手である上月景盛らと共に赤松の郷を中心とする播磨一帯で悪党としての活動を活発化させていった。


則祐はというと、叡山に入ってからというものますますその才知を開花させていた。


もうすぐ夏が来るというのに、叡山には時折肌寒くすら感じる涼しげな風が吹いている。


「律師はおらぬか、律師則祐はおらぬか」


叡山中に響くかという声で大塔宮は則祐を呼んだ。


その大声とは裏腹に、顔立ちは凛として穏やかでありうっすらと紅をのせたような唇からは微笑がこぼれている。


どこにいったのか、と呆れたような笑みをこぼしながらそれでも執拗に則祐を呼び続ける。


則祐は叡山に入ってからというもの、修行や学問に励み律師の僧綱【そうごう】を貰い受けており、周囲からは悪律師と呼ばれていた。


「毎日のように武芸の稽古に付き合わされるので隠形の呪でも唱えて隠れておられるのではございませんか?」


すぐ近くにて行を修めていた僧が笑いながら声を掛けた。


「それでは困る。私の相手を出来るのはもはや悪律師のみぞ」


大塔宮は冗談交じりに声を荒げた。


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