「何か物足りない。それは…」

『ハロウィン』と言えばジョン・カーペンターが監督した傑作ホラー映画。
ショックシーンや血しぶき、死体の数が多い訳では無いけど、全編に漂う異様な緊張感がたまらない個人的にも好きなホラー映画だった。
その『ハロウィン』をこれまた面白かった『デビルズ・リジェクト』のロブ・ゾンビがリメイクしたのが本作。
この時点で自分の期待値は否応無く上がってしまう。

リメイク版の最大の特徴は「何故マイケル・マイヤーズが殺人鬼になったか」という過程に多くの時間を割いている点だろう。
というか、この「殺人鬼が誕生する過程を追う」というのはありそうで無かった展開。
ジェイソンもレザーフェイスもフレディも自身の背景は簡単に語られるくらいで、本作ほど執拗に描かれたホラー映画は記憶に無い(チャッキーは1作目で語られてはいましたね)。
実際、幼い少年が死について興味を持ち、ついにハロウィンの夜に凶行に走り、精神病院で不気味な大人になる序盤は目が離せない。
特に幼い身体にブギーマンを被った姿は、頭身の狂っている歪な感じと共に異様な不気味さをたたえていて素晴らしかった。

だが、大人になったマイケルが殺人ツアーを開始したあたりから、徐々に違和感が噴出してくるのだ。
その違和感に最初自分は理由が分からなかった。
20人近く殺すし、血も飛び散れば描写もエグい。
少なくともショックシーンに関してはリメイク元以上なのに、何かが足りない気がしてならない。

その答えが分かったのは映画秘宝を読んだ時だった。
何と日本で公開されたのは刺激が抑えめの「アメリカ公開版」で、アメリカでは「UNRATED版」のDVDも発売されているというのだ。
そう言われて気づいたのだが、殺害シーンを微妙に見せないようにされていたために20回近い殺害シーンのほとんどがいいところ(直接的なショックシーン)を余り見せずに終わっていた感がある。
そのため殺人回数が多い割にどれも同じような場面に感じてしまい、食傷気味になってしまっていたのだ。

そうなると劇場公開版では評価を下し難い。
そしてDVD発売の際は是非ともUNRATED版も入れてほしい。
それを見てロブ・ゾンビの意図を把握することで、この映画の評価を下したいと思う。

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「映画ファンの心に訴える暖かい下町人情話」

映画におけるCG技術が注目されるようになったのは個人的感覚では『ジュラシック・パーク』か『ターミネーター2』だったと記憶しているけど、それから数年の間に猛烈な勢いでその技術が進歩しているのを感じる。
ちょっと前までアメコミなんて映画化は無理だと思っていたけど、いまや『スパイダーマン』がNYの摩天楼を飛び回るのも映像かできるほどなのだから。

だけど、その一方で何か失っているような気がするのも事実。
昔は『ゴジラ』とかの特撮は「ちゃっちい感じ」も楽しむような風潮があったし、特撮の技術を知って驚く知的興奮があったはず。
それが今では「どうせCGでしょ」の一言で片付けられちゃうのは何とも寂しい限り。

そんな時代の流れにあえてローテクを映画に持ち込むことで反抗しているのが、本作の監督ミシェル・ゴンドリーだ。
そんな彼の映画の中でも本作は「昔の映画への愛情」と「ローテク趣味」がが発揮された映画と言えよう。

なんせ「ビデオ・ショップの店員が昔の映画をDIYの精神で勝手にリメイクする」というのが物語の大筋なのだから。

劇中に登場するあまりにもローテクかつちゃっちい『ゴーストバスターズ』や『キングコング』といったリメイク映画の数々。
これが不思議ともっと見たくなるような魅力を携えているのだ。
映画を撮るには「情熱」と「知恵」があれば何とかなるということを正に実地で教えてくれる。
アメリカで本作の公開後、YouTubeにこのように勝手にリメイクした映画が大量にUPされたのも頷ける。

しかし、この映画の本当の白眉は終盤にある。
著作権の関係で勝手に映画がリメイク出来なくなった主人公たちが取る手段、それは予告を見ても明らかだが「実際に自主映画を制作する」というもの。
今まで他人のふんどしで相撲をとっていた人たちが手を取り合って一つの映画を作るという涙腺直撃の展開に、展開が読めていたとはいえ泣けてしまった。
そして、白黒時代の映画に見せるためにアイディアを振り絞った、そのDIY精神溢れる手法に必ずや驚くはず。
「こういう風に撮る方法があったか」と唸るようなコロンブスの卵的な発想が次から次へと出てくるのだから。

映画とはそもそも「人を驚かせる」といったところが原点だ。
そこに先人の知恵が重ねられて今のような娯楽へと昇華されている。
決して最初から「芸術」といった大それたものではなかったはず。
本作はそんな映画の根本的な楽しみを改めて認識させてくれた。

ミシェル・ゴンドリーらしい毒は薄いが、映画が好きな人なら必ずや楽しめる傑作だと思う。
少なくとも自分の中では今年のベスト映画の一つ。

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「ドキュメンタリー版ブレック・ファスト・クラブ」

大人になって何度も感じるのが「学生時代は二度と楽しめない」という感傷。
これは大人になったからこそ分かる感覚なのだけど、学生時代には微塵も気付いていなかった。
そしてそんな感傷を見た人に思い起こさせてくれるのが本作だ。

17~18歳の頃は学校こそが世界の全てだったんだけど、どうやらそれは本作を見た限りではアメリカでも同じ模様。
この映画の主要人物は5人。

・才色兼備で学園の女王のモーガン
・バスケに人生をかけるコーリン
・同じくバスケ部で学園のモテ男ミッチ
・映画が好きで街から飛び出すことを夢見るハンナ
・ゲームが趣味のオタクなジェイク

彼ら5人が進路や恋、人間関係に直面する姿は誰もが共感すること必至。
学校には良い子ばかりじゃないし、グループのイジメもある。
フラれれば登校拒否だってするし、イタズラや飲み会で馬鹿騒ぎだってする。
そんな彼らの姿を見て、改めて「学校は社会の縮図」なんだなと感じた自分は、もう決して学生には戻れないのだろう。
そう考えると何だか切なくなってしまった。

浮気現場やイタズラを仕掛ける瞬間など日本のドキュメンタリーじゃあり得ないくらい学生に踏み込んでいるため、まるで学生の一人として生活しているような感覚に教われる本作。
青春時代の輝かしくかけがえのない瞬間を切り取った素晴らしいドキュメンタリーではないでしょうか。

こういう映画こそ多くの人に見てほしいのに観客が10人たらずで寂しい限り…。

ただし、あえて2点苦言を呈させてほしい。

1:素人の映画を本編前に流すな
本作の公開に合わせて行われた映像コンテストの最優秀作品が本編前に上映されるけど、これがあまりにもつまらなくて苦痛の一言。
あくまで本編が目当てでお金を払って劇場に足を運んでいるんだから、こういったコンテストの結果発表はWebででもやってくれ。

2:パンフレットを発売しないとはどういうこと?
日本でドキュメンタリー映画はあまり受けないだろうと踏んでパンフレットを製作しなかった判断も理解はできるけど、でもやっぱり映画を見たらパンフレットが買いたくなるのが映画ファンの感覚というもの。
どう撮影したのかとか、各登場人物の紹介とか知りたい情報は沢山あるのに…。


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「匠の技」

平成版仮面ライダーは出演俳優陣にイケメンを起用することで、これまで特撮に興味のなかった女性層を取り入れることで成功してきた。
特に『仮面ライダー電王』は成功が著しく、主演の佐藤健は「ルーキーズ」にも出演、更に映画版は歴代シリーズでは異例の3回も作られるという具合だ。

さて、ここで唐突に質問。

あなたは『仮面ライダー電王』の制作を任されたが状況は以下の通り。
1:主演俳優のスケジュールが取れない
2:撮影の時間が無い
3:お金もない
さあ、どうやって制作する?

この状況に対して明快な答えを与えてくれるのが本作。
1:主演俳優のスケジュールが取れない
→それなら着ぐるみ(ライダーやイマジン)をメインに据える

2:撮影の時間が無い
→自社所有の施設(太秦)をフル活用

3:お金もない
→これまでに使ったスーツや着ぐるみをリメイク、倒された敵も復活させる
という制作方針は正に匠の技。
逆境を利用して、ちゃんとそれなりに楽しめる作品を作るのだから、この「仮面ライダー」のスタッフは凄い。

正直言ってしまえば、ストーリーは序盤がダルい。
しかし、平成版仮面ライダーシリーズは「ストーリーよりもキャラクター」という方針のため、ここらへんは許容範囲だろう。
これまでにTV本編と以前の劇場版で活躍したライダーが勢揃いして見栄を切る瞬間はやはり燃えるし、大勢の敵に立ち向かう姿は特撮ファンにはたまらない。

テレビ版に興味が無ければ意味が分からないだろうが(そもそもそんな人は見に来ないか)、ずっと追いかけてきた人にとっては製作スタッフからのプレゼントとして肩肘張らずに楽しむと良いだろう。

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「未来の(?)映画」

邦画バブルなどと言われているが、世界的に見れば映画の興行は横這いないし低下傾向にある。
そんな状況にアメリカ映画界の一部の人が危機感を抱いた結果、今後は「3D化」を進めていくのだという。
いわゆるディズニーランドにある「ミクロ・アドベンチャー」のようなものが映画館で見られるということだ。
実際、今後は『スター・ウォーズ旧3部作』など過去の作品やジェームス・キャメロンの新作など、3Dで公開される映画が数多く控えている。

この施策が成功するか否かは分からないが、テレビでは3D映像を見ることは難しいこともあり(一応ビックカメラなどの3Dテレビは展示してあるが)、ある程度は成功すると思われる。
そう言えば『13日の金曜日』や『ジョーズ』の3作目は劇場公開時は3Dだったはずだし、変なリバイバル映画ブームが起こるのかもしれない。

そんな今後流行るであろう3D映画の先陣をきったのが本作『ナイトメア・ビフォア・クリスマス・ディズニー・デジタル3D』ではないかと思う。
ここ数年、ハロウィンになる度に公開されており、徐々に上映館を増やしていることもあり先日ついに見てきた。

映画自体はストップ・モーションの出来が非常に素晴らしく、ティム・バートンのセンスが遺憾なく発揮された良作だと思う。
今回は肝心の3Dに注目して鑑賞したのだが…思っていたほど飛び出さなくて拍子抜け。
「ミクロ・アドベンチャー」のイメージから目の前に飛び出してくると思い込んだ自分が悪いのだが、実際はちょっと違っていた。
説明するのは難しいが「画面に奥行きが出る」といった感じだろうか。
不思議な遠近感が映画全体を包んでいるのだ。

正直、このレベルの3Dであるのなら、何度もわざわざ映画館に足を運ぶことはない気がする。
しかし本作は3Dでない映画を無理矢理3D化した作品であり、今後は3D専用に作品が作られるのだから結論を出してしまうのは早計だろう。
ただし、本作に関しては3Dの意味はないと言い切れる。

一つ気になるのは3D映画をDVD化する場合のこと。
最近の映画は制作費が高騰していることもあり、DVDの売り上げで収支を合わせている作品も少なからず存在していたはず。
しかし、飛び出さない3D映画などだれが家で見たいだろうか。
ここらへんをどうするつもりなのか非常に気になる。
まさか赤と青の眼鏡でもかけるか…?

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