母が若年性アルツハイマーの症状が出始めたのは1993年のこと。
それまでしっかり者の長女として厳しく育てられたわたしは「しっかり者」ゆえ、
母を支えなくては!
家族を支えなくては!
とすぐに決意していました。
自信もなにもないのに無謀(笑)
若気の至り(笑)
 
わたしは、どんなに自分がつらくても、心が痛くても、母に寄り添い、力になりたかったのです。
だってそのように育てたのですよ?
母はわたしを!
 
それなのに。
おそらくですが。
母はわたしたち三姉妹に、
自分の異常を知られたくなかったのだろうし、
心配かけたり悲しませたり苦しめたくなかったのだろうと思います。
 
それよりなにより、当時若年性アルツハイマーについての情報はほぼありませんでした。
母は賢い人だったから自分でいろいろ調べたのかもしれない。
そうして母は自分のことを、「誰にも理解してもらえないだろうし、誰も理解などしないだろう」と思い込んでしまったのではないかと思うのです。
 
今でもそうなのですが。
わたしは、母にどんなことも話してほしかったし、理解したかった。
諦めてほしくなかった。
 
けれど母の意思は固く、私たち三姉妹の一切の意見を拒絶しました。
そのことがわたしには本当に辛くて仕方なかったのです。
当時もなかなか低かったわたしの自己肯定感はさらにぐっと下がって、自分が嫌になりました。
 
それでもあきらめずに現在まで、精一杯母と家族に寄り添ってきました。
わたしを育んでくれた大切な両親と妹たち。
気持ちの行き違いはあったけれど、それはそれで済んだこと。
わたしは最初の決意からブレたことなど一度もありません。
だから長く在宅介護をやってこれたし、自分の自己肯定感を取り戻してきたのだと思います。
 
母も家族も信じ、自分も信じる。
自分の気持ちに正直に、全うする勇気を持つ。
これからも家族を大切に愛を伝えていこうと思います♡
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松元佳子