わたしは、このところ自由にしています。
自由とは、それだけの責任は果たすもの。
 
今までわたしは自分の立場というか立ち位置を勘違いしていました。
そういう風に躾育てられたので仕方がないと思っていました。
けれど本当に仕方がないものなのか?
仕方がないと自分に言い聞かせているだけではないかと。
 
妻とか長女とかいう家族の立場、立ち位置のことです。
たしかにそういう役割はあります。
わたしができることは多いし早いし、思考を挟まず、体力も考えずに突き進めば、何でもできた。
けれど、そうやってやってきた私は、家族がわたしに対してどれだけの誤解をうみ、わたしの時間と自由を失ってきたことか!と今思う。
そのことで多大な取り返しのつかないような大きなストレスを自分にかけてきた。
家族としての役割は生活を支える家事や介護や雑事をこなすだけではない。
自分として生きているのか?
そこが大事。
 
役割を生きるのではない。
まず自分を生きてその自分が役割をこなす。
ややこしくて申し訳ない(笑)
でもこの違いは大きな違い。
 
だから。
自分には思いきり自由を与え、責任を果たせばいいと思う。
けれど、責任の意味を考えることは重要。
 
家族ひとりひとりが自分のことは自分でできるよう、サポートする。
見守るけれど、手を出さない。
それは依存しないということであり、
依存させないということ。
それが自立。
 
家族それぞれは自立していますか?
無意識に自分に依存させていませんか?
自分に依存させてそのことに生きがいを感じていませんか?
「わたしがいなくちゃ誰も何もできないんだから!」
 
それは違います。
だれでもひとりで生きていける自信を持たせることが家族や親の役目です。
相手をコントロールするのではなく、
相手の自立を見守る。
 
自分と相手は家族でも、同じひとりの人ではない。
しっかり境界線をひくこと。
 
あなたはあなた。
わたしはわたし。
 
それがお互いが自由であり責任を果たしているということじゃないかな?
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松元佳子
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