私は親に対して、
当事者意識を想像して
介助している。
 
そして。
自分の日ごろの言動を顧み改めながら、
認知症の親へのスムーズな介助を試行錯誤する。
 
認知症の両親に私が感じる
「なぜ?どうして?」
という
「言葉を発したり行動をとること」
は、当事者意識を想像することからはじめます。
 
なんの理由もなく
「言葉を発したり行動をとること」
はないからです。
あなたもそうではないですか?
 
いつもの両親や自分の
家族に対する言葉や行動
といった態度を
思い出してみましょう。
 
何かを言ったり
何か行動したり
または
何も言わなかったり
黙って行動したり
 
そういう時、
両親はどんな気持ちでしょうか?
両親にはどんな理由があるでしょうか?
両親はどんな感情を表現しているでしょうか?
 
そして次に、
自分はどんな気持ちでしょうか?
自分にはどんな理由があるでしょうか?
自分はどんな感情を表現しているでしょうか?
 
認知症の両親は、
段階に応じて
その言葉や行動や感情表現は変っています。
 
だからわたしも、
段階に応じて
その言葉や行動や感情表現は
自然と追随し変わっていきます。
 
例えば認知症両親が家族に、
遠慮して言わない。
遠慮して自分でなんとかしようとする。
 
その結果、
大惨事。
家族やわたしは大迷惑。
 
事前に対策を講じていたら、
ちょっとした手間暇で防げたかもしれないことが、
警察やご近所や関係者を巻き込んだ事件に発展する。
 
この時両親の「遠慮」に対して、
お互いに原因がないか?
客観的に分析すると、
(客観的というのは、私の両親に対する恨みつらみなどを捨てて)
問題と思われる事は、
事前に予防できたり
対処が短時間でうまくいくことが多くなる。
 
両親が遠慮する理由を具体的に聞く。
例えば、改善できるように理由を聞き出す。
×忙しそうだから。
→忙しいのは仕方ないから我慢して。
〇日々伝えたいが真剣に聞いてもらう隙や暇がないから言い出せない。
→週に1回は、10分でも困りごとの話をメモをとりながら改善策(お互い出来そうなこと)を考え話ながら聴く。
 
私が自分に確認することは。
常日頃、
遠慮されるような言葉や行動をとっていないか?
言動の不一致は?
悩んで愚痴を言って堂々巡りしていないか?
わからないと曖昧にしていることを調べたり学んだりする時間を作って勉強し、具体的な対処をしているか?
専門家に逐次相談して解決策を探しているか?
などなど。
 
もしもやったことがないなら、どれかひとつ挑戦してみませんか?
小さなチャレンジひとつと日々の積み重ねが、
お互いの日常を快適へと導いてくれる灯になります!
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松元佳子
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