すでに両親は認知症で施設入所しています。
なぜ年寄りの自覚とは、なんて書く気になったかというと、義父がらみのあれこれです。
その話はまた今度。
そもそも子どもの頃から年配の親族の多くの話をまじめにたくさん聞いてきたわたし。
人が歳をとるということ、人が死を意識し始めるとき、そんな話を子どものころからとてもまじめに面白い昔話を聞くようにきいてきました。
怖いおじいちゃん、優しいおばあちゃん、人の好さそうなおじいちゃん、意地悪そうなおばあちゃん、いろんな性格タイプの人が、法事や行事で集って宴も終わりに近づく頃には、世代ごとの輪ができて、寂しそうなグループがありました。
それが、死の足音を感じている世代。
仲良しの○○さんがなくなって寂しい。
あんなに元気だった△△さんが、倒れて急に亡くなった。
病気がちなあの人は都会の息子の家に身を寄せるらしい。
若いころはよかったなぁ~、武勇伝!を語り始める。
子どもの世話にならないといけないようになってしまった、悲しい。
子どものころは貧乏で苦労した苦労話。
わたしは好んで寂しそうなそのグループのいろんな話をまだ幼稚園くらいの頃から小学校高学年くらいまで、よく。
その頃のお年寄りには、歳をとるという自覚がすごくあって、子どもに何を伝えるかとかそういうことを話していた気がします。伝えるといっても、ご先祖さまの話や苦労話。農作物のあれこれ。それは、そういう苦労を子どもたちにさせたくない賢く生き抜いてほしいといった内容でした。
ところが、その人たち(江戸明治大正うまれ)以降の世代はちょっとおかしいと感じます。
苦労をしたから、子どもに苦労をさせたくないというのは同じなんですが。
ほんとの苦労をさせないもんだから、子どもがバカになってる。
苦労にはしたほうがいい苦労、しない方がいい苦労と両方あると思うのです。
その見分けがついて信念があり年寄りの自覚があり、自然の流れに逆らわない生き方ができる人を明治大正生まれのおじいちゃんおばあちゃんたちに多くみたような気がします。
きっと戦争を経験した世代から、意識が大きく変わっちゃったんですよね。
信念がなく、人や世間について善悪を語り、自分のこどもに話すべき経験を隠して、話すべきでない愚痴を苦労話としてダダ漏れさせる。
戦争を経験した意識は人の意識を歪めているのですよね。
それほど、残酷で過酷な経験だったのでしょう。
そんなようなことを、認知症両親の介護をするようになって、両親の伯父お母世代の話をあらためて聞いて、大人になった私が感じたのでした。
古きよきものは伝えるべき、それは今に伝わる伝統芸能のように。その土地の風土にあった生活の知恵というものがあったのではないか、それを聞かずに伝えずに勝手に必要ないと判断して葬った人が多いのではないかと感じるとなんとも大きな損をしているんじゃないかと思う次第。
そういう心がなくなったから、認知症などという老害に悩まされる社会になったのでは?などという妄想に取りつかれる夜。
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松元佳子
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