8月26日のブログ 過去を振り返るシリーズ
「飲まず食わずは突然に!」(2011年7月28日)
http://ameblo.jp/kosyokosyokosyo/entry-12194007552.html
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8月27日のブログ 過去を振り返るシリーズ
「父の頭は脳卒中だらけ!」(2011年7月25日)
http://ameblo.jp/kosyokosyokosyo/entry-12194141142.html
「父の頭は脳卒中だらけ!」(2011年7月25日)
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そのさらに前の2011年7月20日の日記を。
実家から離れた場所に住んでいて、
緊急時に駆けつけられないという悶々とした状況。
その時、どうしたんだったかな?
という記録です。
実家から離れた場所に住んでいて、
緊急時に駆けつけられないという悶々とした状況。
その時、どうしたんだったかな?
という記録です。
~~~~~~
2011年7月20日
引越準備にバタバタいやあたふたする日々。
手続きの準備やチェックリストを確認しながら、
荷づくりに没頭。
ちょっと休憩しようと充電中の携帯をチェックしたら、
メールに電話に留守電にってありえない件数が…。
(自己比)
引越準備にバタバタいやあたふたする日々。
手続きの準備やチェックリストを確認しながら、
荷づくりに没頭。
ちょっと休憩しようと充電中の携帯をチェックしたら、
メールに電話に留守電にってありえない件数が…。
(自己比)
事件?
事故?
何事?
事故?
何事?
やっちまった感満載…
しでかしちまった!!!
しでかしちまった!!!
父から数件、
母のデイのスタッフさんから数件、
妹三女から数件。
母のデイのスタッフさんから数件、
妹三女から数件。
あ~!!!母だわ!!!!!
母、
土曜日から鼻水が垂れてたし、ちょっと微熱だった。
母、
土曜日から鼻水が垂れてたし、ちょっと微熱だった。
(☆1週間に最低1回は実家で家族全員で過ごし、
両親の平日の暮らしを支え合うと姉妹で決めていた)
両親の平日の暮らしを支え合うと姉妹で決めていた)
日曜日はデイを休んだと妹三女から連絡があった。
デイのスタッフさんに
「病院にいったほうがいいですよ!」
とアドバイスされたらしいが、
病院には行かなかったらしい。
わたしは自分事でいっぱいいっぱいしかも風邪気味…、
自分が実家に出掛けるのはしんどかったし、
台風がきていて、フェリーは運休中、
母の様子をみることにした。
デイのスタッフさんに
「病院にいったほうがいいですよ!」
とアドバイスされたらしいが、
病院には行かなかったらしい。
わたしは自分事でいっぱいいっぱいしかも風邪気味…、
自分が実家に出掛けるのはしんどかったし、
台風がきていて、フェリーは運休中、
母の様子をみることにした。
さて、電話の件。
デイのスタッフさんによれば、
今朝(月)のお迎え時に母の顔色が悪く熱っぽいので、
熱を測ったら38℃越えだったから、
今日こそ病院に行ってくださいと父に伝えたということだった。
もちろんデイサービスは強制的にお休み。
父から何度も私の携帯に電話が入っていたものの、
家電にはまったくなし。
(充電時、電源を切っていた)
ここらあたりが、父のトンチンカンなところ。
どうしていいかわからないといった内容の留守電が
携帯に3回はいってた。
2回は何を言いたいのかさっぱりわからない…内容だった。
家電にはまったくなし。
(充電時、電源を切っていた)
ここらあたりが、父のトンチンカンなところ。
どうしていいかわからないといった内容の留守電が
携帯に3回はいってた。
2回は何を言いたいのかさっぱりわからない…内容だった。
推測…。
私の携帯に電話が通じないので
(どうして家電に電話しないのか不明(ボケ?)、
先日は携帯にも家電にもしつこく電話してきたのに!
しかも引越準備でばたばたしてるから
携帯と家と両方電話するように言ってある)、
あきらめた父は妹三女に電話したらしく、
その後妹三女からそれぞれ数回の電話&メールが入っていた。
彼女も家電には電話なし。
慌てたのか?(彼女はいつも他力本願)
彼女はどうしても仕事が抜け出せないので、
父に電話で病院に母を連れていくように指示したらしい。
経過報告はなく、自分の言い訳だけは忘れない妹三女。
そして、仕事が抜けられないというメールが最後。
私の携帯に電話が通じないので
(どうして家電に電話しないのか不明(ボケ?)、
先日は携帯にも家電にもしつこく電話してきたのに!
しかも引越準備でばたばたしてるから
携帯と家と両方電話するように言ってある)、
あきらめた父は妹三女に電話したらしく、
その後妹三女からそれぞれ数回の電話&メールが入っていた。
彼女も家電には電話なし。
慌てたのか?(彼女はいつも他力本願)
彼女はどうしても仕事が抜け出せないので、
父に電話で病院に母を連れていくように指示したらしい。
経過報告はなく、自分の言い訳だけは忘れない妹三女。
そして、仕事が抜けられないというメールが最後。
ひとまず、妹三女に仕事頑張ってとメール。
父に電話。
家は留守。
父の携帯にかけたら出た。
病院の待合室にいるという。
頑張って、と励まし、
診察が終わったら連絡するようお願いする。
父に電話。
家は留守。
父の携帯にかけたら出た。
病院の待合室にいるという。
頑張って、と励まし、
診察が終わったら連絡するようお願いする。
深呼吸。
う~ん、どうしよう?
今から出掛けても、昼時間。
旦那は届け出などで外出中。
バスはしばらくいない。
早くて実家に着くのは4時いや5時か?
う~ん、どうしよう?
今から出掛けても、昼時間。
旦那は届け出などで外出中。
バスはしばらくいない。
早くて実家に着くのは4時いや5時か?
なにかいい方法はないかな?
普段風邪をひかない母は内科のかかりつけ医がいない。
こんなとき、非常に困る。
さて、
妹三女の指示で父が母を連れて言った病院は…
どこだったかな。
(そのどこの病院に行ったかの報告はなかった)
たしかその病院は以前母が似たような状況で
1度お世話になったことがある内科で、
スタッフも先生も優しかったし、
柔軟に対応してくださったことを思い出す。
そこに違いない!
病院の電話番号を調べて電話してみる。
ビンゴ!
ちょうど診察室に入るところだから先生とお話されますか?
と受付の方が電話をまわしてくださり、
先生に状況説明できた。
たよりない父のこと、母の体調のこと。
先生、お薬で大丈夫だろうという判断。ほっとする。
いいタイミングで電話できて、
つないでいただけて良かった~~~ラッキー☆有り難い!
普段風邪をひかない母は内科のかかりつけ医がいない。
こんなとき、非常に困る。
さて、
妹三女の指示で父が母を連れて言った病院は…
どこだったかな。
(そのどこの病院に行ったかの報告はなかった)
たしかその病院は以前母が似たような状況で
1度お世話になったことがある内科で、
スタッフも先生も優しかったし、
柔軟に対応してくださったことを思い出す。
そこに違いない!
病院の電話番号を調べて電話してみる。
ビンゴ!
ちょうど診察室に入るところだから先生とお話されますか?
と受付の方が電話をまわしてくださり、
先生に状況説明できた。
たよりない父のこと、母の体調のこと。
先生、お薬で大丈夫だろうという判断。ほっとする。
いいタイミングで電話できて、
つないでいただけて良かった~~~ラッキー☆有り難い!
父からの報告の電話を待つが、
いっこうにかかってこない…。
やっぱり様子見に行った方がいいのかな?
昼ごはん食べられるかな?
まさか、外食しようなんて思ってないか?
(父=頓珍漢)
あああ~~~~~
大丈夫かな、母…。
いや大丈夫と信じよう☆
どうしよう、行く?行かない?
できれば行きたくない。
できれば行きたくない。
~~~~~~ここまで。
で、結局行かなかったんです。
ていうか、
行ったとしても妹三女がしばらくすれば
帰宅する時間だったから。
ていうか、
行ったとしても妹三女がしばらくすれば
帰宅する時間だったから。
ここで当時の問題点。
・それまで内科的に健康だった母に、
かかりつけ医がいなかった。
・両親だけで過ごす時間にトラブルが
あった場合の対処法を決めていなかった。
それをケアマネやデイサービス担当者と
情報共有がなかった。
・この状況をケアマネに相談すればいい
ことを知らなかった。
・母の体調が悪い場合の危機感が希薄だった。
・たくさんの人の手を煩わせたこと。
かかりつけ医がいなかった。
・両親だけで過ごす時間にトラブルが
あった場合の対処法を決めていなかった。
それをケアマネやデイサービス担当者と
情報共有がなかった。
・この状況をケアマネに相談すればいい
ことを知らなかった。
・母の体調が悪い場合の危機感が希薄だった。
・たくさんの人の手を煩わせたこと。
この騒ぎのあとの母、
服薬、療養していたにも関わらず、
肺炎で救急搬送緊急入院。
服薬、療養していたにも関わらず、
肺炎で救急搬送緊急入院。
ラッキーだったのは、
わたしが病院に電話し、
運よく先生とも話しができ、
頼りない父と母が、
診察してもらえたこと。
わたしが病院に電話し、
運よく先生とも話しができ、
頼りない父と母が、
診察してもらえたこと。
これ以降、このようなことは今のところありません。
こういうことを経験しないとわからない(身に沁みない)
ことばかりだった当時。
結局、どこか人任せなところがあり、
そのせいで母の命を危うくしたなと反省。
積極的な自己責任でもっと主体的に動くんだと
自分に言い聞かせた出来事でした。
こういうことを経験しないとわからない(身に沁みない)
ことばかりだった当時。
結局、どこか人任せなところがあり、
そのせいで母の命を危うくしたなと反省。
積極的な自己責任でもっと主体的に動くんだと
自分に言い聞かせた出来事でした。
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