現在、我が家の唯一の(布団乾燥機も暖房の一部かな?)暖房器具であるエアコンの掃除というかお手入れをしています。


季節ごとにクリーニングしますけど。

このエアコンのクリーニングが面倒で仕方ない。

業者に頼むという選択肢もありますけど。

自分的にコストパフォーマンスに納得できない。

かといって、便利だから使いたい。


コストパフォーマンスに納得できない理由。

やれば自分でできてしまう。

業者に頼んでも、エアコンの隅々までくまなくクリーニングしてくれるわけじゃない。

健康被害が取りざたされるけど、業者に頼んだからといって、完璧じゃない。



そもそも、自分でやるのが面倒なんで、業者に依頼しようと思いましたけど。

業者に頼んで楽っていうのは、実家で体験済み。


だけどさ、裏側の排水ホース部分とか、換気ホースの中とかまではしませんよね。

やるなら分解して、部品全部クリーニングしてほしい。


それに!送風ファンってすぐかび臭くなる。

機密性の高いマンションとかって、油断すると壁とかすぐカビが生えるけど、それより過敏にカビてます。


エアコンという家電がお目見えして長いと思いますけど、カビの生えないエアコンて作れないのかな?



つまりーーーー。

わたしの結論は。

便利なものは、不便。

エアコンでいうと掃除を隅々まで分解してできない。

作りが複雑になればなるほど、自分で手入れできなくなる。


それは、整理収納がそうですよね。

便利なものを増やせば増やすほど、自分のキャパを超えて、掃除もしにくくなる。

そうして忘れて使わなくなって、自分の空間を圧迫して、気持ちの器もどんどんちっちゃくなっていく。

ぶっ飛びすぎました。



ま、便利なものに頼る以上、それだけの手間暇をかけて、自分なりの付き合い方を決めるというのが、ストレスを減らすというか、そういうことなんでしょうかねぇ?



そもそも、大掃除をしよう!ということですが。

自分の思考回路部屋の大掃除をしたほうが効率あがるなーって毎年思っていて。

これが、想像以上に難題。

刷り込まれた、自分ルールというものの多さに辟易。

何十年もそのルールを見直すことなく続けてきたせいで疑問にすらならなかったことをほじくり返す面倒くささ。

人ってほんとにいざ!となると変化を求めないというか怖がりだなというか。

あんなに昨日ブログで、非日常だのと書いておきながら。

本心は変わりたくなくて平凡で目立たない自己実現なんかできやしないよと思ってる自分のまんまがいいんだねっていう。


だけど、ちっちゃな一つ。

モノを一つ増やしたら、その分何か一つを減らす。

便利なものを買うなら、その前の不便なものは捨てる。

買う前に、上のように、自分の身の振り方についても考える習慣を持つということを義務化したというのは、自分的にはすごい進歩はあったかーーー。

ま、小さな一歩が踏み出せること自体素晴らしいじゃない!

大掃除の効果は、こういうことから始めて正解だなって実感する。

例えば、風呂のカビ取り。

現在の住居の風呂の換気の悪さというか、カビるスピードったら、尋常じゃない気がするんですが。

だから、カビが生えない環境といったら風呂上りに室内をくまなく拭きあげるしかないよな、ってことで。

かなりの頻度で実践。

それでも、サボるとすぐ生えるんだけど。

カビ取り剤を使った掃除っていうのに抵抗があったので。

どうも塩素系のもので体調を崩すこしょ。

どっちが自分に優しいんだろう?という天秤。

カロリーは消費して、お金は使わない、ソレしかないよっ!

何が言いたいかっていうと、行動すると結果が出るというのを体験してますっていう報告。




どんどん広がるけど、そろそろエアコンの掃除に戻ります。

待ち時間もちょうどおしまいーーー。