先ほどまで、ためにためたハンカチのアイロンがけをしておりました。


アイロンがけが、苦手なわたしです。



アイロンがけしてると、自然といまの自分と向き合っちゃっうようになってるらしく。。。



今日も否応なしに自分と向き合ってしまっていたのですが。。。




つながっちゃったんですよΣ(~∀~||;)




おとといが祖母の四十九日で。


昨日はその祖母の所属していたお寺の支部の報恩講。



祖母の通夜お葬式と四十九日には、大変ながらも父だけでなく母も一緒に出席しました。


母にしてみれば、苛めぬかれた感ありありの、


あの誰にでも分け隔てなく優しい母が、まだボケる前に祖母を無視し始めたことを思い出すと。



かなりのつらさを覚えたモノですが。。。。




そうして、私自身も祖母に跡取りの孫ではなかったことで幼児期から、


女で婿をとらなかったことで結婚してからも、


長年祖母にひどい言葉をなげつけられ続けたのですが。。。



祖母が70歳を過ぎるころから、急に仏のような人になり。


だれかれともなく感謝のありがとうを述べるようになったので。



まぁもともと祖母を嫌いでしたが(男女差別を激しくするので)、


憎んではいなくて。


そういう人なんだと思っておりました。


>跡取りがいないことが悔しくて悔しくてしょうがない。。。人。。。。


>昔の人ですし、自分は息子を第一子第二子と立て続けに産んだのだから自負もあったのでございましょう。。。。




そんな祖母が亡くなって。


毎週の供養に父を連れて、旦那どのか妹たちの誰かが運転手となって、その場にわたしを運んでくれたのでした。



そうして、実家の墓に入りたいと父がいうので。


お寺さんにもその旨を次男の叔父が伝え。


私がその面倒を引き受けますのでよろしくお願いしますとご挨拶もしまして。



父の兄弟たちも安堵したそうでございます。


>墓守がいるってことに。。。。




お寺さまも、わたしが跡取りではなく、嫁にでている身であっても、とくに何もおしゃることなく、受け入れてくださいまして。



集落で作るお寺の支部の集いに参加させて頂きまして。




祖母のお通夜お葬式から毎週供養とお話を聞き。


昨日の報恩講でのお話を聞き。




私の中でくすぶっていた


ダークな祖母の側面を見続けてきたこと


母と祖母との関係


父と祖母との関係


親族との関係


から受けた私の印象。


わたしが祖母や親への孝行としてしてきたこと。


自分がすべきと思ったことをひとつひとついろんな思いの中からやってきたこと。




それが、それで、よかったんだ。


それこそが祖母の、わたしへのギフトであり、みんなへのギフトであったんだ。


と思いいたった瞬間が、アイロンがけの最中。。。。


1時間以上、泣きじゃくりながらのアイロンがけ。。。。((>д<))





報恩講で聞いたお話というのが。


「供養」と「法要」の違いについてでした。





「供養」とは、亡くなった方とわたしとの間で、ともに養うこと。


「法要」とは、仏様の教えを人生の要として頂くこと。


というような内容だったと思います。




まさに。


祖母とともに養った結果が、これでよかったんだなぁという実感。


これからも、そうしていけばいいんだなぁという予感。




「いま」わたしのこころに浮かんでくることに耳をすませて、やり続ければ、それが紡がれるように繋がっていくんだなぁという。。。。