今日は息苦しくて、本当に生きているだけでしんどかった。

でも頑張ろうと思ってなんとかポジティブに乗り切ったはずだった。

勉強はしんどすぎてできなかった。

明日は家庭教師の研修が3時間もあるから早く寝なければならないのに息苦しすぎて寝れない。

いろんなバイト面接で面接官にコロナ後遺症を打ち明けて、(そんなこと言いたくないしわかってもらえないし、わかってくれないくせに、可哀想な哀れみの目で見られる。そのたびに自分は可哀想な立場なんだ、健康な人とは同じ様にできない立場なんだと再確認)


そんな日々を過ごして神経を削りながらやっと得た機会だから問題なくこなしたい。


今は何も楽しいとおもうことがない。

残念だがお金を使わないとテンションが上がらない。

幸せも感じない。以前は太陽を浴びるだけで幸せを感じることができた。

季節の変わり目の匂い、朝の匂い夜の匂い、太陽の匂い、植物の匂い、些細なことで幸せを感じることができた。


今は匂いはしない。


今はお金を使うことでしか幸せを感じられない。

そんな状況に自分がいることも残念だ。



さて今日少し嬉しかったことが1つだけあった。

Tinderをしていて自分が気になってる人と電話をする予定ができたからだ。

さっきまでTinderである人と電話をしてきた。

電話が終わって体調が悪くて、寝られなかった。

その後色々考えて泣いていた。自分が元気だったら、付き合ったり会いに行ったりしたい様な素敵な人だった。

でも自分は会いに行くこともできない。会話の中で、以前の様にポジティブな発言もできにくくなってきている(無理矢理装うことは今もできている。)。


え!今度飲みにいきたいです!って言ってくれた。

いこーいこー!と自分は答えた。


後遺症である自分にはいけない。体が元気でいける状態だったとしても、再感染が怖すぎて飲みになんていけないし、電車にも乗れない。

こんな状態なのに、健常者のふりしてないと、相手になんてされない。

相手が優しい人だから、大丈夫ですよ!って言ってくれると思う。


でも恋愛ってそんな甘くないってことも自分はよく知っている。


他の健康な候補者なんて腐るほどいる。

去年の12月には、コロナ後遺症で動けない、会いに行けない、闘ってる途中の僕を捨てて当時の彼女は浮気をした。残念だった。

このように元気でないと、恋愛なんてできない。恋愛したいしsexもしたい。22歳ですよ?まだ。


外出れないなんて、ビビりすぎだけどそれほどコロナ後遺症は地獄だったのだと理解してほしい


電話で自分が聞いた。


自分)どんな人が好きですか?

相手面白い人がタイプです。


今の自分は、少なくとも、テンションが低めで冗談を言うことはできなくなってきている。


以前は冗談ばかり言っていたのに。


自分の変化を再確認した。


自分の体調が悪いことだけでも十分苦しい。


今なんて息ができなくて横になっていられないから、座ってこの文章を書いている。


こんな状態なのにさらに、自分の男としての魅力も下がっていることに気がつく様になってきている。


こんなの生きていて面白くない。


努力努力努力


どれだけ勉強を頑張っても果てしない戦い。

半年やそこらですぐに成果も出そうにない。


こんな努力を何の楽しみもない。

支えてくれる人もいない。

自分の努力を見てくれている人もいない。

体はしんどくてたまらない。


今日いきなり心臓が止まって死ぬかもしれない。


今後コロナは無くならないかもしれない。


基礎疾患の人は感染して死んでも仕方がない。

高齢者がコロナに罹って死んだニュースを見ても「何だ、高齢者が死んだだけか」、「若者でも基礎疾患有りなら仕方ないな」と思われる。


自分もコロナに罹る前にそう思ったことがある。


そんな切り捨てる社会であるのにも関わらずそのような残酷な世界になりつつある。


少なくとも欧州ではその動きが顕著になってきている。


こんな不安をセットで抱えて何が楽しい。


コロナ後遺症になってから心から笑えたことなんて1回もない。


楽しいと思えたことなんて1回もない。


ただ、将来の不安に押しつぶされながら、

体の痛みに苦しみながら、

疎遠になった友達から忘れ去られながら、

ネットの友達だけが増えて、顔も知らない。


そんな毎日。


でも毎日欠かさず勉強を続けた。



ここまでやってこれた。

何の心の支えもない。

家族にこんなことが言えるはずもなく、

友達にも、ネットの友達にも。


ただ一人で抱え込んでいる。

言った方が楽になることはわかっている。


でも言ったところで、体は治らない。

世界からコロナは消えない。


つまり、哀れみと慰めはもらえるけど自分は今まで通り自宅に引きこもって勉強するのみ。


外にでて自分の知らない世界を見ること、

友達やまだ知らない人と会うなんてことはできない。


こんな苦しい毎日何がいいのか、むしろある日キッパリ死んでしまって、その前日まで親しかった友達や仕事場の人に憐れんでもらった方がよっぽど穏やかに死ねるというもんだ。


疎遠になってから死んでも、そんな人いたなーとか、最近会ってなかったからなーって思われるくらいだ。


実際中学校の友達が死んだときには涙が出なかった。


葬式の後にみんなで飯に行っているやつもいた。



せめて、1ヶ月に一回くらいは、心から笑える日がほしい。


心から楽しいと思える日、コロナ後遺症のことなんて忘れられるくらい楽しい日。


そんな日がないと4ヶ月も対面で誰とも話さず、引きこもって勉強ばかりしているなんて無理だ。


ならば勉強しなければいいじゃないか?と言われそうだけど、勉強しないで今の状況をダラダラ過ごしている方が不安で押しつぶされてしまう。


不安で押しつぶされないように、この何もできない時間を正当化させるために、何か意義のあった時間だと思えるように今自分は勉強には励んでいるわけだ。


自分の状況は大学4年生で留年しているわけだ。


留年していない健常者の同期は就職してキャリアを築き始めている。


企業での実務経験をしているわけだ。


現段階で自分の何倍も稼ぐようになっているわけだ。


そんな彼らと連絡をとり、日々インスタのストーリーが流れてくる。


なら見なければいいとはいかない。

自分とリアルの友達との関わりはSNSだけだからだ。


なぜなら、外に出るには再感染が怖すぎるから。