ねこ

短毛に見えるけど足の裏毛が肉球からはみ出している。
それがいい
在宅仕事再開した。ちょっと不安。
まず月1本ずつから(あれば)
ひさびさに操作してるけどばっちし操作は覚えてる!
よかったー

赤ちゃんが生まれて思うことがある。
私もいつか死ぬのかなということだ。

死ぬのは当たり前だけど今まで意識したことはあんまりなかった。
高校くらいのときあんまり自分がブサイクで
(今流行りの ツイッタで自分の顔嫌い→決め顔晒し とかそういうのじゃなくて
毎晩鏡見ながら一人で泣いてた)
親ともうまくいかないし死のうかと思ったことは何回かあるけど(今思うとバカみたいだ)
そういうのじゃなくて
本当にあたりまえの死は絶対くるんだなーと。

あと時間がさらに加速した。
仕事してた頃からもたしかに時間経つの早かったけど
もっと体感早くなった。
あっというまにおばあさんになるのかなと。

自分の親は、ひどいかもしれないけど
感謝はしてるけど尊敬はできないタイプで
親は男児が欲しかったそうで、次女の自分は
母と長女が仲良くバカにしたり悪口言ったりストレス発散してくれた。
弟はそんなこと知らないと思う。
母もそんなことは忘れただろうか。

そういうことで無条件で親は尊敬されると思ったら大間違いで、
自分は子供のことを馬鹿にするのは絶対したくない、
まー普通に生活してたらそんなことしないと思うけど
やっぱし姉と母はちょっと性格悪いよなーと今は思う。

なのであまり母には子育ての悩みなどは自分から話すことはないし、
そもそもメールしないし
姉も弟も独身だけど弟が結婚するの待ってるのかな。
弟とは仲悪くないので私もはやく結婚してほしいなーとは思ってるが
弟の嫁さんを攻撃しないか心配である。

私も子供もいつか結婚して
孫ができたら、たくさん私に話して欲しいな、と思う。
嫁さんも。何十年後の話だけど。

尊敬される親になれるように頑張ろう。

手荒れがひどくて指の感覚がありません。
いま赤ちゃんは7ヶ月だが5ヶ月あたりから1~2時間で起きるようになってしまい
ほんとうに辛い。
しかも私は出産後の禿げるやつで一回禿げて髪が生えてきた。
その生えたての短い髪が重みがないため立って生えてくるので
とっても変だ。
生まれてから3時間以上連続して眠ったことがない。
育児雑誌なんかでも生活タイムラインなんかが載ってるやつはほぼ朝まで起きない。
本当うらやましい。
ごはんはよく食べてくれるけどどうなることか。
早くたくさん寝たいので育って夜泣き治れ!!
何か色々毎日過ごしてたら手術からかなーり時間経ってしまった。

帝王切開した日、8月7日で北海道で言うところの七夕だった。

午前中に促進剤の点滴をうってダメで、午後一での手術となった。

アトピーだからやだったけど血栓どめの白いニーソックスみたいなのをはかされた。

靴下は術後2日付けていて湿疹のとこの血が結局ついてしまった。はーがっくし

麻酔は腹を切る時の麻酔と、術後傷の痛み用の麻酔を

2本背中に管を入れた。

脊椎に管を入れるという表現がなんかグロくてかなりビビっていたが

その前に管を入れる前の麻酔まであって全然何も感覚なくすんなり

管をいれてたと思う。

麻酔を入れると、足の方から痺れ、動かなくなり感覚もなくなった。

麻酔って本当にすごいなと感心した。

顔の前に目隠しのついたてを置かれて、下腹部を切開した。

くいくい引っ張られる感じ以外は何も感覚が無かった。痛くなかった。

赤ちゃんを取り出すとき、ぐいぐい腹を押された。

そんで出た。おぎゃー

感覚が無くて感動もすぐに沸かなかった(´;ω;`)

出て顔の前に赤ちゃんを見せてくれたけど

実感が無かった…

そしてそのあと静脈麻酔で眠らされた。採卵の時にやった腕が地味に痛いやつだった。

眠ってたので縫った時のことは覚えてない。

目が覚めて病室まで運ばれた。

足のしびれは次の日の夜にほぼ消えた。

麻酔とボルタレンのおかげで切ったところはそれなりの痛みで済んだ。

でもあんまり動けないのが辛かった。

術後1週間入院。3日目に気合で立って歩いたが

術後5日間はシャワー禁止なので、自然分娩らしき人のシャワールームに向かう姿が

羨ましかったなあ。。

悪露用のパッドにかぶれて辛かった。

ご飯もミキサー食から始まってお粥→普通食。

気合で残さず食べた。うーんこれはさすがに美味しくなかった。

外に出られないし、あんまりテレビも見ないからDVD持ち込んで見てた。

先生がいうにはバルーンで子宮口少し開いてたので

普通の帝王切開よりも多少は悪露の出も良いとのことだった。

傷もアトピー体質でどうなるか不安だったが、

ケロイドも起きず普通?の傷跡に。

入院保険もおりたし、赤ちゃんもよう寝てくれる。

手術からしばらくたっちゃったのでとぎれとぎれな文になったが

いちおう記録としておこう。

帝王切開したら基本二人目も帝王切開らしい。

計画的にうめるから良しとしよう。

おわり


赤ちゃんは8月の7日に産まれた。

普通に暮らしてて、歩いたりもしたけど、陣痛は来なかった。

41週になるんで、入院することになった。

8月4日に入院して、陣痛と子宮口を柔らかくするのに

まずは一日かけて錠剤の陣痛促進剤を飲んだ。

一時間ごとに1錠ずつ飲む。

普通は6錠らしいが、私の場合は子宮口がダメダメなので9錠。

この日は、後半の2錠くらいで軽い生理痛のような痛みが出た。

でも子宮口は0.5mの開きであまり効かなかった。

入院二日目の5日は、点滴を開始した。

入れ始めはゆっくりで、30分ごとに点滴の落ちる速度を上げていった。

この日は結局、点滴のおわりの方で生理痛のような痛みが起きたので終わった。

なんかもうこのあたりから何となく、下から産めないんじゃないかと思い始めていた。

不妊治療で、体外やる前に人工で何度かやったけど、

結局最後(体外)まで行くんじゃないかなーと思ってた頃の感覚と似ていた。

なんか自分はダメなんじゃないかなって。そうちらっと思ってた。

入院三日目の6日も点滴。

明らかに痛かった。午後に、内診があったが

子宮口はダメで、小さい方のバルーンを入れた。(小さいのと大きいのがあるらしい)

バルーンを入れて点滴ぶら下げて、もうほんと不便だった。

病室が個室で、冷房ガンガン効かせられるのが救いだった。

夫も初日から病室に泊まりに来てくれて、色々お菓子とか

買ってきてくれて、心強かった。

が、この日バルーンを入れたあと点滴が効いてきたのか

痛くて痛くてずっと「いたいいたい」連呼してた。

夜ごはん食べれなかった。

確か、痛みの波は4分ごとくらいだったような。思い出しながら書いてるから、たぶん。

夕方か夜くらいバルーンがとれた。

でも4~5cmの開きで終了した。

点滴が終わると、痛みも遠のいた。

バルーンのおかげで破水もおしるしも少しあったけど陣痛は進まなかった。

ダメだこれは。

入院四日目の7日。

この日も朝から点滴をした。

しょっぱなから痛みがすごかった。

夫は病室についててくれた。

痛くて横になっていられなかった。立ってて2分おきに激痛。

腰と腹と痛くて、かなりわめいた。隣の病室には普通に人いたし

平日だから普通に診療もやってて患者さんに聞こえてたかも

しれないけど、それどころじゃなかった。

痛くて痛くてでも子宮口は5cm弱、午前の診療で赤ちゃんの頭の

辺りの膜を切って様子見ましょうとなって

ちょっと切って痛みがさらに強くなる。

たしか、8時頃から頑張ったけど

朝ごはんも昼ご飯も痛くて食べれなくて、

12時まで様子見て無理そうなら切りましょうとなった。

あーもうさっさと切ってくれよと思った。

何回もナースコールおしてもう無理ですとかやってたなあ。

無理って言われても…って感じか、、迷惑かけちゃった。

つづく