自閉という状態を病として発見したカナー博士の『幼児自閉症の研究』では、自閉症の原因は「人間関係を形成しにくいといった生得的なハンデキャップ」と仮定し、また生得的なハンデキャップだけではなく、
「母親の客観的で冷たい性格が、人間関係を形成しにくいといった持って生まれたハンディキャップを純粋培養した」のではと仮定しました。

自閉症の原因は、生得的な素質と育児環境との複合作用だとカナー博士は考えたのです。

これが、いわゆる冷蔵庫マザー説と言われるものです。


今はこの、後者の母親の育て方が原因説は、否定される風潮にありますが、この独断と偏見に偏ったブログでは、全面的にこのカナー博士の見立てを支持したいと思います。


学校で乳幼児の発達なども勉強した際は、今は否定されている、ということで納得していました。


しかし、実際に発達疑いのある子どもの母親になってみると、全面的にカナー博士の見立てに賛同せざるおえなくなりました。


実際に私は冷たい母親に周囲から見られることがあるかもしれません。

子どもを産む前は、母性というものを信じて疑いもしませんでした。

でも、母性は世間一般の通説、神話だったのだ…と今は感じられます。

ただ、私はこういう話は普通には言えませんが、母性愛の存在を知っています。自分の中で母性が沸き上がる時の感覚や、実際に母性愛があると思うのです、それは今の時代、共感していただける人も多くはなってきていると思うのですが、生家には犬がいて、それはそれは本当に愛して、(恐らく)我が子と同じく愛情を持っていたからです。
家族愛、友愛など、色々な愛情の種類があると思うのですが、それは間違いなく母性愛だったと思います。

なぜ、心の底から沸き上がるような母性が出てこないのだろうか?

育児に余裕がないからだろうか?

もしや過去に愛犬を亡くしたトラウマが原因か?

親から愛されたことがない(愛されてると感じたことが極端に少い)自身の生育環境が原因か?

などなど、、、


色々と考えました。

どれも間違いではないような気がするのですが、決定的にそうだ、という要因ではないと思いました。

なら、何が原因なのか、私なりに徹底的に考え抜いた結果が、「心を通わす」でした。

心を通わすとはなにか、というと、共感性ともニアイコールなニュアンスなのですが、母子の絆の源であり、母と子がお互いを根源からその存在をとても尊いものとしかけがえのない代わりようがないものとしてとらえられる、とも言い当てる感覚でしょうか、、

世話をしてくれるなら、誰でもいい!

ではなく、あなたがいい!

というもの。

例え親が暴力を振るったりネグレクトをしたとしても、子どもが離れない、計り知れない絆のようなもの。

え、そっちの方が、育まれる、育つもので、最初からあるなんてことはないんじゃ、とも考える方もいるかと思いますが、、

遺伝情報のために、本能的に感じるものがあるのではないでしょうか。

もしかしたら、育たない子、育ちにくい子、体が丈夫かいなかや知能、情緒や社会性などに問題がありそうな子どもは、母親の愛情が得られにくいのではないかということです。

まったく虫のようにオートマティックな動物もいますが、哺乳類には心があると思っています。心というのは、また複雑で脳の機能とは違う、魂に似たものだと考えますが、人間は他者に感情移入したりおもんぱかることが出来るもの。

思いやりやそれら能力は社会的な動物である人間において重要とされていますが、自閉傾向やサイコパス傾向にある場合、その能力が少い(劣っているとはしません。一定数存在し、それがまた文明の進歩や発展に貢献していると思う)
と思います。

人間は子育てに時間がかかるため、もしかしたら、本能的に選んでしまう、育児を放棄したくなるそういう風に出来ているのかもしれない、そう思います。

ただ、もっと家庭環境や社会環境も含む、育児環境が整っていないことが、母性が湧くのを阻む要因かもしれません。

現代はこれらの要因が複合している気がします。

続く