久々に夕涼みドライブに行ってみて、
もう季節は移り変わっているんだなとしみじみ実感した律子です。
大好きなヒグラシは、もう鳴いてなかったよ(ノ△・。)
さてさて、感想文です。
ここはつらつらとひたすら思ったことを書くという、変哲のない記事です。
今回、実は一番印象に残っているのが、
ぱんださんとこのちびちゃんです。(意外だろーwww)
私は日々、小さな赤ちゃん達と供に過ごしているわけで、
あの子たちの病気が少しでも良くなり、
病院の肌着から、お母さんが用意してくれた肌着とおくるみを身につけ退院していく様は
やっぱり嬉しいのです。
でも、
本当に大変なのは退院してから!
なんとなく、退院してからのことを心配しちゃうあたり、
お仕事中毒だなとたまに思いますw
だからなんていうか、
まったく知らない人(身内とか、友達とかでない)のうちの子どもに接すると、
なんだかちょっと嬉しくなったりします。
退院してった子たちも、
2歳くらいになるとこんなにやんちゃになるのかな…、とかね!
そういう意味で、
ぱんだしゃんとこの元気なおちびさんが二日間も一緒で、
なんだかほくほくしたのですよ^^
と、どうしてもこのことを今回の感想として書きたかったのです。
はー、スッキリした♪
でも、
他にも印象深いことはたくさんあります。
というか、
印象深いことばかりです。
一人旅が多いこの頃なので、あんなに大人数と長時間供にして、
どうなるかなってちょっと自分を心配していたのですが、
やっぱり艶ファンの方達はみんないい人たちばかりで、
「楽しかった」の一言に尽きます。
泊まりのオフ会だけあって、
いろんな人と話をする時間がたくさんあって、
ここ数年、ずっと感じたことのなかった他人がいる楽しさを、
本当に感じたな-。
温度差はきっとあれど、
みんな、艶が~るが好きなんだなって、そう思うだけで嬉しくなったりしちゃったんだ。
自分が好きなものを、
堂々と好きだと言える場所があることだけでも嬉しいのに、
そんな人達が集まってて、
そしてみんなが本当に暖かくて、
今回の艶修学旅行を、やってよかったなと思いました

そして、今回訪れた場所について。
まずは二条城。
旅行記の方ではただの旅行記にしたかったのであえて多くは語らず。
本当に本当に、
出口に向かい歩いている時に気付いたのですが、
慶喜さんのことばっかり考えて歩いていました。
城内でも、お庭でも、
とにかく、ここを…何を思いながら眺めたのかな… とか、
大政奉還を決意したときに、
本当はなにを考えていたのかな? とか、
そんなようなことを、延々と考えていたのです。
旅行がとても好きで。
もともと吉田秋生関係で鎌倉とか行っていたけども、
艶がを好きになってからは、物語の舞台へ行くことがより好きになりました。
登場人物や歴史上の人物と同じ場所に立ち、
同じ空気や風を感じ、
陽の光、
雨音、
暑さや寒さ、
そんないろんなものを、同じものを、
感じると言うこと。
そして、同じ景色を見て自分が何を感じるか、
そこでその人達が何を考えていたかを考えることとか、
ただ行って、見て帰るだけではなく、
そこで感じるものがとても増えたように感じています。
二条城という場所は、
毘沙門堂と同じくらい私にとってはその存在が大きな場所でした。
行ってみてやっぱり、
心動かされ、慶喜さんの存在意義の強さを、
ひしひしと感じてきたのです。
京都御所。
ここは結局中に入れなかったからねぇ。
南門は蛤御門については旅行記に書いたとおり。
また中には入れたらしっかり書こうとおもいます。
池田屋。
当たり前だけど、艶がよりも薄桜鬼色が濃いからね^^;
でもやっぱり、
ここであんな事件が起きたんだと思うと、
なんだか不思議な感じ。
時間が流れているんだなと言うことをここでも感じました。
霊山護国神社で池田屋事件のジオラマが再現されているのをみて思ったのですが、
なんだかね、
二次元としての想像の域を、
どうしても抜けきれないことがたまにあるのです。
現実味がないというか…
袴をはき、
刀を差し、
崩し字を書く、
たった150年という時間が、
こんなにも様変わりした生活を作り出したのだと、理解はしているのだけども。
だって、写真もあるんだし。。。
でもやっぱり、
アニメのヲタ歴がながいせいなのかな?
フィクションであって現実ではないという意識がどうしても働いているように思うのです。
まぁ、それゆえに、
その場に経つことで心が動かされるんだろうけどね!
あれ、池田屋の話しがついついそれましたw
六角堂。
下に貼り付ける京都レポの記事参照で。
イベ関連地なので、特にいわれだとか、そういうものをあまり知らずに遊びに行っています。
六角堂の七不思議って当時もあったんだよね?
そう思うと、風俗という視点では、
人間の楽しみってあんまり変わらないんだな- ってね。
平安神宮。
一人旅としてのメインは、
二条城と平安神宮でした。
あの人と訪れ、まだ、いろんなごたごたが起きる前の話。
思い入れの強い場所過ぎて、
行くタイミングをずっとはかってた。
旅行記に書いたとおり、冬にきたかったのもあるんだけど、
それだけじゃなくて、
なかなかじっくり思い出に浸りながら回ることが出来る時って、
あんまりなかったからなぁ。
そんな弱気な自分への言い訳はおいといて。
中を歩いて思ったのだけど、
どこも覚えていなかったです。
これでもかっていうほど、目新しいものばかりでした。
何を考えながら、あの時ここを回っていたのかなぁ。
景色だけじゃなくて、自分のことすらちっとも思い出せません。
でもきっと、それでいいんだ。
4日後は6回忌(そもそもこの言い方間違ってる?)
もう、6年もの時間が過ぎ、
その間に自分も環境も大きく変わった。
あの時と同じものはもう少ない。
四季のように、自然のように、
毎年同じようで木々は生長していたり、同じものなどない。
それが時の流れというものなんだと、
改めて思ったのでした。
護国神社他。
ちょっと前から初めて話すようになった総ちゃんと行きました。
若いのにとてもしっかりしているし、
ガッツがあるなーと感心しっぱなしだったのです。
護国神社はお墓と言うよりも招魂社です。
龍馬さんのお墓はあるけれどもね^^
あの幕末の動乱、
日本をよくするためにと、たくさんの人が命をおとしたんだなぁと、
あそこにあるのはほんの一部なんだろうなと、
神社の石碑マップを見ながら思いました。
今の政治では、
血を流すことなく変革をもとめられていて、
現代的に考えれば当たり前ではあるんだけど…
でも、変革し切れていないこの日本が、
一体いつになったらよりよいものへと前進するのかなと、
やや傍観気味ではあったりします。
本当に変わっていったあの江戸幕末と大きく違うのは
こういう傍観している人と、変革しようと頑張っている人の割合ではないかと、
たまに思ったりもします。
命をかけてまでやりたいことが、
政治以外にもたくさんある現代では、
それが普通だとも思うけどね。
なんとなく、ここから見える京都市の絶景を見て、
あんなに命をかけてまで持っていた思想が、
どれだけ受け継がれているのかなとしみじみ思ったということです。
霊山歴史館のほうでは、
150年という時間が、とても短く感じたと言うことが素直な感想です。
直筆のものや、
写真など、
当時の資料がそのまま残っていたりすることに、
まだそんなに時間が経っていないとどうしても感じてしまうのです。
もともと、星や原始の地球に興味があった私。
何億年前という時の流れがベースになるので、3桁ねんてね?w
まだまだ最近におもったり。
それでももう、彼らは当たり前にいないんだけどさ。
でもジオラマってすごいよね。
想像が3Dとして再現されていると、やっぱりイメージしやすいんだもの。
そんなこんなで、
新選組がいなかったら、総ちゃんにも会えなかったんだものね。
時の流れと、その巡り合わせの不思議さを、
ここではなんとなく感じたのでした。
よし。
なんとか書ききれた-。
途中ちょっとうとうとしてきちゃったので、文章が変だったりきっと誤字とかありそうだけど
明日も京都に行くことになったので、
今日はこの辺で寝ないと!
そうそう。
次回艶修学旅行はきっと3月くらいになるんじゃないかなぁ?
まだぜーんぜんわかんないけどさ。
ねーさまと、長州にいきたいねーって話しがちょいちょい出てるので、
目的地はきっと萩。もしくは下関。
今年の3月に行けなかった萩の兄やん関連地に、
いっぱい行けたらいいな-と、自分の艶旅のように計画をする予定wwww
ということで。
これにて感想文終了♪
なんだか、こうやって旅を振り返るのはいつものことなのに、
今回は、書き終えて、
これで終わっちゃうんだな-と思うと、
なんとなく少し寂しい気持ちです。
また、
艶がを通した素敵な出会いに、
沢山巡り会えますように☆彡