久しぶりにアップ


30歳までに起業と題打って25歳頃書き始め
32歳になり起業していない自分を認められず
最近書けなかった。


ただようやく等身大で認められるようになり書いてます


プライベートと仕事ともに今
マインドのos変わり始めてます


プライベート、結婚して嫁さんが妊娠5か月迎え、引っ越すことにしました。
今日は、物件の契約に行ってきました。

仕事では、新店舗のオープンに資金調達や収支計画などにも一から取り組み
また中小企業診断士の資格取得の勉強も始めました。来年初めには、店のリニューアルにもかかわることになりそう。

シンクロが起きてる


料理人でない自分が
店の経営で
一番強みを発揮できる場所、方法を突き詰めていくと
経営数字、論理を磨くこと、システムをつくること



また同時にもっと先のビジョンは
日本でもインド料理でミシュランの星をもつ店が必要だし
高品質かつ手ごろな価格でレストランやデリが必要
圧倒的なオペレーションのエクセレントをもつ企業はまだインド料理では
残念ながら生れていない
まだ、まだ市民権を得られていないのだよね
日本の食卓を豊かに
インド料理にそんな使命がある気がする



そんな理想をもちつつ
今、
働いてます















高島屋が全館メンテナンスのため
全館閉店がはやかった。
スタッフさんと居酒屋へ。



家族の為に働く。
インドでは、公立と私立では教育について大きな差があるそうだ。
息子、娘の未来のために
日本で働く。



マネジメントは
従業員、
そしてその家族の未来も

考える必要はないけど
感じる心意気は
必要だなって

ハイスタの2012年のairjam映像を見ながら思うこと


いいバンド、いい音楽は
時代を超えられる。
旧くならないということ。



昔音楽もさることながら
インディーズにこだわっていた


そのスタンスが無性にかっこいいな
ロックだなって思った。
どうみられるか
給与や名誉や
他人の物差しで生きていないカッコよさに惹かれた。



学生時代より
今のほうが
むしろ

よっぽどそのカッコよさに惹かれる



歳を重ね
社会的にも経験を重ね
ふと気づかされる



他人の物差しで
生きているなって
いいことやっているようで
思っているようで
結局はじぶんが可愛いんかよって



ハイスタ
まじありがとう



好きなことは好きだし
面白いことは面白いし



自分の言葉で
考えるよ







先日の大雪で一日にして
大きく予算を割ったが、
今日は逆に大きく戻せた。
予算達成に向けて射程圏内に戻れた。



成功する人としない人
紙一重の違い
壁に突き当たったときの
粘り強さ。


負ける人は
いつも体裁の良い
口実を見つけて努力をやめるという。



自分もそんな負け癖があるからこそ
氣を張っていこうと思う。
新人の21歳u君が来て
まず話をした。

1うちの会社には十分な仕組みがまだない。不安に思うことがあれば、話してほしい。
2仕事には積極的に猛烈に。教えてもらうつもりではなく、自分から食らいつく。
3だれにも負けない得意技を職場で作れ


話しながら思った。
これは転職とか言っていられないな。
って感じがした。

彼のような希望にあふれる若者が
未来をもてる業界、会社、職場にしなければならない。
3年後の話をした時に
彼の
3年後

自分も
責任大だと思った。

本人の努力が最大限報われるサポートを出来る企業へ
脱皮しなければならない。




今日は仕事の最後の最後で凡ミス。
商品入れ忘れがデリバリー先の現地で発覚。
重ねがさね陳謝し
かつ代替商品を買ってきてもらい
なんとかクリア。


ただ、全然だめじゃなこれじゃ。


ここからどんだけ


俺は
気づいて
学んで
活かして
腑に落として
伝承できるか。


その点で
自分の至らなさを
棚上げして
このことを考えてみる。



今日のミスで
仕事のヒントが得られた。



もうひとつの企業の本質


『共同性』


個人事業ではなく
企業という組織の持つ本質は


『共同性』


つまり
仕事の成果は
個人の産物ではなく
組織の産物であるということ



共同性を失った時点で
経営者、従業員、いずれにせよ
個人が錯覚してしまった時点で



それは
企業の自然の在り方から外れてしまう。



それでは
企業における共同性とは
どんな関係なのであろうか



従業員と会社には二つの関係をはらんでいる。



『労働力』⇔『給与』

という労使関係


『成果』⇔『機会』

という因果関係



労使関係は絶対条件である。
これがなければ
それは企業としての前提を欠いている。


一方
因果関係は必要条件である。
これは企業のキャラクターを決定する。



つまり
企業における共同性とは
この労使関係の上に
どれくらい因果関係を載せられるかである。



すなわち
職場で生まれるものが


個人作業の集合体なのか


共同作品なのか


という違いである。


作業は二度と振り返られることはない。
作品は何度も振り返られうる品格を有する。






自分の仕事が
個人作業なのか
共同作品なのか
改めて問われた。



えーまだまだ
共同作業で終わっている感がある。


更に磨きをかけたい。



















仕事は
どんな意味を持つのだろうかと
なぜか無性に考えておりました



そもそも



仕事は
企業から発生します。(少なくとも俺は企業で仕事をしている)



そして企業が企業足る所以は何か?



外部にある資源すなわち知識を
外部における成果すなわち経済的な価値に転換するプロセスであると定義出来る。
(PFドラッガーより)


経済的な成果とは何か?
なんらかの条件のものお客様が自分ではやらないこと。


50年かけて良ければ大概のことだができるに
依頼する、購入する。



その成果に転換するプロセスの一部として我々は仕事をする。




俺は思った



つまり『professionalismの追求』なくして
仕事は仕事として成り立たない。


なぜなら
お客様がある条件さえできれば出来るのであれば
わざわざ頼まない。


どんなに良きことだろうがなんだろうが


『professionalism の追求』は
仕事における絶対条件だ



だがここで一つ考えてほしい。
お客様がどれだけ時間をかけようができないことが一つある。


それは


『あなたにやってほしい』ということは
お客様は自分では出来ない。


なぜなら
あなたの魂を入れることだけは
お客様がどんなに頑張ってもできないことだからだ。



つまりだ



人にとって

仕事とは
『professionalismの追求』が絶対条件である。
だけど
仕事を仕事で終わらせないために
『soul』が 必要なのである。



いい仕事は
always
professionalで
soulfulだ。

夜になると
鼻水と咳に悩まされる~。
これは風邪の諸症状ですな。




体力落ちているので
夕方以降の仕事は結構しんどい。
だから早めにに優先順位高い仕事は先に片づけるのだが




『かーっ終わらん』



一番難しいのは
緊急度は低いけど
重要度の高い
新規事業企画



意識的に心がけて時間取らないと
緊急度の高い仕事に時間を奪われる。



でもな~



事業の種まき
事業に水やり
事業の収穫



事業は一毛作じゃねえし
いつ事業という花が枯れてしまうか分からないから



意識的に種まきやっとかないといかんしな~。



ホント経営というのは難しい仕事だよな~でも面白い。


かじっているだけの俺が言うのだから

実際やったら最高なんだろうなと思う。




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企業にとって行うべき3つの仕事

・今日の事業の成果をあげる
・潜在的な機会を発見する
・明日のために新しい事業を開拓する


by PFドラッガー氏『創造する経営者』

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久しぶりに風邪をひいた。
朝起きた瞬間の、
喉のガラガラほど
気持ちの悪いものはない。


だけど
身体の変調は
positive全開で
受け止めてる。


『解毒』
というか

『浄化』
といいますか

悪いものがひゅるひゅる~ピ~って感じで
抜けてく感じがする


これまでの旧い感覚を捨てているところで
膿がでてる。






最近
彼女との関係性や
仕事における対人関係などを
シーソーから見てる。



一番安定するのは

真ん中。

どんだけ長っーというシーソーでもおんなじ。

1人だったらね。


これは自分の感情との付き合い方。

自分の感情が片方にふれたら
自然と反対側の感情がわく。


不思議なもんで
人間ってやっぱり、
このバランス取れている状態が一番気持ちよく出来てる。




じゃあ二人だったら。

1人がはじに立ては、もう一人もはじへ。

いつでもバランス取れる場所さがせー
ウォーリーを探せ状態。

でも実は真ん中で二人で動かないのが
BETTER。

でもここに至るまでは結構時間がかかる。


1人が既にこのことを知っていたら

どうする。

自分からシーソーを降りて
相手にバランスのとり方に気づいてもらうだろうね。






でも
そのうち気づく。


一つのシーソーが教えてくれるバランス感覚は限られている。



What's next???


シーソーそのものを変えるね。


シーソーでは絶対値は分からないから。


いつも相手との距離感の中でしかつかめない。


だからシーソーを変えて
その直観的な感じの精度を高めていく。



もうこの繰り返し。
repeat after me って感じ。




さてさて

『いつまで同じシーソー乗り続ける?』