最新刊『吉村昭と津村節子　波瀾万丈おしどり夫婦』（新潮社）は、長男の吉村司さんとの出会いがなければ生まれていませんでした。

第二章の「あまったれのおとうさん、いもうとみたいなおかあさん」に、熱海の老舗レストラン「スコット」のハンバーグは、父親と一緒に食べた思い出の味、というくだりがあります。これは行かなきゃと、と思いました。

熱海に着いて気づいたのですが、「スコット」には行ったことがありました。

１２年前、ご健在だった渡辺淳一さんの忘年会。恒例のビンゴで熱海の古屋旅館の宿泊券があたり、その帰りに寄ったのです。

「スコット」のマダムはそのときと変わらずでした。熱海に行かなければ思い出すことがなかった１２年前が鮮やかによみがえってきました。

それにしても今の熱海はどうなっているのか。熱海富士が通うという海鮮食堂などは賑わい、熱海芸妓も健在のようですが、廃業の張り紙が風に揺れる旅館は１軒ではなく。廃墟となって放置されているホテルもあって、人間以上に老いと死を見せつけられたような熱海の街でした。