自分はダメ人間だとつくづく思う。


ネガティブ思考や発言は周りに気を遣わせ不快感を与えるだけなので本来は表に出さない方がいい。そう分かっていながらもこのようにブログでお気持ち表明をし、インスタのストーリーズにお気持ちポエムを載せてしまうところがダメ人間を更に加速させているようにも思える。


そもそも自分をダメ人間と思っているのは自分自身だけで、周りからはそう思われていないのかもしれない。自分を卑下するときなんか、案外他人はなんとも思っていないことが多いもんだ。過去の失敗に関しても「もう謝んなくていいって!そんなに気にしてるのは君だけなんだから!」と言われることが多く、周囲からの感情や評価を意識しすぎてしまうのかもしれない。


実際自分のことをずっとダメ人間だと評しているが、何がダメなのかと聞かれたら形容し難く、周囲には自分のダメ人間要素は伝わっていないのかもしれない。というものダメ人間な部分が明確な表立ったものではなく、内包された感情的なものだからだ。つまり遅刻をする、寝坊する、パチンカス、朝まで酒飲んでベロベロ、などの所謂「大衆が想起しやすい典型的なダメ人間」ではないということ。もっと感情や人間性に片寄った方のダメ人間なのだ。


私の友人なら知っていると思うが、私は「他人の幸せを笑顔で祝福することができない」ということを常々言っている。この人間性は年齢を重ねるごとに収束(終息)するものだと思っていたのだが、逆にどんどん強まっている(発散されている)ため困っている。いや、実際は困っていない。困ってはいないが直したいとは思っている。

ここ1年の間でインスタでは同級生の結婚や出産報告に遭遇する機会が増えたのだが、私齢26にして「はいはい、有名人でもないのに気取って結婚報告ですか。はいはい、子供が産まれるとインスタも子供まみれですか。はいはい、つまらん人間になりましたわ。」と悪態をつく始末。別にこれをどこかに表出することはないのだが、この感情が肥大化してしまう自分に対して情けなさを感じている。そしてそれをブログに書くことで結果的に表出している自分に嫌気がさす。


別にいいんだ、結婚も出産も幸せの証だ。子供の成長は家庭にとってこれ以上ない喜びだ。(未婚なので推測)

そこまで推測できていてなお祝福できないのは、どこかその結婚報告によって焦燥感とプレッシャーを感じているからかもしれない。あとシンプルに他人への嫉妬と、本当に結婚·出産すると面白かった人が面白くなくなるからだ(この面白さは付き合いの良さや会話の面白さを指す。)

こんなに言っているが別に私も付き合いは良くないし、面白い人間ではない。自分のことを棚に上げて他人を評価するタイプ、即ちダメ人間でありゴミ人間ということだ。


ここまで好き勝手書いてきたが、もし自分に子供が産まれたら恐らくインスタは子供まみれ、我が子の可愛さを自慢しまくる自信がある。

あれだけ悪く言っておいて自分が当事者になった途端に急な手のひら返しをする。

私がダメ人間である所以なのかもしれない。


私はいつになったらダメ人間を卒業できるのか。そもそも変わる気があるのか、、、


こんな風にブログに書いている時点で本音は変わる気なんてないのかもしれない。