夢のつづき ~Mickey & Xiah~ 第一章
地響きの様な波の音に怯えながら
小さな手を握り合い、黒い砂浜に足をとられ転びそうに歩いていた。
後ろから泣きながらついてくるのは小さな俺の弟。
果てしなく続く、広く暗い砂浜…強い風が俺達の小さな体をよろつかせる。
俺は泣くものかと唇を噛み締め、恐怖や寂しさと必死に戦いながら前を歩く。
ただ…あの優しく温かい母の後ろ姿を道標に追いながら…。

母は振り返らない。
弟がこんなに泣いているのに立ち止まってもくれない。
母の背中が段々遠くなり、あせった俺が走りだすと弟はとうとう転んでしまった。
「ユファン!」
あわてて泣きじゃくる弟を抱きしめる。
振り向くと母の背中は遥か遠くに行ってしまっていた。
「待って!お母さん!」
小さな叫びは、吠える波の音に消されていく。
胸で泣く弟を、泣きながら強く抱きしめた時
弟はゆびの先から砂になって崩れ始め
まるで一握の砂の様に小さな俺の腕から零れながら消えてしまった…。
「…ユファン!!」
自分の叫び声で現実に戻ると、俺は自分の部屋のベットの上にいた。
見開いた目から涙が零れ落ちる。
夢だと分かっているのに、感覚はあの暗い砂浜に一人取り残された
小さな俺のままで、汗ばんだ体を俯せにすると枕に顔を埋め
俺の意思とは関係なく子供のように肩を震わせて
声を押し殺し泣きじゃくってしまう…いつも。
繰り返し見る悪夢…。
これで何度目だろう。
誰とも分かち合う事のできない俺の中の寂しさが静まるまで
いつもこうしてただ泣く事しか術がなく…
まだ朝を迎える前の闇の気配が濃い、無音の部屋の中に
自分が漏らす鳴咽の音だけが微かに響いている。
もう昔の事だ。
今は誰も恨んではいない。
あの時に味わった淋しさも、両親に対する怒りも消化出来ている。
なのに、こうして時々…しまい忘れたあの時の自分のかけらが
まるで救いを求めているかのように夢に現れ俺を苦しめる。

その日の午後移動中のバンの中で、隣に座ったジェジュンヒョンが俺の顔をじっと見つめ
「またあの夢を見たのか?」
と、いきなり聞いて来て驚いた。
長い間同室だったヒョンは、あの悪夢にうなされる俺を何度も見ているし
波長が似ているせいか俺の微妙な変化を瞬時に察知してしまう。
「…わかる?」
「うん、お前の事はわかっちゃう。…大丈夫か?」
「ん…。」
「そっか。」
普段は過度なスキンシップを求めるくせに
一歩踏み込んだ所には、ヒョンは絶対に土足で踏み込んで来ない。
どんな夢だったのかと、一度も聞かれたこともなく
ただ泣きじゃくる俺が落ち着くまで、無言で胸を貸してくれた。何度も。
ヒョンはこの淋しさを違う形で持ち続けていて
それは例え家族のような友達でも、決して癒すことは出来ないと知っているようだった。

「なに?何の夢を見たの?」
…無邪気に踏み込んで来る奴はこいつしかいない。
後ろの席で寝ていると思っていたジュンスが突然話に割り込んで来た。
「んー?何でもないよ。」
「いいじゃん、教えてよ!」
やれやれと呆れ顔でヒョンは携帯に目を移し、他人の顔になる。
面倒臭くなった俺は
「女装したジュンスに迫られる夢!」
と、適当に突き放すと
「何それ!適当な事言ってるでしょ?」
珍しく食い下がってくるジュンスに閉口していると
「ヒョン、うるさい。静かにして下さい。」
アイマスクをしたチャンミンが、一言でジュンスを黙らせた。
分かっているのか分かってないのか
チャンミンはいつも絶妙なタイミングで助け舟を出してくれる。
こいつも他人には干渉しない代わりに、自分のテリトリーはしっかり守るタイプだ。
納得の行かないジュンスはユノヒョンを相手に暫くぶつぶつ文句を言っていたが
そうこうしている内に現場に着きその話は終わった。

終わったと思っていたのに…
「ね、なんの夢を見たの?」
現場の控室で二人きりになった途端、またジュンスが尋ねて来た。
ふ~っとため息をつき
「あのさ…なんでそんなに俺の夢が気になるわけ?」
いらつきながら言葉を続ける。
「お前だって人に言いたくない事ぐらいあるだろ?その辺分かれよな。」
「……。」
ジュンスの顔が見る見る内に悲しそうに曇る。
こいつのこんな顔はあまり見る事がないから、言い過ぎた事にはっと気付いた。
「…わるい。きつい言い方だったな。でもお前がしつこく聞くから…。」
「…分からないよ。」
「え?」
「僕は言葉にして言ってくれないと分からないからっ!ヒョンみたいには分かれないから!」
塞きを切ったように喋りだすジュンスの目に涙が浮かんできて
驚きのあまりあっけにとられてしまった。
「なんでっ、いつもユチョンは肝心な事は言ってくれないの?
話しても無駄だってどうして決めつけるの?そんなのっ、話してみなきゃ分かんないじゃん!」
歴代の彼女達に別れ際言われ続けて来た言葉を、男友達から泣きながら言われ
ア然としている時、丁度よくジェジュンヒョンが撮影から戻って来た。
「ジュンス、お前の番…」
泣いているジュンスを見て、ヒョンは固まってしまい
その隙に衣装の袖で涙をゴシゴシ拭きながらジュンスは控室を出ていった。
―――ファンデーション付いちゃうのに…なんだかジュンスらしくてふっと笑ってしまった。

「お前をそんな笑顔にさせるのは、ジュンスだけだよな?昔からさ。」
「うん…あいつは特別だから。」
「ユチョン。」
ヒョンが鏡越しに俺を見た。
「ん?」
「ジュンスにはちゃんと言葉にしなきゃ伝わんないぜ?」
「…分かってる。」
俺から自分の髪に視線を移し弄りながら
「しっかし…お前は女子高生か!って感じだよな。ユチョンの事は全部知っていたいんだよ。」
「ああ…参ったよ。」
「でも、いい奴だよな。」
鏡越にヒョンがウィンクして笑った。
控室の小さな窓から見える、薄い水色の秋の空ををぼんやり見ながら
俺はジョンスと初めて話した日の事を思い出していた。

第二章へつづく
xiahの休日
恋人達の休日の風景
昼の陽射しが差し込み
煎れたてのコーヒーの香りが漂う
ワンルームの部屋
窓際のベッドには
昨夜二人で眠ったシーツの抜け殻が
そのままになっていて
休みの日は慌ただしいテンポの音を嫌がる彼のために
ピアノの音のみのクラッシックのCDが微かに流れている

シャワーを終えて濡れた髪もそのままに
ソファーの上であぐらをかき
私の恋人はゲームに熱中している
ミルクと砂糖をたっぷり入れたコーヒーが入った
マグカップを彼の目の前のテーブルに置く
その横にブラックコーヒーを入れた
お揃いのマグカップを置くと
私は彼の横に向かい合うように座る
彼には多分、このコーヒーも私も眼中にはなく
視線の先のゲームの世界に入り込んでいるんだろうな
普通の女ならここでキレてゲーム機を取り上げ
私を見て、話をしてと
泣きながら訴えるのだろうけど…
私にとっては彼との
こんな時間でさえも壊したくない程
幸せな気持ちで胸がいっぱいになる

逢える時間が極端に限られているから
次に逢える時まで忘れないように
その横顔をじっと見つめる
猫毛で柔らかそうな半乾きの髪
伏し目になると現れる二重の瞳
疲れから少し荒れている白い頬
時々、くそっと舌打ちをする赤い唇
綺麗な顎のラインに続く華奢な首筋…
こんなに間近で見つめているのに
彼には私が見えていない
入れてあげた甘めのコーヒーも
手付かずのまますっかり冷めてしまった

ふっと最近気に入っていると言っていた香りが
彼から漂ってきて私は目を閉じる
自分の世界に入ったままの
彼の肩におでこを乗せて
「好き…。」
と独り言のように呟く
「…俺も。」
突然の言葉に驚いて彼を見ると
ゲームに視線を向けたまま真っ赤な顔で
「くそっ、お前といると集中出来ない。」
そんな勝手な事を言いながら
電源を切ってゲーム機を手から離し
自分勝手で自由人な私の恋人は
やっと私と向き合ってくれた
「ね、さっきの言葉、もう一回言って?」
ハスキーな甘い声を耳元で囁かれ
彼の香りに包まれながら
二人だけの時間が始まる…。

