もしも願いが叶うなら

世界中のみんながほんの一瞬でもいいから

幸せになってほしい



と、ある人が言いました

オレンジ色に染まった夕焼け空を見ながら

ドリップコーヒーにお湯を注ぎながら

小田急線の通過待ちの踏切前で

僕のシャツの袖をつまみながら

世界中のみんながほんの一瞬でもいいから

幸せになってほしい



と、初詣で訪れた松陰神社で

お賽銭を投げ入れたその人は

百円玉入れたら釣り銭かえってくればいいのにな

なんて思う事も自分の願掛けをする事もなく

こう祈るのです

世界中のみんながほんの一瞬でもいいから

幸せになってほしい



と、ここでよく聞くあれ

幸せってなに?

幸せのバロメターは人によって違うしなあ

それこそ

男と女

日本人と外国人

子供と大人

低所得者と高給取り

童貞とヤリチン

ヤリマンと処女

今の僕と3年前の僕

地球に住む全人口71億人

今、ここで生きているってだけでも奇跡的で

幸せな事なんだよ!みんな!さあ、踊るよ!

って、いやいやなんか違うやろ

みんなは何を幸せの定義にして何に一喜一憂して

日々生きてるんだろうか

で、世界中みんなに共通する幸せってなに?

という話



世界が平和でありますように

戦争のない世の中に

んー、いまいちか

戦争で金儲けしよる奴もいるしな

幸せの対局にある人の不幸を

食いもんにする奴がいるからね

難しいね



世界から貧困をなくしましょう

子供達に未来を

んー、これも弱いな

飯もくえない貧困層って

地球規模で見て何割くらいなんでしょ

仮に7割として3割の人間にとって

これは幸せには繋がらんか



金とか物とかじゃないんだろうね、きっと

平和とか未来とか抽象的な事でもなくて

そもそも愛とか恋とか情とか幸せとか

曖昧模糊なものに何かを結び付けようとか

意味を見いだそうとかするから

いかんのやね、シンプルに

シンプルに考えましょ



隣にいるあなたがほんの一瞬でもいいから

幸せになってほしい

遠く離れた恋人がほんの一瞬でもいいから

幸せになってほしい

腕に抱いた子供がほんの一瞬でもいいから

幸せになってほしい

田舎で暮らす父がほんの一瞬でもいいから

幸せになってほしい

三茶を去る友達がほんの一瞬でもいいから

幸せになってほしい



自分の一番近くにいる人

自分の心にいつも在る人

人、一人が一人の幸せを

願う

一人で良いって思うですよ

本当、隣にいる人の幸せを

ほんの一瞬だけでいいから

願う



幸せってつかみ取るもんとかじゃなくて

誰かに与えられものと思うんです

それこそ世界中のみんながそうしたら

あの人が願ってる事が

叶うような気がするんだけどなー



世界中のみんながほんの一瞬でもいいから

幸せになってほしい

って



Diego Armando Maradona

10

あの日、僕のマラドーナのTシャツが

血にまみれた

夏休み最後の日

小学6年生

僕らが乗った中古の白い軽自動車

ダイハツ・ターボエックスは

夕暮れの西日が指す交差点で

ゆっくりと鮮明に音もなく

横転した




あの日、僕と若ちゃんは年の離れた友達

ニーブを呼んでドライブに連れていってもらう事にした

夏休み最後の日

旅行に行く事も夏祭りに行く事もなく

何となく過ごした夏休みに何か一つでも思い出をと・・・

いつも三人でつるんでいたワクさんは

喘息をこじらせ欠席したから

僕と若ちゃんは二人でニーブの車に乗り込んだ

僕はいつもの右後ろ

若ちゃんはいつもの助手席

シートベルトは決まって締めない

若ちゃんはヤンチャだ





僕らはニーブのお気に入りZARDのカセットテープを

聴きながらいろんな場所をドライブした

大学一年生

免許取りたてのニーブは道に迷って細い路地に入ると

民家の塀に何度も何度も車の側面やらバンパーを擦りつけていた

その度に落胆するニーブをよそに

僕と若ちゃんはケラケラと笑った

子供は時に残酷で無邪気でヤンチャだ





途中、サッカーをするために公園によった

疲れ果てるまでボールを追い回し

気づけばもう日が落ちかけていたので帰る事にした

そのとき遅れて車に乗り込んだ若ちゃんが

助手席のドアを閉め終わる前にニーブが車をバックさせてしまい

公園の壁にドアがあたって変な風に曲がってしまった

大きな音が鳴りニーブの顔は蒼褪めた

閉じる事さえ困難になった助手席のドアを

なんとか無理矢理はめ込むように閉じたニーブは

落ち込んだ声で後ろに乗ってと言い

若ちゃんは申し訳なさを抱えたまま左の後部座席に座った




もしあの時

助手席のドアが壊れていなかったら

ワクさんが喘息でなかったら

四人乗りのターボエックス

シートベルトを決まって締めない若ちゃん

公園のある道から大通りにでる交差点で

夕暮れの西日に視界をとられたにニーブは

ブレーキを踏む事なくそこに進入した

直進車線のタクシーはすでに傷だらけのターボエックスの

閉じる事さえ困難になったその助手席のドアに

ブレーキを踏む事なく衝突してきた




僕には音もなく

とても長い時間に感じた

みんなで取ったUFOキャッチャーの人形の

オグリキャップだとか若貴兄弟なんかが

僕の体に襲ってきたり

割れたガラスがチクチク顔に当たったりしたけど

痛みすら、もはや感情すらもなかった気がする

ただ暖かさだけを感じていた





ターボエックスはフロント以外のガラスを割って

甘えた飼い犬みたいにお腹を見せて倒れた

あの壊れた助手席のドアをグチャグチャにして

僕と若ちゃんは後ろの割れたガラスから外に出てそれを見て突っ伏した

そして僕は、顔を血まみれにした若ちゃんを見た

眉間がそれこそパックリ割れている若ちゃんは

「どう、ひどい?」と聞いてきた

「うん、ひどい。」とは言えずそうでもないとか

そんな事を言ってごまかした

僕の白いTシャツは若ちゃんの血で真っ赤に染まっていた




ニーブはシートベルトを外すのに手こずっていたらしく

かなり遅れて脱出してきた

ちなみにこの事故によるニーブの怪我は

シートベルトを外した時に割れたガラスの上に落ちた事による

軽いすり傷だ

しかも脱出するときカセットテープの再生ボタンを押してしまい

ZARDの「負けないで」を大音量で流しながら出てくるという

かなりのまぬけっぷりを演じている




クラッシュ音を聞き駆けつけてくれた近所に住む

おばちゃん達がタオルなんかをもってきてくれた

優しい声もかけてくれた

若ちゃんが眉間をタオルで押さえながら

「タオル、ちょっと濡らしてこいよ、カサカサで逆に痛いわ」

と文句を言う、若ちゃんはタフでヤンチャだ

ありがとう



救急車に乗り病院まで行く途中に

ニーブがバインダーに挟まれた紙を渡され

名前を書いてくださいと言われたけど

手が震えてボールペンさえ持てないでいたニーブの代わりに

軽傷だった僕がニーブの難しい本名を書いた

手術室から若ちゃんの悲鳴が聞こえる

僕とニーブは一言も交わせなかった

若ちゃんは眉間の傷をたくさん縫って

「あの医者、麻酔かけんで縫いやがった」

と文句を言った、ここまでくるとヤンチャも頼もしくなる



それから数日して僕らは母親達に連れられて

大きな警察署に行った

「君は、あのお兄さんを悪いと思いますか?」

「逮捕したほうがいいとおもいますか?」

答えはこうだ

「ニーブは友達であの日は夏休みの思い出作りをしてただけです」



ニーブは僕らの家にきて顔をグチャグチャにしながら

泣きながら謝っていった

僕の親も若ちゃんの親もニーブの事をとがめなっかたけど

子供ながらに分かっていた

今ならそれこそ勿論わかる

もう遊んじゃだめなんだろーな、って




それからたまに遠くから見かける事があったけど

なんだか声がかけられなかった

たぶんあっちもそうだろう

僕らは小学生でニーブは大学生で

カラオケとかボーリングとかサッカーとか

銀行の仕組みとか裕木奈江の魅力とか

不良にからまれない方法とか

セクロスとかオナヌーの仕方とか

眉間って言葉だって

本当にいろんな事を教えてもらった

あの日、夏休み最後の日

僕らを思い出作りに連れって行ってくれたニーブは

それこそ一生忘れる事のできない経験をさせてくれた

若ちゃんの眉間の傷は二十歳になる頃には

きれいに消えた

でもあの一緒に遊んだ日々といろんな教えは

きれいなまま残るんだろう

ありがとう




ちなみに

僕もあの頃のニーブと同じ年になって免許をとって

あの交差点を頻繁に車で通るようになるけど

視界がとられるほどの西日なんて一度も見た事はない・・・





















ユージにとって僕が初めての友達だった、はずだ
そもそも、あの頃のユージが友達という言葉やその意味を
理解していたのか、それさえも定かではない

明日から一緒に学校に行ってあげてね

ユージは幼稚園や保育園に通ってなかった、はずだ
たぶん少なくとも校区内のそれらには
だから僕とユージを友達にさせて一緒に通学させよう
そう大人達が取り決めたんだろ
僕の父親はユージの祖母が営む小さいスナックの常連客だった

僕は小学生になった

そしてユージは入学式の次の日の朝、母親に連れられて僕んちにやって来た
ヘラヘラしてるような、しかめっ面のようななんとも絶妙な笑顔で
いや眩しいのかムズかゆいのか、悲しいのか楽しいのか
今でも分からないけど、ユージはいつもそんな顔を作っていた

それから二年生にあがる頃位まで一緒に通学したと思う
寝坊する事が多かった僕にしびれを切らして
家の玄関に小便をぶちまけられた事もなんどかあるし
学校で、僕がお漏らししたから遅刻した、なんて嘘をつかれたりもした

ユージは僕から言わせれば純粋だとかピュアではない
たまに人を心の芯の部分から傷つける言葉とか嘘を言う
その標的はいつも大抵が僕だった
だけどそんな時
決まって大人達はユージの味方にまわる

父親もそうだった
僕が二年生の頃に家でニュースかなんか見ていて
こいつユージみたいやね
と、言ったらこっぴどく怒られた
それが父親に怒られた一番古い記憶だから忘れもしない

父ちゃん、僕よりユージのほうが好きとやろうか

僕はユージの事をすこしづつ遠ざけたんだろう
無意識と意識の間で
ユージは朝、僕の家に迎えに来なくなり
学校でもあまり近くにいる事がなくなった

それでも友達みたいな関係は切れる事もなく
僕らはそろって同じ中学校に入学した
ユージは相変わらず僕にまつわる嘘をついてまわったけど
中学生にもなると誰もそんな事なんて気にも掛けないらしく
鼻で笑う事もなく上手くあしらった
そしてなんとなくだけど
ユージの居場所とかポジションとか立ち位置とか存在とか
言ってしまえば、この世に生まれきた理由とか
それら全てが薄れていくのを僕は感じていた

クラス新聞でかっこいい男子ランキングみたいなやつで
ユージは一位になって僕は二位になった
成績はユージがいつもビリッケツで僕がその次だった
身長も同じ位でオナニーも同じ位に覚えて
きっと初恋だって同じ位に経験したはずだ

ただ違うのは
僕は健常者で
ユージは知的障害者で
僕はふつうで、あいつは
あいつはなんなんだろう

誰が決めて
誰が印をおして
誰が人間に差をつけたんだろう

僕だ、あの日初めて会った時から
ユージに優越を感じていた
あいつのあの絶妙な笑顔を
冷ややかな顔で見たあの瞬間
糞ガキが糞な頭で
人に差をつける事を覚えたんだろう

ユージを最後に見たのは卒業式の少し前だった
校門の所でお母さんの顔を僕の初めて見る形相で殴っていた
それが最後だった
ユージは卒業式には出席しなかったけど
来賓席にはユージのお母さんが何とも言えない
絶妙な笑顔で座っていた

あれから随分の時間が経ってユージの記憶は薄れていくけど
きっと時折思い出すんだろう
結婚して子供ができて、その子が小学生になって
僕と同じようなこと言ったら
父ちゃんみたいに、こっぴどく怒ってやりたいなと思う

ユージは全部お見通しだったんだろうな
1足す1は3だっていいんだよ
答えなんてでないんだよ