おはようございます

 

先日テレビで 

冷凍食品の味比べをしてました

 

出演者の方たちが 口をそろえて

「わぁっ うんまっ!!」と 連発してたので

「アレ買って」で 同じく食べ比べをしました

自分の好みは 一番上ですが

好みと言うだけで どれも 

「また 買って!」と 言う物はありません

 

連休前にしか出来ない食べ比べでした

 

しかし 冷凍食品も かなり進歩したものですね

こんにちは

 

今日 近所でサクラが咲いていました

↓ポツポツ咲いてます

14時で20.8℃でしたので 暖かい日でした

 

私もボケてきてますけど

 

サクラも暖かさでボケたのか…

(赤トンボも桜の木にとまってました)

 

 

おはようございます

 

ロビンソン・クルーソーは読まれたことがありますか?

 

誰もが知っていると思われる この名前

 

初版のタイトルは、正式には「自分以外の全員が犠牲になった難破で岸辺に投げ出され、アメリカの浜辺、オルーノクという大河の河口近くの無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に海賊船に助けられたヨーク出身の船乗りロビンソン・クルーソーの生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述

 

初版のタイトルは、正式には「自分以外の全員が犠牲になった難破で岸辺に投げ出され、アメリカの浜辺、オルーノクという大河の河口近くの無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に海賊船に助けられたヨーク出身の船乗りロビンソン・クルーソーの生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述

 

この小説が好評だったので、さっそく続編(第2部)『ロビンソン・クルーソーのさらなる冒険』

1720年にロビンソンの第3部『真面目な省察』が刊行された。

 

1992年に日本人探検家の高橋大輔がこの島の調査を始め、実際に現地で自給自足生活を試みるなどしてセルカークの足跡を追った。2001年に高橋はセルカークの住居跡と思われる場所を発見した。2005年1月ー2月に考古学者を含む調査隊を率い発掘調査を行った。高橋が最初に住居跡と思っていた所は、セルカークの年代より新しいスペイン人の作った火薬庫の跡だったが、その下からセルカークの年代の焚き火や柱の跡が見つかった。そして土の中から16ミリの金属片を掘り当て、当時の航海用の器具(ディバイダー)の先端部と一致したことが決め手となった。調査結果は2005年9月15日に世界中で同時に発表された。

 

この本

『ロビンソン・クルーソー』を初めて日本語に翻訳した。

 

嘉永3年(1850年)頃イギリスの作家D.デフォーの『ロビンソン・クルーソー』蘭語本を和訳し、『漂荒紀事』としてロビンソンを侍の子として描いた。文久2年(1862年)には番書調所に出仕した。

 

(ここまで Wikipediaから) 

このロビンソン・クルーソーを和訳した人は

大津 膳所藩出身の黒田 麹廬という人物です

 

大津にも有名な人がいたもんです

(和訳したときは 東京だったんでしょうけど)