吹田・千里山隠れ家サロン~さくらもち工房~            

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ココロとカラダを癒す工房
カラダの痛みはもちろん、ココロもスッキリしていただきたい!

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最後にブログ書いたのはいつやろか😅

確か去年のブログもぎっくり腰やった。。。

久しぶりのブログはまたぎっくり腰🤣

火曜日に掃除機かけてて捻ったらしく。。。

慌てて伸ばしたり揉んだりしたけどもちろん改善せず😅

今回のは去年より酷いかも。

いつもなら仕事の日は無理矢理でも行くんやけど。。。

今日は色々考えてお休み頂いた😢

施術がないのがせめてもの救い。。

火曜日から旦那殿が寝る前に推してくれてるので随分楽にはなってる
(近くの整体院の先生より腕がいい)

私の腰痛は施術に反映されるから
痛みの勉強やと思えば辛さは半減なんやけどなぁ。。。

でも辛い🤣


先週月曜日の朝にギックリ腰をして、
疲れて帰ってきた旦那殿(普通のサラリーマン)を捕まえて

「足を揉め」やら「肩を揉め」

とかなり人使い荒くこき使った鬼嫁の私😅

おかげさまで普通に生活できるほどの痛みに落ち着いてます。

まだ捻ると痛みはあるものの、仕事も家事(たいしてしてないけど😅)も苦ではなく。

この数日で学んだ事は
 
やっぱり、身体に不調がある時は無理しない。

これに尽きる。

そして、しっかりほぐしてもらう。

痛みが出た時にどれだけ処置が早いかで
痛みの緩和が早い気がします。
(痛くて動けないほどの時はまず安静にほぐすと逆効果の場合もあるので)

私の場合、まず手持ちのアロマを塗り
様子見。その後痛みが増したように感じたのでその日のうちに鍼灸院でほぐしてもらう。

その後旦那殿帰宅後すぐに臀部から足にかけてをほぐしてもらう。

翌日は安静にして(ほぼ寝転んでた)
3日目は幸運な事に施術セミナーだったので、そこでしっかりほぐしてもらい、また帰宅した旦那殿に肩と足先をほぐしてもらう。

こんな流れでした。


整体と言う仕事をしているからどこをほぐせばいいのか検討はつくけど、やっぱり手は届かない。

そんな時はお願いするに限る。

皆さま、腰が痛くなったら悩まず相談してね。

時間があれば、ゆっくり身体を休める。
これも大切です。

毎日のマスクで耳を引っ張るし
息がし辛くて横隔膜が上手く動かせずに
身体の痛みがでるんだとか(どっかの先生の受け売り)



子供って1日に何度も何度もスクワットしてる。
そして大人にんかよりも筋肉ないのにとっても姿勢がいい。
この体力、ほんの少しでいいから分けてほしい今日この頃。







昨日の朝缶を出しに行った時のこと。
空き缶ゴミの箱が無かったので出してきて自宅の空き缶を入れてた時にまさかの

「グキッ」

久しくないこの感じ。

あーぎっくり腰や。。。

魔女の一撃とはまさに。。。

お客様の予約もあるけど、酷くはないから大丈夫かな。

なーんて思ってたけど、身体が捻れている感じや固まっていく感じがヒシヒシ😭

仕方ない。。近くの鍼灸院に駆け込んでみたものの、やはり改善せず。
(鍼に抵抗があったのでやらなかったんだけど、やってもらってもよかったかも)

旦那が帰ってきて1時間程ほぐしてくれてやっと痛みが和らいだ感じ。

明日は筋膜リリースセミナーに参加予定なので今日はゆっくりしよう。


私の場合、腰痛になるのは初心に帰るとき。
自分の身体を使っての最高の人体実験だから。

新月翌日の出来事だから、やっぱり0に戻そうってことなんだろうな。


そんなこんなで、ゆっくり自宅ですごします。
暇なので梅雨の晴れ間にゴボウ茶作り。

動くとやっぱり身体が引きつる💦
人が生きてると必ず【ゴミ】が発生する。

それは宇宙の法則と言ってもいいのかも。
人間や動物だって、ご飯を食べれば💩が出るわけで。

そのゴミをいかに減らすのか。。。

これは私のテーマと言ってもいいかもしれない。

ゴミを出さない

と言う話ではなくて

ゴミを減らす

と言う話し

その中で最近のジレンマ

【時短メニュー】にすると

どうしてもラップやビニールが出てくる。

【時短】にしたいから【使い捨て】できるビニール袋を使う訳で、使えばやっぱりゴミが出る。

『洗って再利用すればいいじゃないか』

と言う話もあるけど、それだと結局洗う【手間】が増えるのだ。

出来れば使うものは再利用できたり【ゴミ】になった時に自然に帰るもの【ゴミからリユース】できるものであったりがいい。

3セット100円の100均容器を愛用してるけど
結局最終的に劣化して使えなくなる。
(最近コレをやめるべく使えなくなったものから買い替えを敢行中)

2年前の大雨の後、瀬戸内海を通った時に見た海面を覆う程の大量のペットボトルやビニール。


【その時の写真かなり衝撃的で悲しかった】


便利の代償は必ず人間に返って来る。

それは地球温暖化だったり、災害や今回の疫病だったりするのかもしれない。

ゴミが散乱してる所に住みたい人は居ないと思う。
今の日本の現状はまさに【ゴミ屋敷に住んでいる】ようなものなのかもしれない。

一人一人がほんの少しだけ【ゴミを捨てる】と言う事を意識して欲しいなぁ。
まとめて捨てれば【ただのゴミ】だけど
分別すれば【資源に変わる】

これ、本当に大切な事やと思う。

各自治体で取り組みが増えればいいなぁ。
そして、自然に還る物で色んなものが出来ていったらいいなぁ。




長〜い自粛期間もようやく終わりを告げそうですね。

とは言ってもまだまだマスクが手放せなかったり、アルコール消毒が欠かせなかったりと気分的に全て解放とは程遠そう。

個人的に、マスクは人混みの中だけ着用。

スーパーだったり、電車だったり。

アルコール消毒も人が並んでいたらしない。
家に帰って手を洗ったほうが早いから。

私の周りにはまだ新型コロナに感染してしまった方は居ない。

だからそこまで神経質にならなくてもいいのかもと思ってます。

正しく怖がるってそういう事なんだろうなと。

免疫を下げない事。
暴飲暴食を避ける事。
必要以上に密な所に行かない事。

気をつけてる事はこれくらい。

「あれがダメ、これもダメ」

そんな「ダメな事」ばかりに意識を集中してたら

身体はダメな事にしか反応しなくなると思う。

いつか人は必ず死ぬ。

これだけは変えられない事実。

それなら「生きてる今」をより豊かな気持ちで過ごしたいなと思う今日この頃。


2歳児見てると「怖い」の定義が全くないのが笑える。
新型コロナなんか知らんけど、近所の知らないおばちゃん、おじちゃんには本気で怖い。そう思ってるっぽい。

本能って素晴らしい。

※写真はじぃじのスマホを奪い取ってスライドさせて遊んでるとこ。
スマホはスライドさせるけど、それ以外をスライドさせたりはしないから、ちゃんとそれなりにわかってるんだろうな。

色んな物が「足りない」と言われ始めた
コロナ騒動

サージカルマスク
トイレットペーパー
除菌グッズ


最近はマスクの中に母乳パッドを入れる人も居るらしくそれも足りないとか


ウイルスを防いだり、エチケットとしては
マスクやアルコール除菌も必要なんだと思う

だけどちょっとだけ思いを巡らせて欲しい

「大昔はそんなもんなかった」

トイレットペーパーも
サージカルマスクも
除菌グッズも
母乳パッドさえなかったはず

今騒がれているのは
「本当はなくても困らない物」

今の状況であれば
「ないと困るし、必要でしょ?!」

ってなるのかもなんだけど

実は全部代用できる物
 
トイレットペーパー
→昔は新聞紙とかを柔らかくして使ってた(私が子供の45年程前)まで新聞紙で代用してたことがありました

マスク
→これは布マスクが今もありますね

除菌グッズ
→人はある程度菌と共存しているのが当たり前だったはずなのでそもそもそんな物は必要なくて手洗いうがいでよかったはず

母乳パッド
→そもそもがそんなものはなかったからたぶんガーゼなんかを使ってたはず

便利になれすぎると色んな物が無いと困る物に変わるんだなぁと

コロナ騒動に思うのでした。

このコロナ騒動で旦那と意見が一致したのは
「都会を離れよう」
でした。

人間本来の「生きるために一日働く」を
元のポジションに戻したくて。

これはずっと私がやりたかったことでもある。

私も便利に慣れてしまって
ちょっとした事に不満を口にしたりする事も多々ある

でも

「本来はなかったのにねー」

って思ったら

「なくても困らないんだよな」

って思ったのでした。

可愛い甥っ子に田舎を体験させてあげたいしな



昨日は味噌作りに参加

以前作った事はあったけど
なかなか一人で作るのは億劫だけど
誰かと一緒に作る!ってなると結構楽しいし

近くだった事もあり
味噌樽買ってわくわくしながら参加

味噌仕込みながら



本当に便利な世の中だよなぁって思ってた

スーパーに行けば味噌も醤油も油も手に入る

昔の人は究極に言うと自分で大豆作って作ってたんだろうなぁって思ったら

今の生活って本当に凄い事なんやなぁって思う

私の究極は
自分で畑を耕して
野菜を作り
魚を釣り
山で狩りをして

生きるために生活をしたいなぁと思う

今の生活ってとても便利だけど
いつも「これが本来の人の姿なのかなぁ」
と思ってしまう

もちろん、この便利さを有効活用はさせてもらってるので
こうやってブログも書いてるんだけど

あまりにも便利になり過ぎて今ある幸せに
みんな気がつかないのかもしれない

だから思う
みんな一度全く「ない」を想像して欲しいなぁと

そして
今「ある」事を想像してみて欲しいなぁと

お味噌であれば
大豆を作る農家さんがいて
その農家さんが畑に撒く肥料を作る人がいて
その肥料は牛さんだったり、鶏さんだったり
と言う事はその「牛さん、鶏さん」を育ててる人がいて。。

ざっと原料の大豆を考えても(少なく見積もって)
これだけの人達が関わってくるって事を。。。

と言う事は、その人達が居なければ
私たちの生活はたちまち立ち行かなくなるって事だと思うのです。

だから
今の便利な世の中に
みんながちゃんと感謝を持って意識を向ければ
世の中こんなに殺伐としないのでは。。。

と思うのでした





マスクが無くなったり

ティッシュが無くなったり

はたまた冷凍食品が無くなったり。。。


今はSNSがあるから拡散も早いから

無いのを見ると

「買わなくちゃ!」

って思っちゃう


だけども実は「無くなっても困らないもの」

だったりする。


無くて困らないというよりは

無ければ不便ってぐらいかも


マスクは布で代用できるし

ティッシュは無ければこれも布で代用

トイレットペーパーはウォシュレットがある家なら乾燥までできるものもあるはずだし


(昔々は新聞紙だったりしたもんね。ばぁちゃんちに行って衝撃受けたけど、代用出来ることに感動したもんなぁ)


昔は冷凍食品なんてなかったし、普通のご家庭なら作り置きしておけば2〜3日はもつし。


子供さんがいる家庭だと、便利だしと買いおきしておきたい物もたくさんあるけど。

こんな時だから、無くなった時どうするのかを子供達と考えるのもありかも。


【必要は発明の母】


松下幸之助の言葉だけど、


便利になりすぎた今だから「ない」を楽しんでもいいのかな。


色んな意味でエコな生活かも知れないと

コロナ報道に思うのでした。




イベントでマスクスプレーを作りたくて
無水エタノールを探してるけどなかなかなくて
早起きの旦那が朝散歩がてらに近所の薬局へ
(私はお布団の中)

LINEを見たら
「入荷はあったけど4つだけ。人が並んでるから買えないわ」

との事

どのくらい並んでるのかと思い電話してみると
「60人くらいは居たんじゃないかな?みんな手にトイレットペーパーとティッシュ持ってる」

いやいや。。。

紙は無くならないって言ってたよ。。。

デマに踊らされて慌てて買い始めてみんなが集中する

そうすると
今度は生産が追いつかなくて 
いつまでたっても必要な人に届かなくなる

マスクだってそう

本当は製造だって急ピッチで進んでて 
各店舗に割り振られて入ってきてると思うけど
並んで待ってお一人様1点限りを常に奪い合ってる状態だといつまでも世の中に循環しない
(しかも毎日のように並んでたりして)

昔のマスクは布だったもんねー。
いつからあんな使い捨てが当たり前になったんだろう。

よし、原点回帰!

花粉症が辛い旦那はかわいそうだけど
ストックマスクが無くなったら布に切り替えよう

みんなが「ないならないでしょうがないね」

そう言える世の中に早く戻ることを祈るしかないね。