大人になったら笑って話そうね。
終わっちゃったね。
本当に楽しいことばかりだった。
いつからかおこーって呼ぶようになって。そしておこーはおとーって呼ぶようになって。先輩からあだ名で呼ばれるの本当に嬉しかった。
小・中学校と先輩とはそんなに仲良くなくて。耕陽先輩とだいくら行ったとき少し仲良くなれた気がした。でもその時はかなりの距離を感じてた。でも中学3年の頃、一緒に練習し始めてから仲良くなったっけ。小学校の頃を考えると仲良くなれたのが不思議。自分て人見知りでさ。本当に自分をそのままさらけ出せる人って少なくて。コミュニケーション能力もないし。でもおこー前では本当の自分でいれた気がする。考えも似てて、同じようなところもあるんだなって。何かあるとすぐ「おこー」だったきがする。心のよりどころだったのかな。
何をやるにしても一緒だったきがする。嫌だったでしょ?ごめんなさい。買い物とかもしたよね。苫小牧のイオンにいたお姉さんかわいかったよね。それで初めて見た時から、次来るときの楽しみだねって話したよね。でも来るたびに違う人で。でももう次はないんだよね。これからはひとりで見つけなきゃだね。楽しかったな。ジャンピンの件もあったっけ。
おこーは器が広すぎ。誰にでも優しくして、人を怒れない。自分だったらって考えたら悔しくて仕方なかった。陰口もぜんぜん言わなかったよね。そんな強い人になりたいって思った。
本当に一緒にスキーできてよかった。
スキーやってなかったらこんな仲良くなることなんてなかった。スキーやってて良かった。スキー様々だね。
来年の今頃は自分も引退してるんまろうなあ。どんな心境なんだろう。自分からスキーを取ったら何が残るのかなって。考えるだけで、怖くなる。
でもいつかは終わりがくる。受け入れなきゃ。今しかできない事だからやれるとこまでやってみる!
ぜんぜん自分の気持ち伝えられてないや。書きたいことたっくさんあるんだけどさ。
大人になったら笑って話そうね。
ありがとう。
あのときから
いつものランニングコース。
そうか、もうこんな季節なんだ。
一日一日一緒に変わってきてくれた地元に感謝。
春先からここに通い続けると決めて今に至るまで、風景が色を変えていく姿をずっと見てきた。
自分も変われてるかな?
大丈夫。自分がやってきたことに自信をもてれば。きっと変わった自分の姿に気付くことができる。
いつものランニングコースを歩いた。
去年のシーズンが終わった、こんなんじゃいけない。来年は変わってる自分がいるように練習しようと決めた日からはやくも雪がふり、またシーズンがやってきた。
春先から見てきた田んぼ。
最初は小さくて、来るたびに
少しずつ成長しているのがよくわかった。
そして稲となり色を変え、
立派に育ちみんなの元へ。
ずっと見てきたから少し寂しい気もした。
この一年で変われているのか。
ふと思う。
でも毎日毎日同じ事地道な練習をこの場所で続けてきた。その事をこの風景とこの場所は知ってる。誰かに知ってもらいたいとか分かってもらいたいなんて思わない。
この場所でやって来れたその事実をこの場所が知っててくれれば。
自分で初めて試みることを自分で決めたのもこの場所で考えたから。
強み。
自分にはこんなにも強い味方ができた。
今年の自分には武器がある。
勝ちたいと思って踏みしめてきた道。
そこには少量の雪が。
夏じゃ道に足跡はつかない。
つまり夏場積み上げた努力は目には見えない。
その見えない努力の日々が雪の上で足跡となって現れる。
どれだけのことをしてきたか。
冬場に結果として現れる。
失敗する事もある。
でも挑戦しなかったら失敗できない。
挑戦したという時点で成功していると自分では思っている。
この足跡のように途中で何かを発見し、立ち止まる事だってあった。
そうやってたくさんのことを知り、経験し、成長する。
“この場所”から自分の地区を見下ろす
─
小さい頃を思い出した。
よく晴れた日のこと。
たくさん遊んだこと。
笑ったこと。
あの日々がなかったら今の自分はない。
感謝と、この地区の人達に良い報告をしたい。
その気持ちがたくさん。
こんな自分にも応援してくださる
方々がたくさんいる。心のより所。
そのことに気付けた。
憧れていた、追い掛けていた
負けない心と諦めない勇気。
たとえ少しでも走りつづけることで
道しるべに変わる。必ず。
うまく言えるかな。
思ってる?
いや、思ってないことを口にして冷たいなって言われた。
何だろう、凄く凄く悔しかった。拳に力を入れていないと気がおさまらないくらい。
具体的に言うと
24時間TVのマラソンているの?
っていったこと。
別に本当にそう思ってた訳じゃない。
すると
「冷たいな」
って言うから
「感じ方なんて人それぞれだよ」
と返した。
「ああ、そうか。人それぞれだよな。人と同じことやってるだけじゃ何にも変わねーよ」
とこんどは返された。
そんなことはわかってるし、いつも心がけてること。
だから、だから言い返したくなった。だって一番心がけてることだから。
でも、考えた。以前の自分なら考える前にカッとなって言い返してた。
いま言い返したら何も変わらないと思ったし、ここでカッとなるのはみっともないなって。
なんでだろうね、
冷たいって言われたのは本当に悔しかった。
ものすごく涙もろい自分だし。
感動する話とか見たり聞いたりするとすぐ感情が高まって涙がでる。
でも親の前ではそういうところは見せてない。見せたくない。だってこんなことでなに泣いてんだ?って思われたくないから
それでたぶんうまく親と話したりイラっときたりするのかなっても思う。
すぐ親事になるとイライラする子供な自分がいるからこそ、何も知らないくせに冷たいとか言われたくないって強く思った。こんなことはたっくさんある。
でも、これをまた同時に考える自分もいる。
何も知らないくせにって思っても、親はわかってくれてるから。
よくこんな話を耳にする。言葉ではわかっても、自分はまだ何も理解していないんだ。
ほんとにわかってくれてるのかな?
よくわからない。
だから悔しいんだ。
言葉ではなんとでも言える。つまりうわべだけに過ぎない。
どうしてかな。
どうしても気づけない。
いままで生きてきてこんな経験はいくらでもある。毎日といっても過言じゃないよ。でもいつもいつもうまく整理できなくて、言葉にできなくて。
---でも少しはうまく言えたかな、この気持ち。


