2020年は大変な年になりそうだ。新型コロナウイルス感染症 (COVID-19)の地球規模の大流行で、4月に入って日本でも都市部を中心に感染者の急激な増大が見られ、特に東京都は4月13日現在2000人を越えたが、非常事態宣言と外出自粛や感染危険度の高い店は休業や営業時間短縮の要請をした結果、新規感染者数は、4月10日をピークに減少を始め、5月半ばには、新規感染者数は数十人程度まで下落に転じており、現在の感染者数は1,500人程度で推移している。因みに、今迄の累計感染者数は17,000人くらいである。
この時点で、流行の拡散が収束してくれれば、感染者数は人口の0.001%程度で、何とか持ちこたえられるだろうが、東京などでは、以前感染者がじわりじわりと増え続けており、北九州市などでは、いったん収束したように見えた感染者が再び急増している。この第2波に対して、1波の時の経験を生かして医療崩壊の危機などが無いようにできるかが重要である。
それにしても今回は、先に非常事態宣言が解除された首都圏や関西地方を除いた39県の中の北九州市で再び感染が広がっている。外出自粛をして1回収束したのだから外出自粛は有効だったと考えられる。
COVID-19の潜伏期間は2週間程度とされていたから、2週間新規感染者が出なければ収束したと観ていいと言う意見が一般的だったから北九州市もそれで規制をだいぶ緩和したんだろうと思う。確か、第1波が収束してから第2波の感染まで、北九州の場合1月近く経過していたと思う。だから大丈夫だろうと言う見方だったが再び感染者が増えだした。このタイミングは、自粛要請が解かれて、外出する人が増えて2週間~4週間後である。
今回のCOVID-19は今迄のウイルスとは違う。少なくとも今生きている人が存在している中では経験をしたことが無いものである。比較できるとしたら、約100年前に流行ったスペイン風邪だろうが、この伝染病も収束するまで2年かかっている。
この経験を生かすなら、今回のCOVID-19も2年、少なくとも1年くらいは収束できないと考える必要がある。2週間新規感染者が出なかったくらいで、また元の町の状況の様に人が出て混雑すればまた流行する。この感染症の収束のためには、1年くらいは不要不急の外出は控える必要があると考えなくてはならない。
オーバーシュートした世界の諸都市の感染者数の増加率を見てみると、ここから感染者数が倍増していって、2週間後には患者数が数倍に跳ね上がり医療崩壊を招いている。ここからオーバーシュートしてしまうか、何とかコントロールして収束へ向かうかは、正に私達一人一人の行動にかかっている。
それにしても奇妙なのは、日本人はこの生死を左右する疫病よりも、子供の勉強が遅れてしまうのが心配のようだ。仮に日本の教育システムがそこ迄優秀だとしたら、授業に出られない子供にも何らかのかたちを取って補完できる筈である。
だが日本の教育システムは、そんなに完成度の高いものでは無い。例えば、学校がいつもの通り授業が開始されても子供の理解度は一人一人違うし、授業についていける子供もいるがついていけない子供もいる。それこそ学習が遅れる子供をつくる事であり、教育システムが機能不全である証である。
特に明らかに分かるのは、英語、外国語の分野では日本の教育システムはまったく意味が無い。日本風の授業では外国語を話せるようにはならない。この原因は明らかであり、外国語を聞いて話すという会話をしないからだ。会話こそコミュニケーション、言葉が必要な意味なのだから。それでも、私が中学生や高校生の頃よりは会話のカリキュラムも導入されてきたようだが、それでも、まだ足りない。と言うか、会話を最優先すべきで、読み書きなどは後回しで良いのである。
日本で住んでいる外国人は日本語の習得方法について良く例に挙げるのが、「赤ちゃんは、聞いて聞いて聞いて、そしてある日「ママ」とか、「マクドナルド」とか言う様になる」という例を挙げる。人は聞いて聞いて聞いて言葉を話せるようになるというのが彼らのやり方であり、自然な方法である。聞いて話す、これはもう会話そのものではないか。彼らの中には外国語の読み書きができる人は、話せる人よりは多くないが、会話ができれば、読み書きなんかできなくたって何とでもなるのである。
もう一つ、この手の親等が気になっているのが、学校休校の期間であろう。長い所だと1カ月半を越えたと思う。それで家庭でどうやって勉強さすかに困惑している様だ。だがこの悩みは日本人独特のものの様だ。
これも比較しやすいアメリカ人とのカリキュラムの比較をしてみると、まず、アメリカの夏休みは6月から8月の3カ月ある。宿題もない。アメリカ人は夏休みを自由に豊かに過ごし、創造性を育むのである。
要するに、たかだか1カ月半の休みで勉強が遅れるとか、家での学習をどうするとかはどうでもいい話なのである。放っておけばいいのである。
この様な機会でもなければ、日本の子供は、一番長い夏休みでも40日くらいしかなく、しかも大量の宿題が出されて、のびのびとした自由な時間と創造力を育む長期休暇を得られる機会は無かったであろう。
それで学力が維持されているのなら良いかも知れないが、当り前だが子供の学力にはバラつきがある。しかも、休みの多いアメリカとの国力を比較してみれば、日本は劣っているとしか言えない。国力と言っても軍事力のことではない。今の世界で力を持っているとされる企業、GAFA(Google,Amazon,Facebook,Apple)はすべてアメリカ合衆国の会社である。アメリカはこれまでも世界のリーダーとして世界へ影響を与えており、これがアメリカ合衆国のポテンシャルを現しているものと思う。
比較して日本人は、一般的に創造性に欠けており、自由な発想力が無い人が多数だ。自由な発想もない。日本の学校のテストは、先生の作ってあった解答用紙に答えを埋める様なものである。だから、ただ、回答を埋めるための答えの暗記をするのが日本の勉強である。こんな意味の無い暗記テストの為に覚えたことはすぐ忘れ、生徒に苦痛と時間の浪費をさしただけの無駄遣い以外の何物でもない。何でもそうだが、学校教育の場面でも、もっと実際の社会で使える様なことを教えるというカリキュラム実現を真剣に考えなきゃいけない時に来ているのではないだろうか?
