「二人が睦まじくいるためには」 より
「祝婚歌」
二人が睦まじくいるためには
愚かでいるほうがいい
立派すぎることは
長持ちしないことだと気付いているほうがいい
完璧をめざないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと
うそぶいているほうがいい
二人のうちどちらかが
ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい
互いに非難することがあっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
あとで
疑わしくなるほうがいい
正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことか言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気付いているほうがいい
立派でありたいとか
正しくあるたいとかいう
無理な緊張には
色目を使わず
ゆったり ゆたかに
光を浴びているほうがいい
健康で 風に吹かれながら
生きていることのなつかしさに
ふと 胸が熱くなる
そんな日があってもいい
そして
なぜか胸が熱くなるのか
黙っていても
二人にはわかるのであってほしい
「ひとに」
美しいひとよ
あなたの美しさはあなたのものに相違ないけれど
あなただけの所有ではなく
あなたの美しさを愛するひとすべての
所有であることを
あなたに教えたのは私だ
美しさを愛するすべてのひとは
美しさが誰のものであれ
遠慮なしにそれを愛し所有していいので
あなたも
たくさんのひとから愛されることを
拒むことは出来ない
だから あなたが
やさしさをこめて
誰彼の区別なしに美しさを分かち
たくさんのひとの賞賛するにまかせ
所有されるままになっているのは
素直なあなたにふさわしい振舞いに違いない
私はこのことについて
今更 私の言葉を改めるつもりは
毛頭なく
私も
あなたを愛するたくさんのひとの
そのうちの
一人でありにすぎず
一人であることに満足せねばならないのだけれど
今一度
私の親身な教訓を聞いてもらいたい
与えるにしろ
受けとるにしろ
完璧なひとつでなければならないもの
つまり
心
に限っては
到るところの多くのひとに
分け持たせるというわけにはゆかず
誰一人をえらばなくてはならぬ
というとがそれだ
美については
たくさんのひとの所有を認め
美の源である心については
誰一人の所有しか認めていけないと
言うとき
その条理が矛盾していることは
私の百も承知のことで
この撞着した言い方に
条理を与えるものがもしあるとすれば
それは
ひとを
完璧なひとつのまま独占したいという
無法な感情の条理だけであり
私が今
この無法な感情を認めて
あなたを欲しいというとき
臆面もなく奇態な条理を弄するのを
聞き入れてもらいたい
美しいひとよ
「生命は」
生命は
自分自身だけでは完結できないように
つくられているらしい
花も
めしべとおしべが揃っているだけでは
不充分で
虫や風が訪れて
めしべとおしべを仲立ちする
生命は
その中に欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ
世界は多分
他者の総和
しかし
互いに
欠如を満たすなどとは
知りもせず
知らされもせず
ばらまかれている者同士
無関心でいられる間柄
ときに
うとましく思うことさえも許されている間柄
そのように
世界がゆるやかに構成されているのは
なぜ?
花が咲いている
すぐ近くまで
虻の姿をした他者が
光をまとって飛んできている
私も あるとき
誰かのための虻だったろう
あなたも あるとき
私のための風だったかもしれない
「身も心も」
身体は
心と一緒なので
心のゆくところについてゆく。
心が 愛する人にゆくとき
身体も 愛する人にゆく。
身も心も。
清い心にはげまされ
身体が 初めての愛のしくざに
みちびかれたとき
心が すべをもはや知らないのを
身体は驚きをもってみた。
おずおずとした ためらいを脱ぎ
身体が強く強くなるのを
心は仰いだ しもべのように。
強い身体が 心をはけまし
愛のしくざをくりかえすとき
心がおくれ ためらうのを
身体は驚きをもってみた。
心は
身体と一緒なので
身体のゆくところについてゆく。
身体が 愛する人にゆくとき
心も 愛する人にゆく。
身も心も?
「夕焼け」
いつものことだが
電車は満員だった。
そして
いつものことだが
若者と娘が腰をおろし
としよりが立っていた。
うつむいていた娘が立って
としよりに席をゆずった。
そそくさととしよりが坐った。
礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。
娘は坐った。
別のとしよりが娘の前に
横あいから押されてきた。
娘はうつむいた。
しかし
又立って
席を
そのとしよりにゆずった。
としよりは次の駅で礼を言って降りた。
娘は坐った。
二度あることは と言う通り
別のとしよりが娘の前に
押し出された。
可哀想に
娘はうつむいて
そして今度は席を立たなかった。
次の駅も
次の駅も
下唇をキュッと噛んで
身体をこわばらせて----。
僕は電車を降りた。
固くなってうつむいて
娘はどこまで行ったろう。
やさしい心の持主は
いつでもどこでも
われにもあらず受難者となる。
何故って
やさしい心の持主は
他人つらさを自分のつらさのように
感じるから。
やさしい心に責められながら
娘はどこまでゆけるだろう。
下唇を噛んで
つらい気持ちで
美しい夕焼けも見ないで。
「奈々子に」
赤い林檎の頬をして
眠っている 奈々子。
お前のお母さんの頬の赤さは
そっくり
奈々子の頬にいってしまって
ひところのお母さんの
つややかな頬は少し青ざめた
お父さんにも ちょっと
酸っぱい思いがふえた。
唐突だが
奈々子
お父さんは お前に
多くを期待しないだろう。
ひとが
ほかからの期待に応えようとして
どんなに
自分を駄目にしてしまうか
お父さんは はっきり
知ってしまったから。
お父さんが
お前にあげたいものは
健康と
自分を愛する心だ。
ひとが
ひとでなくなるのは
自分を愛することをやめるときだ。
自分を愛することをやめるとき
ひとは
他人を愛することをやめ
世界を見失ってしまう。
自分があるとき
他人があり
世界がある。
お父さんにも
お母さんにも
酸っぱい苦労がふえた。
苦労は
今は
お前にあげられない。
お前にあげたいものは
香りのよい健康と
かちとるにむづかしく
はぐくむにむづかしい
自分を愛する心だ。
