koreyjpのブログ
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”訪日(第163回You Tube(思考停止) 、ブログを始めた頃の記事)(#20)”

 

 

人類は神を殺した。今や人類は、神からそのしっぺ返しを受けてゐるのである。

2024-04-27 22:06:40

人類は神を殺した。今や人類は、神からそのしっぺ返しを受けてゐるのである。

テーマ:ブログ

 かつて神は人類に対して絶大なる支配力を持ってゐた。しかし、人類は徐々にそれに慣れ始め、反逆するやうになった。その顕著な例が、ニーチェによる「神は死んだ」と言ふ言葉である。

 

ところが日本では、そんなことを言ふ場合でも、「畏れ多くも」と言ふ毒消しを枕詞に付ける。また生長の家の聖経『甘露の法雨』(四部経66頁)には、「人間と神とは一体なり」と断言してゐるのである。(『甘露の法雨』は、谷口雅春先生の著作物であり、株式会社光明思想社より発行されてゐます。そこから引用させて頂きました。)

 

 昨日(令和6年4月27日)、日本政策研究センターの、設立40周年の集ひで、長谷川三千子埼玉大学名誉教授の講演は、『諸国民の富』を書いたアダム・スミスに触れられた。この本の内容は、当時の人々は「神の見えざる手」"God's Invisible Hand"

に従ってゐれば、何となくすべてはうまくゆくのだ、といふ信仰にも似た考へを持ってゐた。しかし、産業革命を契機に、世界は大量生産、大量消費の時代に入るにつけ、神と言ふものも一種の概念でしかなくなる。極論すれば、神も人間の道具でしかなくなるのだ。それは神に対する冒瀆であり、当然神は怒る。それが西欧を中心に起った産業革命の帰結としての、自然破壊、人心の荒廃なのだ。ところが東洋の島国の日本では、昔ながらの神様が生き残ってゐるので、それだけ被害も軽くて済んだ。だからこれからは、日本が主導して、世界(または宇宙)の修復をすればよい。これが、長谷川先生の講演から私が出した結論である。

 

 

 

中学校教科書検定の闇

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