古謝の勝因、玉城の敗因
私は、ペースメイカーを装着する為、9月2日から23日まで、入院した。その間に沖縄の知事選挙があった。その帰結には沖縄県民ではなく、日本国民である私も、古謝候補が勝つだらうとの予測は有ったが、それでも古謝候補が「ゼロ打ち」を打った時には、「起きるべきことが起きた、来るべきものが来た」といふ安心感に、病院のベッドに横になった。この選挙を終始見てゐた台湾研究家の人が、下記の通り、この選挙の始末を、総括してゐる。↓
沖縄で12年ぶりの保守系知事が就任…選挙戦を見た台湾研究者が覚えた「アイデンティティからエコノミーへ」の既視感
現象的には、その通りであらう。然し私は、その奥にある通奏低音のやうなものを感ずるのである。ゲーテのファウストの終末で、悪魔のメフィストは、「これでファウストの魂は戴きだ、イッヒッヒッヒ」と喜んで、ファウストを地獄に連れ去らうとする。然しその瞬間、神は「ちょっと待った」と横やりを入れて、ファウストを天国へとさらって行くのである。メフィストは、「約束違反だ!」と怒るのであるが、かうなった事の原因を、悪魔のメフィストは理解しない。翻って沖縄の選挙戦を見ると、デニーは一番大事なものを何度も見過ごしてきた。ワシントン事務所の不始末、辺野古でのダンプカー事故、同じく辺野古の女子高校生らの溺死事件。これは緒戦の大勝に浮かれ、やがて玉砕した大東亜戦争の日本に、その原型を見るのである。沖縄県民は、悪魔のやうなデニーの顔を見たくないほど、嫌悪感を催してゐたのだらう。さもなくば、このやうな地滑り的勝利はあり得ない。私も、ブログで多くの人々に、繰り返し古謝候補への支持を訴へた。その心が以心伝心となって、沖縄に飛んで行ったに違ひない。これは中央の政界でも同じことが言へる。これは世界史に冠たる大勝利である。私も泡盛を一口のんで、祝杯を挙げたい。
ハンナお婆さんの一言
私は高校生の時、アメリカ人の家庭にホームステイをしたが、そこはユダヤ系の人々の家であった。お婆さんは、ハンガリーからの移民であった。みんな愛情の深い人達であった。特にそのお婆さんは、何となく東洋的な感じがした。私はまだわがままで世間知らずで、自分の殻に閉じこもることが多かったので、随分心配をかけた。
ところが、半年以上滞在したある日、そのお婆さんがポツリと言った。「私達は何でコリーに愛着を感じるやうになったのかねえ」と。お婆さんは私に、東洋的なものがあるのを感じたのかもしれない。日本人だから東洋的なのは当り前だが、お婆さんの中にもある東洋的なものが、お互ひ心の琴線に触れたのかもしれない。またその家のお母さん(お婆さんの娘)はある時、「あんたって、時々、崇高な顔つきをするのね」と、やや皮肉交じりに言った。私は慣れない勉強や生活で、四苦八苦の毎日だったが、それでも「世界の人類がみんな幸せでありますやうに」と、ふとした時に祈るやうなこともあったので、そこに気が付いたのかもしれない。
私は時々、先祖供養に『甘露の法雨』を読誦するが、その時はお婆さんの名前も呼び出す。すると屹度、これは私の想像だが、「サンキュウー、コリー、ちゃんと聞いてゐるよ」と、嬉しさうに微笑んでくれてゐるのかもしれない。
あれから60年以上が経つ。日本は敗戦の後遺症で、社会も特に教育はめちゃくちゃだが、その中でも心のきずなは、しっかりと結ばれてゐることを悟るのである。私もあと何年生きるか分からないが、日米の間柄をアウフヘーベンしていきたいと考へてゐる。
ああ、大和にしあらましかば、いま神無月
これは私が中学生の時、国語の先生が教へて下さった、薄田泣菫の詩である。季節は、明後日から神無月(十月)になる。先生は和歌の世界に強いあこがれをお持ちになり、ワープロも無かった時代に手書きのガリ版で生徒たちに下さった資料に、この詩があったのである。神無月は、日本中の神様が、出雲に集結されるので、それ以外の場所では神様がお留守になる。私も一度、神在月の出雲に行ってみたい。そこで神様の実在を、この身で感じてみたいのである。