秦
BC221~BC202年まで。アニメや映画でおなじみのキングダムの政が作った統一国家です。登場人物の実在はともかく面白いです。小生は河了貂が好きですね。特にこの登場シーンはいいです。

軍師になって帰ってくるシーン。アニメはもっと可愛いですね。
戦国七雄を束ねて初めて統一王朝を作った始皇帝。
実態は金貸し、絹や陶磁器工場の経営者、貿易商人からみかじめ料を取るヤクザです。現在の中国共産党やロシアのプーチンファミリーとやってることは同じでチンピラ国家です。もちろん河了貂には何の罪もありません(笑)文字や目方やお金を統一したのは良いことと思います。始皇帝は西戎つまりチベット人だと思われます。
我が国ではこの辺から本格的な鉄器文化が始まります。
水田耕作も九州から東へと広がる時期です。ちなみに稲作でも陸稲栽培は6000年前から行ってました。今でも東南アジアやインドの一部で見られる焼き畑稲作ではないかと推測されます。
前漢
BC202~AD8年まで。秦が滅んだ理由は厳しい法にあったという見方があります。秦の時代には儒家ではなく法家を採用しました。何せ皇帝が目の前で刺客に襲われているのに、周りの臣下はただ見ていたと言います。何故なら皇帝の居る座に近づくと死刑だから・・・
陳勝・呉広の反乱も悪天候に阻まれて、期日通りに目的地につけない。期日守らなきゃ死刑・・・なら暴れたる!!と反乱を起こします。すると同じような境遇の連中が申し合わせたように反乱を起こす。とにかくあちこちで反乱が起きて最終的に盗賊団のボスだった劉邦が秦を滅ぼし、上司だった項羽も滅ぼして天下を治めます。
とはいえ、前漢の周りには様々な王国があり貿易路が塞がれています。商人のボス皇帝としては困ります。そこでBC181年に即位した前漢の武帝は人口を半減しながら周辺国と戦争します。朝鮮半島で最古の王朝である衛氏朝鮮もこの時に滅ぼされました。衛氏朝鮮を作った衛満はチャイニーズです。劉邦から逃げて朝鮮に来たのに、劉邦のひ孫にやられた格好ですね。
この時代以降チャイナの人口は戦や内乱で激減します。1/3減ったとか半減したとかなら可愛いもんで、後漢の終わりには1/10になってますからね。とにかく人の命を軽く扱うのは今のチャイナと同じです。
肉屋に行くと普通に人肉が売られている・・・・そんな民族です・・・
新
8~23年まで。王莽という漢王朝の外戚に国を乗っ取られました。
外戚とは皇帝の奥さんの家系です。皇帝の嫁さんになったことで権力を振るうのですが、王莽は皇帝の座まで奪ったわけです。平安時代の藤原氏が皇室を乗っ取り天皇を名乗るようなもんです。たぶん民衆は誰が皇帝でもよかったのでしょうが、旧勢力との内乱に突入して人口の1/3を失う事態に突入します。
後漢
25~220年まで。前漢王室の生き残りである劉秀により王莽は打たれ、漢帝国が再興されました。105年には蔡倫により紙が発明されています。それまでは割った竹に書く竹簡や木簡、もしくは絹に書くなどしていました。欧州では羊の皮に書いていたそうですが、欧州人が初めて紙を見たのがモンゴル帝国拡大中の時代です。この時代の欧州は暗黒の中世時代で何もないド田舎でした。
この時代の我が国は水田耕作の広がりにより人口も増えて60万人までになりました。一方でチャイナは内乱の末に人口が1/3も減ってしまいましたので、いわゆる小さな政府へと作り変えます。儲からない遠隔地は切り捨て、お金の掛かる朝貢も控えます。朝貢は貢品の5倍とか7倍の返礼があったので周辺国がこぞって朝貢に来るんです。とんでもない財政負担です。そこで我が国に対しては委奴国王(いどこくおう)を貿易の窓口に任命して金印と紫綬を授けて、各自が勝手に朝貢に来るのを防いだのです。これがかの有名な志賀島で発見さえた金印だそうです。

金はメダルと同じで最高位の印です。朝鮮は土で出来ていたそうです。
三国時代
200~280年頃です。日本人が好きな三国志の時代ですね。
チャイニーズは制覇した魏の国の曹操が好きで、我が国は蜀の国の劉備義兄弟が好きみたいです。一騎当千なるエロアニメでは(笑)注目されない呉の国が主人公になっているので貴重です。

184年に起きた黄巾の乱を皮切りに三国時代に突入します。原因は重税と旱魃による飢饉です。財政難から位をお金で売る。地方の役人は出世したくて重税を掛ける。庶民は変な宗教に飛びつく。そして反乱へ・・・世界史によく出てくるパターンです。
230年の時点では後漢時代より人口は1/10になっていました。
自国民を殺した数では毛沢東の8000万人が最高でしょうが、人口比でいったらこの時代です。学生同士の喧嘩じゃないのよ・・・
我が国はこの時代にかの有名な卑弥呼や邪馬台国の時代です。
邪馬台国論争は下火になっていますが、故岡田英弘氏やその奥様でいらっしゃる宮脇淳子先生は邪馬台国に関する記述を、チャイナお得意の政治プロパガンダと看做しています。つまり嘘だよとね。
詳しくは【日本人が教えたい新しい世界史 宮脇淳子 徳間書店 P154~160】をご覧ください。
西晋
280~311年まで。西晋が三国を統一したのはよいのですが、人口減による人力不足で北方の遊牧民や狩猟民を移住させたことで、逆に彼らに滅ぼされました。生き残りが南に逃げて東晋を作ります。
五胡十六国
304~439年まで。三国時代から移住した北方系のほか周辺民族がチャイナで暴れます。五胡とはチャイナ周辺に住む異民族で北方系の匈奴(きょうど)鮮卑(せんぴ)羯(けつ)の3つと西方系の氐(てい)羌(きょう)の2つです。これらの民族が16の国を作ったわけです。
キングダムに出てくる美少女羌瘣はチベット系でしょうか?

我が国では古墳時代に突入しております。古墳といえば前方後円墳ですが、最古級の前方後円墳が奈良県の纏向遺跡(まきむく)に登場したのがこの頃と思われます。この遺跡からは全国の土器が発見されていることから、何かしら統一された国家が存在したのかも知れません。
南北朝時代
439~589年まで。北方系民族の鮮卑が北を統一して北魏を作ります。南は東晋が滅び宋が起きますが、南斉→遼→陳と変わります。
北方系民族の〇〇などと出てきますが、同じ民族が時代ごとに名前が変わるだけで、中身は変わっていない可能性が高いんです。
例えば北を統一した鮮卑族は最初は東胡(とうこ)と呼ばれたのですが、匈奴に親分を殺されて3つに分かれます。①匈奴に組み込まれる者②大鮮卑山脈(興安嶺山脈)に逃れ鮮卑と呼ばれる者③烏桓山(うがん)に逃れて烏桓と呼ばれる者みたいに。この時に勝った匈奴も南北に分列して北匈奴は鮮卑に仇討されて多くが組み込まれます。
北を統一した鮮卑も孝文帝の時代に徹底した混血策を取ります。男は漢民族の女を何十人と抱え、女は漢民族の男と強制的に婚姻させます。鮮卑はこの後に隋と唐の統一国家を作るのですが、もはや純粋な鮮卑じゃないわけです。今のチャイナがモンゴルや満洲や東トルキスタンでやっている民族浄化は大昔からの伝統なんですね・・・
我が国はこの頃からチャイナに遣使を出すのをやめています。第21代の雄略天皇の時代です。こんなチンピラ国家から学ぶことはないとなり、この流れが聖徳太子に引き継がれます。