こんにちは!
ご無沙汰しております、
コレモリストです。
コレモリストと名乗りながら
最近は全然平維盛様の史跡めぐりは
出来ておりません😩💔
関西の維盛様関係の史跡
もまだまだ行けてない箇所は
沢山あります。
が、さすがは落ち延び伝説なので
敵に見つからない様な辺鄙なとこばかり…
きっとiPhoneの電波も入らないと思うので
1人ではいけません😭
緊急事態宣言が明けたら父を誘ってみます笑
(多分断られる)
さて、
今回は平家の史跡でも
平家公達の史跡ではなく
みっちー(平通盛)の奥さんである
小宰相局(こざいしょうのつぼね)のお墓に
お参りしてきました!(当時2月1日)
小宰相たんのお墓は以前、
広島県福山市沼隈町の「福泉坊」
というお寺にお参りに行きましたが
今回は徳島県鳴門市!
海沿いを少し車で走り、細い道へ。
お!看板発見!
近くの駐車場に停めて歩きます。
こっちか~と言いながら曲がると
なんじゃこの石段!!(まあ慣れてるけどね←)
と急勾配の石段に驚いていたら
次に目に飛び込んできたのは
ウリ坊が2頭・・・!!!
私たちに驚き落ち葉で滑りながらも
石段を駆け上がり脇道へ逃げて行きました。
え、
親イノシシが近くにいるかもしれないってことよね・・・?
でもとりあえずここまで来たからには
行くっきゃないよね!!!←
おそるおそる石段を登っていく。
いや、足場悪過ぎん??
全然人歩いてへんやん!!
落ち葉で滑る!!
ギャーギャー言いながら登ったので
小宰相たんに『下品ね・・・』と
思われたかもしれない・・・。
で、なんとか到着。
息切れが凄いアラサー←
小宰相たんは有名なお話だと、
みっちーとそれはそれはラブラブ夫婦で
小宰相たんの妊娠がわかるとみっちーは
小宰相たんの体を気遣います。
『海の上は大丈夫?気分は悪くはない?』
『今何か月?男の子かな?女の子かな?』
なんて話をしていたのでしょう。
ラブラブ幸せだったみっちーと小宰相たんは
この後、一ノ谷の戦いで
壮絶な最期を迎えることになります。
なんと旦那のみっちーは
2人で喜びあった直後に
一ノ谷の合戦で亡くなってしまいます。
それを知った小宰相たんは
あまりの悲しさに
「夫のところに行きたい(死にたい)」と
付き人に話しますが、
付き人は必死にそれを引き留め、諭します。
すると小宰相たんは
「冗談よ、言ってみただけ」と言い
夜も更けたため皆船の上で眠ります。
しばらくすると船を漕いでいた者が
流れてくる長い髪の女性に気付きます。
「誰か!!早く来てくれ!!」
その声に船にいた者たちは飛び起き、
浮かんでいた女性。引き上げると
なんとそれは小宰相たんでした。
小宰相たんの付き人は悲しみ、
泣き崩れます。
既に息を引き取っていた小宰相たん。
従者たちは話し合った結果
どうせなら旦那であるみっちーの元へと、
小宰相たんにみっちーの鎧を着せて
海にもう一度遺体を放ちます。
あんなにも2人で懐妊を喜んでいたのに
一夜にしてみっちー、小宰相たん、
お腹の子は亡くなりました。
みっちーは30歳にして子供がおらず、
やっと出来た我が子に
さぞ喜んだことでしょう。
この辺りのことは平家物語を読んでいて
絶対泣いてしまいます😭
小宰相たん、
19歳ですよまだ。
早すぎるよ……😭😭
小宰相たんとみっちーもきっと
『連理の枝、比翼の鳥』
やったんやろうなぁ。
余談ですが、
みっちーの弟の業盛(なりもりことなりりん)も
一ノ谷の合戦で亡くなり、
教経(のりつねことのりぴー)も
一ノ谷にて討死説が本当ならば
平教盛(のりもり)は一ノ谷で
息子3人全員を亡くしたことになります。
悲しすぎます……
コレモリストとしてはぜひ
平家にお仕いしたい、
あわよくば維盛様の北の方に
なりたかった人生やけど
女人は女人で旦那を亡くしたり、
平家一門が滅亡するのを最後まで
見届けるから辛すぎるよな。
徳島県のお宿『社乃森』にて
維盛様の北の方新大納言ちゃんの
つもりで回廊を歩いたよぴ
ということで
平家公達大好きやけど、
その北の方や周りの女人たちも
大好きなよぴの小宰相たんのお墓の
ご紹介でした☺️✨




