是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛 是石剛
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久しぶりの投稿です
先日、ダンスをしている若いお友達から
愛についての相談を受けました
恋愛相談というわけではありませんw
その子は前衛的なダンスをしていて
今取り組んでいるテーマが「愛」
なんだそうです
それで、愛をダンスに表現するための
レポートを書いているとのことでした
ダンスについては私は全くの素人なので
何もアドバイスはできませんでしたが
常々考えている
「愛」というものについて
僭越ながら少しお話させていただきました
私は「愛」には
種類があると思っています
というか、種類に分けたとしても
最終的には一体になるものなのかもしれませんが
少なくとも入り口の部分は
種類に分けて考えてしまいます
親への愛
兄弟への愛
家族への愛
子供への愛
パートナーへの愛
恋愛
これらは同じ「愛」という言葉を使いながらも
種類が違うものだと思うんです
人それぞれ違うとは思いますが
私にとって一番強いのは
やはり子供への愛です
そして子供への愛が分かったときに
親からの愛、親への愛が分かるのではないか
と考えています
愛、というとよく音楽や芸術的なものの
テーマになりやすいですし・・・
調べてはないですが
おそらく、愛とかLoveとかの歌詞が入ってる
愛についての歌が一番多いんじゃないでしょうかw?
もしダンスで表現するなら
それぞれの愛の種類に分けて
表現しなければ
どうしても一番みんなが好きな
恋愛、のほうに引っ張られてしまうと思うよ
みたいにお話しました
たぶん大多数の人、特に若い方は
恋愛、が一番興味のある愛の種類だと思います
ただいろいろ分類した愛のなかで
恋愛だけはちょっと特別なもののようにも
感じています
むしろ「愛」の中に入れてもよいのか
とさえ考えてしまいます
ちなみに私は、嫁と母親以外に
「愛してる」という言葉を使ったことは
ありません(もう何年も前ですがww)
たまに嫁に、子供と猫と私と
大事な順番をつけるとどうなるか
という難題をもちかけられますw
結婚して25年もたってるのにうざいけど
後で考えると、可愛いな、とか思います
私は、猫→子供→嫁、の順番だと答えてます
これは弱い者順です
しかし実際は子供が先になるのは
愛の種類が違うからだ、という説明は
めんどくさいから嫁にしたことはありません
若いお友達と話をしながら
そんなことを考えたある日の夕方でした
Fお婆さんは今年97歳
話し方も足取りもしっかりしていて
昔の人って丈夫なんだな・・・って
改めて思いました
家の感じを見て
おそらくここには住んでないだろうなと
薄々感じてはいたんです
というのも最初に会ったときから
ちょっと思ってたんですが
Fさんはスリッパを履いて
道端に立っていたんです
たぶんどこかの病院から
抜け出してきたんだろうと・・・
しかしだからと言って
Fさんが家に帰りたいというのを
無視するわけにもいかず
ここに至ってしまったわけです
ーーーー
Fさんは若いとき
浅草のいずれかの大棚のご主人の
愛人だったそうです
そしてそのお店がつぶれるときに
いくばくかのお金をもらい
同時にアドバイスをもらったそうです
雀荘をやりなさい・・・と
それが正しいのかどうかは
分かりませんが
結果的にFさんは調理師免許を取り
1階を食堂、2階を雀荘にして
がんばってきたんだそうです
戦中戦後の話もいろいろ聞きました
大正、昭和、平成を生き抜き
令和に生きている
一人のたくましい女性が
私の前にいるのです
本当に重みのある人生を聞きながら
自分の浅はかな人生に少し劣等感すら
感じていました
そんな話をしているうちに
突然、家(お店)の電話が鳴りました
電話の向こうから
声が漏れ聞こえてきました
案の定、相手は病院の看護婦さんらしく
帰ってくるように説得されてるんです
「どうしてわたしが
自分の家にいちゃいけないの?」
けっこう怒り気味でFさんが
病院に帰るのを拒み電話を切りました
すぐにまた電話が鳴り
今度は男の人の声が聞こえてきました
やはり同じく、Fさんは電話を切ります
たぶんドクターかな、って思いました
さらにまた電話がかかってきました
するとなんと、あんなに怒ってたFさんが
急に優しい声になって
「わかりました」というのです
電話が切れて私は
「Fさん大丈夫ですか?」
「婦長さんがね、
どうしても帰ってきてほしいって言うから」
病院に帰ることにしたそうです
婦長さんすごい
看護婦さんがお迎えに来てくれるとのことで
一緒にお迎えを待つことにしました
待っている間
Fさんが話し始めました
「Nさんってね」
Fさんの愛人だった人です
「すごく優しい人だったの」
・・・
50年も60年も前に付き合ってた
しかも今でいう不倫相手だった人のこと
今でも想ってるんだ・・・
失礼な言い方かもしれませんが
髪もボサボサで、もちろんノーメイクの
97歳のお婆さんが、すごく可愛く見えました
看護婦さんが迎えにきました
私を見て「えっと、どちら様ですか?」
「あ、はい、道端でお会いして
お家までお連れしたものです」
「そうなんですね、ありがとうございます」
ちなみに看護婦さんとてもかわいかった
病院の名前を聞いて
オフィスの近くだってわかったんで
一緒に歩いた
道すがらFさんは私に言いました
「あなたは、前に一度浅草まで
車で送ってくれた方よね?」
なんかちょっと泣きそうになりました
ついさっきまでの記憶は薄らいでるのに
ずっと昔の綺麗な思い出は
Fさんの心の中に
永遠に残り続けるのでしょう
7年くらい前の話です
当時信濃町にオフィスがあったんですが
夕方、駅前の日高屋でラーメンを食べて
オフィスに帰ろうとしてたんです
慶応病院の横の
線路沿いの坂道を下っていたら
白髪の品の良いオーラのお婆さんが
ガードレールにもたれかかって
こっちを見ているんです
私はふと
「あ、予言者だ・・・」
と思い、目が合ってしまいました
通り道でもあり
すれ違うところで
「大丈夫ですか?」
と話しかけたんです
するとお婆さんは
「年取っちゃうといやよね~
家出たら今どこにいるかわかんなく
なっちゃった・・・」
予言者ではありませんでした
しかし放ってもおけないので
「お家はどちらなんですか?」
と私
「○○公民館の向かい側なのよー」
すぐにグーグルマップで検索したが
その公民館は見つからない
おそらく今はもうない建物なんだろう
ざっくりとしたお婆さんの情報をもとに
たぶんそっちらへんだと思う方向へ
お婆さんとともに歩き出しました
道すがら、
お婆さんが97歳であることが分かり
スゲーってなりました
97歳の人と会話する機会など
なかなかないですし
そうこうしてるうちに
駅から徒歩10分、たぶん一人だったら
徒歩5分以内の場所に
お婆さんの言う目印である
自動販売機がたくさん並んでいる場所
を発見したんです
「あーここよー」
お婆さんが嬉しそうに言い
そこから路地を奥に入って行った
ちなみにお婆さんは
自動販売機の前で
私に何か買ってくれる
と言ってくれたので
遠慮なくビールを探したが
なかったので缶コーヒーを
買ってもらいました
「ありがとうございます」
「いえいえこちらこそありがとう」
缶コーヒーを片手に
お婆さんの自宅の前に行くと
お婆さんが玄関の前にある
植木鉢の下から鍵を取り出し
中へ入りながら
「どうぞ」と・・・
暇だったし、ずうずうしいけど
お邪魔させてもらうことにしました
後で考えたら
自分のお祖母ちゃんと
かぶってたのかもしれない
たぶん生きてたらこれくらいの歳
なのかな・・・
お婆さんの名前はFさんというらしい
大正、昭和を生き抜いた女性である
中に入るとビックリなことに
まったく生活感がない
良い意味ではなく
ぶっちゃけ悪い意味でなんですが
猫が大量にいたんです
そして家というより
いや、確実に家ではなく
お店なんです
左側に小上がりのテーブル席が
3つほどあり
右側に少し長めのカウンター
小上がりの席には
猫がたむろってました
カウンターの後ろの壁には
埃まみれの調理師免許や
飲食店の営業許可書?
みたいなものが飾られていた
「お婆ちゃん、食堂やってたの?」
「そうよー2階は雀荘なんですよ」
「えーマジですか?すごい」
ほんとにすごいと思った
「わたし、一人で働いて
ここのローンも全部返したのよー」
それからしばらく
お婆さんは
ご自分の今までの人生を
いろいろお話してくれたんです
・・・続く
11次元あると言われている多元宇宙の中で
3次元の物理的な肉体に縛られている私たち
でも4次元を体験するにはどうしたらいいのか
子供のころは
多分ほとんどの人が4次元以上の多元宇宙を
体験してたんだと思うんです
それは、大人が言う妄想というもので
現実には存在しない世界にいる「気がしている」
じゃあその「現実」って何なの?って考えると
それって、大人が言う「3次元」ですよね
私は子供のころ
家のお風呂が五右衛門風呂で
五右衛門風呂分かんない人多いと思うから
調べてほしいんだけどww
火に薪をくべて風呂を沸かす係でした
だから子供のころ
毎日ひとしきり遊んだ後、
友達と分かれて家に帰ったら
合法的に火遊びしてたんです
楽しかった
風呂沸かすついでに
いろんなものを燃やしてたんです
食べられるものも結構燃やして
その場で食べたりしてました
銀杏とか
釣ってきた魚とか
食べてみたりしてたっけ
炎をずっとみてると
不思議な気持ちになった
焚火好きな人多いから
この気持ちわかってもらえる人
多いと思うけど
そんな時、ふと
上のほうとか、いろんな角度から
自分を見てる自分がいたんですよね
しかも、さっきの自分とか
今の自分とかが同時に見えてた
その辺が曖昧で
何十年もたって今思い返すと
あれって、4次元空間に行けてたんじゃないか
って思うんです
ずいぶん昔の話だから皆覚えてないんだろうけど
子供のころはみんな多元宇宙にアクセスできた
のかもしれないって思うんです
私の子供はもう中学生なので
悲しいけど、残念ながら
もうそういう発言はしてくれないんですが
小学校1年生くらいまでは
何かが見えてる的な発言があったような気がします
その時はただ突発的な発言を
おもしろいって思って聞いてたんだけど
大人が大真面目に
引き寄せの法則だの
スピリチュアルだの
成功哲学だの
そんなもの語ってる前に
子供のころは全員
そういうの知ってたんだって
最近そんな風に考えることがあります
前回までに書いたように
もし「私」、魂や意識、という存在が
4次元以上の世界に存在するのであれば
3次元のこの物質世界が
波の状態で広がっているところを
観測することができると思うのです。
観測すると粒になる・・・というのは
同じ3次元で観測しているからではないか
と考えています。
なぜなら、今の3次元からは
2次元も1次元も、同時にある意味波
の状態を広く観測することが
できているからです。
となると、理屈的には
今の3次元の複数の並行宇宙の中から
自分が好ましいものを選択することが
可能なのではないかと思います。
しかし現実的には
3次元の肉体=5感に縛られている私は
本来の「私」の視点で3次元を見ることは
できません。
そこで考えたのが
ネットで検索をする、あの仕組みです。
この場合の検索とは、頭の中で、
求めている世界、環境、感情を
イメージすることではないでしょうか?
よくイメージトレーニングとか
イメージが大事とか、スピリチュアルや
引き寄せなどでも、イメージの重要性を
語っていますよね。
それは、無限の並行宇宙から
自分の好ましい世界を1つ検索する
という意味なのではないかと思うんです。
私たちの身体の中に
「私」は存在していません。
なぜなら、身体のどこをとっても
それらは全て、私の○○だからです。
私の心臓、私の脳、私の○○・・・
ずっと前から
「私」はどこにいるのか
疑問に思っていました。
漠然と、「私」はよく言われる
魂、とかエネルギー体、意識
みたいなもの、なんではないかと・・・
では、その魂とかエネルギー体は
いったいどこにあるんだろう?
そこで考えたのが
その「どこ?」という概念です。
「どこ?」というのは
あくまでも我々が住んでいる
3次元の空間の中の話であって
その範囲で考えると
答えは一生でてきません。
前回も書きましたが
犬には聞こえるけど人には聞こえない音
異常気象の前兆で魚が異常行動を起こす
私たちはWifiやおびただしい電波が
目の前を飛び交っていることを
見たり感じたりすることができない
つまり5感で感知できることは
とてもとても少ないのです。
もう一つ
1次元、2次元、3次元があるのであれば
4次元以上も世の中には存在している、
と考えると、ひょっとしたら5感で感知できない
魂という存在は、ほかの次元に存在して
いるのではないでしょうか?
2次元からは1次元を感知できるし
3次元からは2次元も1次元も感知できます。
4次元からは3次元を感知でき・・・・・
・・・
量子力学で
量子は観測するまでは波の状態であるという
有名な2重スリット実験のお話がありますが
結論から言うと
私は、魂、エネルギー体、意識,
つまり「私」は4次元以上の世界に存在しており
3次元の波の状態を広く見渡せる位置にいる
のではないかと、考えています。
2重スリット実験では
観測するまでは波、観測ると粒、つまり
観測すると確定するということなのですが
それは同じ3次元での観測だからそういった
現象が起こるのであって、
より高次元からみると
3次元の波の状態が同時に広がって見えている
のではないか、と思うんです。
私は多元宇宙論は正しいと思っています。
量子が波の状態なのであれば
当たり前に、複数の宇宙(私)が
3次元に存在しているのですから。
また続きを書こうと思います。
「私」は身体のどこをさすのでしょうか?
心臓?脳?
いろいろ考えてみても
それらはあくまでも身体の一部であり
むしろ「私」の、心臓、脳、
つまり私が所有している
私の持ち物としての身体なのです。
それでは本来の「私」は何なのかと聞かれたら
魂とかエネルギー体とか、そういうものでは
ないかと思うのです。
身体はあくまでも「私」が着ている
地球用の宇宙服で、服なので、やぶれたら
つぎはぎをしたり、新しい服に着替えるように
「私」は「私」の身体=宇宙服が着れなくなったら
それを脱ぎ捨てて、新しい服に着替えるのです。
これを生まれ変わりというのではないかと
考えています。
最近では、前世の記憶を持った子供が
けっこう存在していて、どうやら生まれ変わりは
本当にあるらしいことが証明されてきています。
それではその本来の「私」は
いったいどこにいるのでしょうか?
ここからは「私」を、便宜上「魂」
という言葉に置き換えようと思います。
魂は、身体に備わった5感というセンサーでは
感知できません。
たまに、というか最近は増えてきましたが
霊が見える人がいますが、そういう人は
5感の中の視覚で「見ている」わけではなく
5感以外の何かで感知していると思うのです。
実際、犬には聞こえるけど人間には聞こえない
音、というものもあるわけですし、
同じように人間の視覚では感知できない映像が
存在していても不思議ではありません。
町中に飛んでいる電波やwifiなども
その具体例といえます。
地球用の宇宙服には5つのセンサーしか
ついていませんが、例えば仮に他の星用の
宇宙服だったら、5感以外のセンサーが
ついていてもおかしくはないです。
服についてるポケットの数や種類が違うのと
同じだと思います。
繰り返しになりますが
魂は5感で感知することができません。
それでは魂はどこにいる、在るのか?
結論からいうと
私は4次元以上の空間にあると
けっこうしっかり考えています。
その理由と次元の考え方については
また次回書こうと思います。
この投稿で
親父に対する、忘れてた自分の感情を
やっと締めくくれる気がする
この事件があってから10年あまり
たぶん無意識のうちに
何かもやもやしたものをずっと抱えてた
そんな気がする、うまく言えないけど
このシリーズ書き出したときは
ただ面白い事件だったからってだけで
書き出したんだけど
実際は締めくくりたかったんだと思う
人って、自分が無意識で考えてることを
はっきり自覚するの難しいよね
親父のアパートを出て
市役所とかで手続きをした後
ローカル線のホームで
S伯父さんに電話した
「ちゃんとお骨、地元のお墓にもっていってな!」
伯父さんは俺のことほめてた・・・
昨日、30年ぶりに親父の顔を見たとき
幸せだった子供のころのことや
忘れかけてたいろんなこと思い出したとき
芦屋の商店街のコロッケ屋で
親父の最後の生活を想像したとき
親父のアパートにいったとき・・・
たぶん俺、妹がいなかったら
何回も泣いてたと思う
それがどういう涙なのかは
自分でもほんとに分からないけど
西宮の駅で
ゆうパックに女の保険証とかを入れて
送ろうとしたんだけど
それと同時に
親父が死んだことを伝えないといけない
なにせ毎日手紙を送り続けてるわけだし
知らせないと可哀そうだと思った
で妹に、なんかメモない?って聞いたら
ミッキーのイラストが入ったメモしかないわ
って
ちょっと面白くて嬉しかった
仕方ないからミッキーのイラストの入ったメモに
〇〇は〇月〇日に亡くなりました・・・って書いて
ゆうパックに同封した
あんまり関わりたくなかったから
俺の名前はもちろん書かずに投函し
残った遺留品を駅のごみ箱にドカッって捨てて
新幹線で帰路についた
1か月後
また芦屋警察から電話がかかった
何やら女が俺の携帯番号を知りたいと言ってるから
教えてもいいか?という内容だった
めんどくさいから断ってたんだけど
それから1か月以内に、3回くらい
同じ内容で電話がきて、さすがに断り切れなくて
番号を教えていいですよって伝えた
すぐに女から電話がかかってきた
女は俺に言った
「〇〇さん、いつもいつも
〇〇君と○○ちゃんの写真みて
会いたがってたんですよ」
親父のアパートには確かに
写真立てがあって、伏せられてた
表にして見なかったけど
なんでだろう・・・見たくなかった
女が言ってたことが
もし作り話だったとしても・・・
今は俺にも子供がいる
だから
大人の事情
過去のしがらみ
今の生活
人間関係
世の中の変わり様
そいう物理的なものを超えた
愛というものが
世の中には確かに存在するって
今なら理解できる
30年前
ちゃんとさよならできなかったから
今度はほんとに、ちゃんと
さよなら、お父さん
なにせ30年も放置されてたのに
ほっといてもいいんだが・・・
ちゃんとお寺に納骨までしたし
これ以上はもう何もしなくてもいいのかも
と思った
でも、親父が最後どんな生活をしてたのか
寂しくはなかったのか、少なくとも女が
一緒にいたなら、そんなに孤独な生活でも
なかったのかな、とか考えてしまう
やっぱりその女に
親父が亡くなったことを知らせよう
親父のアパートへ向かった
妹はかなり嫌がってたけど
はじめて芦屋に行った
芦屋と言っても山の下のほうの
下町みたいな感じのところだ
アパートの郵便受けが満杯になって
中身が溢れてた
こうと決めたら仕事が早い妹が
郵便物をかき集めて
階段で親父の部屋に向かった
古いアパートだが
部屋の中は思ってたよりずっと綺麗だった
郵便物のほとんどは
壁の向こうの女から毎日送られてきてた
親父あての手紙、
〇〇さんから返事がないから、心配してます
こんなことが書かれてた
そりゃそうだよな
なんかちょっとせつなかった
アパートにつく前に商店街を歩いて
あぁ、こんなところで最後過ごしてたんだなって
このコロッケ屋さんでコロッケ買ったりしてたのかな
最後それなりに幸せだったのかな
無意識に考えてる自分がいた
俺、親父のこと好きだったのかもしれない
恥ずかしくておかんにも妹にも言えなかったけど
ほとんど残ってない親父との記憶が
いくつか、ほんとにいくつかだけど
また色濃く浮かんできた
子供のころの、あの幸せだった時間
それからいろいろごたごたして
家庭がおかしくなったこと
そういえば
おかんが離婚届を出しに市役所に行くとき
妹と一緒に車に乗って行ったんだけど
市役所から出てきたおかんに
まだ幼かった妹が
遊園地行きたい・・・って言って
寂しそうな顔に笑顔を浮かべたおかんが
遊園地に連れてってくれたことがあった
妹と2人で変な乗り物に乗ってる下で
おかんが複雑な顔をしてた
さみしさ?悲しさ?
これからの生活に対する不安
今になればわかるけど
当時の俺達には分からなかった
その後ちゃんと復活して
2人を大学まで卒業させてくれた
日々の生活のなかで
そんな記憶は全部忘れかけてた
いろいろ思い出したよ、お父さん
最後幸せだったん?
そんなに悪い人生でもなかったんじゃない?



