久しぶりにブログらしいブログを投稿します。
TwitterやFacebook、その他SNSで骨法と言うキーワードで検索して当時の骨法を学んでいたであろう方の投稿を拝見させていただく事が多いのですがやはりあの頃の喧嘩芸骨法を学んでいた方々は当時の骨法を誇りに思っている方も多く、また愛が故に批判もしている方がいてる事を感じました。
やはり廣戸氏、最上氏が抜けて小柳津体制になって辞めた方も多く、これが噂の大量離脱の時期かと。
今の骨法はホントにネタになってはいますが当時の骨法はやはり廣戸、最上両氏が説得力のある骨法を見せていたのだと思いました。
廣戸、最上両氏の試合。この2人がいたからこそ当時の強い骨法が具現化された。
自分は喧嘩芸骨法ファン。
少しでもこの時期の骨法に触れてみたかったです。
当時の骨法を学んでいた人に教えてもらいたいものですね。

