Kopettaです。
音楽は誰のためにあるのかな?
っということについて考えてみました。
僕がだした結論は、
音楽は、みんなのためにあります。
演奏者がいて、そこに視聴者がいることで
会場は成り立ちます。
どんなに上手いバンドが演奏しても
そこに視聴者がいなければ
すごくもったいないなーって思いますが、
実力はそこそこでも、
ライブ会場にたくさん人が集まるバンドもあります。
こうやってみてみると、
ある一定の演奏レベルに達すると
どうやって視聴者の心を掴むかに
かかってくるように思います。
世の中では音楽離れの傾向も
あったりします。
ミュージシャンを必要としなくなったという見方もあれば
必要とされるミュージシャンが少ない
という見方もあります。
僕は後者のような気がします。
前回の記事では共有できるミュージシャンでありたいと書きましたが、
同時に感動を生むミュージシャンでありたいと僕自身も感じています。
『感じること』に『動く』と書いて
感動です。
以前までの僕は、自分が歌に対し
音楽をどう感じているか
どう表現しているか
というものが感動して演奏することだと思ってました。
しかし、答えはもっとシンプルでした。
人には、喜怒哀楽があります。
特に怒りや悲しみには
情が含まれています。
怒りや悲しみからは感情が生まれます。
悩み、辛さを表現したら
相手には感情が伝わっていきます。
そして感情に共感することで、
涙を流すようなこともあるでしょう。
これは音楽の表現として
感情をのせることはありだと思います。
その反対に、楽しくて喜んで打ち込んだものからは
感動が生まれていきます。
それをすることが好きで、楽しくて、
喜んで打ち込んでいくことで
自分自身が本気になってそのことと
向き合っていけます。
本気で歌うことが
人に感動を与えていきます。
本気で向き合えるからこそ、
自分が感動して、それに打ち込むことが出来ます。
感動を生むミュージシャンは
自然とこれが出来てるように思います。
上手さや下手さを気にしたり、
自分と誰かの演奏を比較し始めたり、
演奏者の悪口をいい始めたりしたら、
もはや感動して演奏することや
音楽が好きという気持ちや楽しむ気持ち、
本気で音楽をすることから
離れてしまっていくように思います。
過去の自分は全部これに当てはまります(苦笑)
上手い後輩が入ってきちゃった!
とかいって焦って練習していくうちに
どつぼにはまっていました。。。
上手い下手を競うものでもなく
音を楽しむことが
『音楽』なんですよね。
誰かと競うようになったり、
どうやったら売れるのかな?
と私利私欲に走るようになると、
大切なことが見えなくなってしまいます。
どうして音楽を始めたんだっけ?
音楽は好き??
楽しくやれてるかな?
本気で向き合えてるかな?
どんなときでも本質を見つめていきたいです。
最後までお読みくださいまして、
まことにありがとうございます!
