ある日、教授につれられて山奥のペンションへ行った。
そこに、ある若い女性も同行した。
教授の知り合いである彼女と教授夫妻、数人の学生たちというパーティーだった。
山奥のペンションはログハウスの居心地の良い空間だった。
1階からの吹き抜けになっており、2回の渡り廊下には簡単なトレーニング器具が備わっていた。
教授は腎臓を患っており、透析をしていた。
時折ごそごそと腰のあたりの袋をまさぐっている。
黒豆を食べたらどうか、と勧めてみた。私は教授を尊敬していた。
聞くと彼女は20代で、ボディービルダーであった。
最近の関心事はもっぱら大腿筋を鍛えて、“割る”ことらしい。
彼女は1人でキャッキャとはしゃいでは、ボケとツッコミの両方をこなした。
彼女を同行させれば、退屈な旅とは無関係だと、教授は考えたに違いない。
夕食のメインはポトフだった。
その中に丸ごとの玉ねぎが入っており、何か黒いものがいくつか突き刺さっていた。
口に入れると、痺れたような感覚が襲った。そういう料理だと思い、そのままいくつかほうばった。
彼女は1人でしゃべりまくっていた。
彼女はどうやら、教授の知り合いの教授と結婚しているらしい。
ご主人は50代だというから、彼女とは30くらい、歳がはなれていることになる。
彼女は学生たちの食べっぷりを見て、しきりに「育ちがよい」「育ちがよい」と褒め称えた。
育ち?そういえば彼女はボディービルダーだからかなのか、滑らかな黒光りする肌をしている。
暇を持て余したお嬢様がボディービルディングをやっているとでもいうのだろうか?
彼女は学生たちを餓鬼のようだとも言っていた。
痺れた口のまま夕食は終わった。
黒い物体については誰も触れようとしなかった。
夕食後、彼女と共にベンチプレスを行った。
彼女は負けたことを悔しがった。
その後も折に触れ、何度も悔しがった。
大したことには思えなかったが、ボディービルダーとしてのプライドがあるらしい。
帰り道、教授を乗せた車のハンドルを彼女が握った。
彼女の車は高速道路で次々と車を追い抜き、あっという間に見えなくなってしまった。
それが彼女との別れだった。
教授が死ぬのではないかと、心底心配した。
彼女を止めもしなかったようだから、死んでもいいと思っていたのかもしれない。
この旅ではそば好きの教授のために、何軒もの蕎麦屋をはしごした。全粒粉のざる蕎麦に蕎麦湯、蕎麦掻(そばがき)、“おやき”等をひたすら食べ続けた。
おかげで今では蕎麦アレルギーとなってしまった。
あの玉ねぎに刺さっていた黒い物体は、今、しょっちゅう目にしている。
それはカレーには欠かせない香辛料、クローブであった。
あれから、彼女は太ももを割ることができたのだろうか。

