オカルト太郎のブログ

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皆さん、お久しぶりですです。年の瀬いかがお過ごしでしょうか。

さて、久々の更新。
今回は初のブック・レビュー。

「ブロンクス物語」という映画をご存じだろうか。名優ロバート・デ・ニーロの初監督作品である。
実直で素朴なバスの運転手を父(デ・ニーロ)をもつ少年カヴァネッロは、近所にたむろする街のギャングのボス、ソニーを警察から庇った事から彼らに可愛がられる事になる。そんなカヴァネッロも成長し、幼なじみと徒党を組み、ギャングを気取るのだが…。

映画のレビューではないので、あらすじは省くが、ソニーとカヴァネッロの会話の中にマキャヴェリが出てくる。
ソニーかつて獄中で読書をした。その時読んだ本がマキャヴェリ(マキアヴェッリ)の「君主論」である。
「好かれるのと、恐れられるのではどちらがいいか?」
「嫌われずに恐れられる方がいい」
こんなシーンであった。ソニーはギャングのボスであるが、やってる事は悪事その物である。しかしこれが妙に世話好きで、どうも憎めなく、この映画を観た人はこのソニーという人物に惹かれずにはいられないのではないか。この役者の演技力や存在感も手伝ってソニーというどこか泥臭くも洗練されたソニーに自分も圧倒された。

別にソニーのようなギャングのボスになりたいわけではなかったが、この映画がきっかけでなんとなくマキャヴェリを読んでみたいと思ったのである。

当時20代前半であった自分は、この「君主論」、読んでみたものの、さっぱりちんぷんかんぷんで全然面白くもなかったのであった。
「何だか自分には全く関係ない事だなぁ」
「オレがこれ読んでどうすんのさ」
「そもそもオレ君主じゃないし」
など、集中力も散漫なまま一応読み終えたのである。そして読んだつもりになったのである。

しかし30才になり、何となくまた読んでみたのである。
「これは!」
衝撃的であった。
いちいちもっともなのである。

これは、いわゆる「帝王学」である。臣下が、君主の在り方を古今東西の歴史を例に挙げて説いていく。
例えば、「君主」を国家や、経営者に置き換えて読んでもいい。いずれにしても「常識的」な事しか言っていない。政治家であれば必読書の類いである。いかにして「国家」を保つか。国を守る為に、どういった振る舞いをすべきか。
日々変転して行く国際情勢のなかで国家が存続するために、どんなリーダーが必要なのか。
残念ながら、この世界は、弱肉強食の世界であり、世界の歴史は争いの歴史である。歴史に埋もれ、抹殺され、亡きものとなった国や民族など無数にあるのだ。日本がそうならないためには、「本来」の「国家」の在り方を正しく知る必要がある。
戦後、アメリカの庇護の元、平和を謳歌していた日本人には「君主論」は少し過激にな感じがするのかもしれない。しかし、マキャベリをよめば、いかに日本の常識が世界とかけ離れているかを痛感する。
世界情勢は刻々と変化する。それに対処出来ない国は、滅びる。
そういつかの大日本帝国と同じ轍を踏まないように。

マキャベリは「世界の常識」を教えてくれる。

映画「ブロンクス物語」もオススメ!