はい、またまた更新が遅れました!(苦笑)
ブログって、定期的に更新できる人たちは凄いですね……自分も、最低限、続きものの記事くらいはしっかり続けてやるべきではなかったんだろうか…(汗)
そんなわけで、
この記事の後編の内容です。
今回の分は、
自分が児童英語教師資格の勉強を始めたことで起きた自身のものの見方などの変化の話と、
英語空間で萎縮しちゃって話せなくなっていた子の話
でしたね。
また徒然と書いていくような感じなので、本当に長くなるかと思います……読まれる方には完全に耐久レースとなってしまいますが、許してくださる方は、もうしばらく、10/19(土)の話題でお付き合いください…(大汗)
では、初めに、
児童英語教師の資格の勉強の影響について。
皆さんはもう、児童英語教師というものがなんなのかは御存知ですよね、きっと。
簡単にいうと、
小学校で英語を教える教師ということです。
そうするのに必要な資格がどういったものなのかについてをここで詳しく説明すると内容が長くなりすぎると思うので、割愛致します(……)
取り敢えず、なにがどう影響したのかといいますと、
母からの受け売りの知識や、自分の子どものときに感じていたことをひとつ話すのにも、教科書にも書かれているような知識が伴ってきたということ。
自分の経験や母が言っていたことを掻い摘んで話すだけでも、ショーに来てくださる皆様には
「おお」
という反応をして頂くことが少なくありません。
それがユーザースタッフという仕事の一番の魅力だと自分では思っていますし、なにかヒントを掴めたといって笑ってくださる人の顔を見ていると自分まで嬉しくなるのです。
でも、それだけではなにかが足りない。
自分の子どもの頃に感じていたことをただ話すだけでは、
質問してきてくださった方の御子さんの今の状態を説明したり分析したりできないから。
……これ、自分にとっては結構切実だったんです。
だって、ユーザースタッフは、各会場に1人以下しかいないのが現状です。
だからって、なるべく沢山のユーザースタッフの話を聴こうとしてあっちこっちのショーに行きまくるなどという芸当ができる人って、そうそういないですよね。
ショー観に行くのだって、タダではないんだし。金銭の問題、住んでいる場所の問題、両方の問題、色々抱えていらっしゃる人は少なくないはず。
そんな状況で、もしユーザースタッフに自分の経験しか武器がなかったら、
自分の子どもの頃と似た子に対してしかロクな対応ができないじゃないですか?
特に自分の場合は、自他共に認める
日本生まれ日本育ちの"アメリカ人"。
自己主張がハッキリしているせいで、人種とか国民性とかを専門に研究したり教えたりしている先生に、
「お前はあんまり西洋的な奴だから、
お前に日本人として意見を出されても、一般的日本人の説明ができないよ」
などと言われたようなタイプです(苦笑)
そして自分は、小さい頃から変わらない奴だともよく言われているわけで。
そんな自分が、自分の経験してきたことを基にして、生粋の日本人然とした物静かな子の感情や色々なことを推し量れるわけがない。
そんなときに、児童英語教師の資格を取得するために勉強を始めたら、
児童心理に関わる内容が沢山教科書に書いてあった。「自分のあのときの感情はこういう風に分析されているものだったのか」
「あの子のああいう態度はもしかしたらこの心理のここから来るものと関連付けて説明できるんじゃないか」
「自分がああしてこうしてこうなったこの部分は、この理論を後ろ盾に説明できるんじゃないか」
「自分のああいう部分はこういう風に改善した方が子どもたちともっと身近にコミュニケーションできるんじゃないか」
そういうことが沢山解ってきたんです。
今の自分は、これらの知識を吸収しなければいけない。
そして、自分のものにして、自分の意見を誰にでも解りやすく説明できるだけの言い換えができるようにならなければいけない。
そしてそれと同時に、これらの知識だけの人間になってもいけない。
自分はユーザースタッフ。いつまで経っても、元・子ども。
自分は、
子どものまんまで大人と会話ができるような人にならねばならない。
……なんていうか、御大層なことをいっぱい並べてしまいましたが、要は、
児童英語教師資格の勉強で、
自分の過去と、
これからの自分のユーザースタッフとしてのイベント参加者様方との接し方が、
もうちょっとクリアになったんです。
……というわけで、これからも勉強頑張ります!(笑)
最後に
( よ う や く か … ! )、
英語ワールドに萎縮して酷く怯えてしゃべれなくなってしまっていた子について。
ちょっと前半に書いたことと内容がカブるんですが、この子とのやり取りでは最近始めた資格の勉強で得られた収穫を強く実感し、更に、この子とのやり取りの中で自分の中で再確認したものがあったりして、とても自分にとって実りのある出逢いだったんです…
とは言っても、この子自身との出逢いは今回が初めてではなかったのですがね。
それもあって、この実りが更に重要なものに思えるのかも。
小学校に上がってしばらくしたくらいの、男の子。
周りの子みんな自分よりずっと小さくて、テンションも高くて、ついていけなくなっていました。
みんなで自分の近くの人と挨拶し合って自己紹介し合うアクティビティの最中も、この子は輪の外で体育座り(三角座り?)で蹲って、顔を膝の間に埋めたまま、「No, no...」の一点張り。
放っといて欲しいオーラが漂っていましたし、
その子に拘っていては他の子との交流ができなくなってしまうので、
それを避けるべく、自分はその子に一言二言最後に掛けて、やむなくその場を離れたのです。
ショーが終わると、この子が一生懸命、自分の声で、
「どうしたら英語を上手に話せますか?」
と訊いてきてくれました。
……あれ、前にも男の子からこんな質問を受けた記憶がある…
まさか…?
果たして、そのまさかで、この子には以前、自分は、
「怖がらずにアウトプットをいっぱいするのがいいよ」のような回答をしたことがあったようでした。
……うーん、我ながらあまりにもザックリした回答だな…(苦笑)
第一、怖いもんは怖いだろ。
自分が絶叫マシンに乗れない理由を忘れたか(苦笑)というわけで、図らずも自分は、この子に、同じ問題に対するリベンジの機会を与えて頂いたわけです。
この子のお陰で、自分は、
自分がどうしてアウトプットを沢山できていたのかそれを今の自分の知識を交えた目線から見直すことができたんです。
この子のお陰で、自分は、
以前にこの子に同じ質問をぶつけられたときに本当はなにを伝えたかったのかそれを今の自分が持っている知識とつなげて考え、
より明確なやり方での自分の考えの表現を練り出すことができたのです。
「怖がらずにいっぱいアウトプットしよう!」↑この↑ざっくばらん過ぎる回答が、
↓以下↓のように変わりました。
「言葉は、誰かに自分の気持ちや考えを伝えるためにあるもの。
だから、
自分の中に伝えたいことがあって、それを伝えたい誰かがいたとき、
言葉を話さなければいけないよね。
自分は、たまたま、伝えたいことを伝えたい相手に、
英語しか通じない相手がいっぱいいたんだ。だから、英語を話そうと思ったんだと思う。
それで、そのときに文章でしゃべらなくたって、
自分の伝えたいことをピッタリ表現してくれる言葉がひとつあったら、
その一言を言うだけでも、君の思っていることは伝わるよ。
実際に、
さっきのアクティビティのときに君はNoとしか言わなかったけれど、
その一言があったから、
君の気持ちや、君がどうしたいかなどが、こちらには伝わったよ。ほら、
君にだって会話ができていた。これを続けていって、いつかもっと伝えたいことが増えたときに、
その分、伝えられる言葉を増やしていけばいいよ。
言葉の意味を間違って使ったら言いたいことが伝わらないから、
自分が確実に解っている言葉だけを、選んで使えばいい。
それで、
自分の知っている言葉の中で伝え切れないことがあったら、
これはなんて言えば良かったのかなって、
調べて、新しく覚えるはずだよ。
大丈夫、君はきちんと自分の気持ちを伝えられたんだ。
その調子だよ。」
……ワォ、なんたる違い(笑)
っていうか、長い(苦笑)
でも、話している間にその子の顔色が見る見る良くなっていったので、多分、この言い方がこの子にはより正解に近いものだったのでしょう。
それに、資格勉強の教科書に書いてあったんです。
「できた!と実感させて伝える面白さを覚えさせることが大事だ」
「目標が明確になれば、人は、やる気も上がるし自己評価もしやすくなる」
って。
この男の子は、身を以て、それを教えてくれたのだと思いました。
そして、
実際にこのやり取りで自分の中に知識として新たに培ったものをアウトプットし、
それによりこの子の反応を受け取れたことで、
自分の中にも「できた!」と喜ぶ子どもを再発見することができたのです。
もちろん、名指しなんてできません。
でも、この場を借りて言わせて頂きたい。
君は、とても大事なことを教え、そして、思い出させてくれました。
ありがとう。
また、今度はどうなったかを教えてね。
……な、なんとか、今回のイベントについて書きたかったことが書き切れました…!
な……長い…!(滝汗)
読者の皆様、及び、お立ち寄りの皆様、
本当に御迷惑をお掛けしました…!(涙)そして、ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!
これに懲りず、またいらしてくださいね!