「心肺停止……」
電話の向こうから告げられたのは、妻の心臓が止まったという知らせだった。
その後の詳しい内容は、もうはっきりとは覚えていない。
覚悟はしていたはずだった。

私は急いでお風呂から上がり、まず妻の両親へ電話をかけた。
自分の親にはすぐには連絡しなかった。
万が一、蘇生する可能性があるのなら、一度様子を見てからのほうがいいのではないか……そんな淡い期待と混乱が頭の中を巡っていたのだ。
しかし、病院へと向かう車に乗り込んでしばらくすると、やはり伝えておくべきだと思い直し、自分の父親にも電話を入れた。

心肺停止の連絡を受けてから、30分程度で病室に到着した。
そこには、絶え間なく心臓マッサージを受け続けている妻の姿があった。
おそらく、私が病院に駆けつけるまでのこの30分間、医師たちは休むことなく彼女の胸を圧迫し、必死に命を繋ぎ止めようとしてくれていたのだろう。

担当医は、私に対してとても言いにくそうに状況を説明してくれた。
過酷な治療に耐え、限界まで闘い抜いた彼女の体。
私はこれ以上、彼女を苦しめたくなかった。

「もう、大丈夫です」

私は静かにそう伝えた。
心臓マッサージはもうしなくていい。
彼女を休ませてあげてほしい。
私のその言葉を聞くと、担当医や看護師の方々は、酸素を送る機器やたくさんの医療器具を速やかに病室から運び出し、最後に妻と私だけの時間を作ってくれた。

慌ただしい機械の音が消え、静まり返った病室。二人きりになって、改めてベッドで眠る妻の顔を見つめた。
すると、彼女の閉じた目から、
一筋の涙がこぼれ落ちていた。

人が亡くなった後も、しばらくは脳の活動が続いていると聞いたことがある。
今の彼女にはまだ、私の声が届いているのかもしれない。
私はその頬の涙を見つめながら、語りかけた。
「よく頑張ったね。これでもう大丈夫だよ。家に帰ろうね。ママは、ほんと可愛いよ……」
ただひたすらに、労いと愛おしさを込めて、しばらくの間そう話しかけ続けた。

やがて、妻の母親とお兄さんが病院に到着した。
無菌室の分厚いガラスの向こう側、廊下に立つお義母さんの姿が見えた。
その分厚い窓越しに、声など聞こえるはずがないのに。
その時、お義母さんの「もう、だめ〜?」という悲痛な声が、私の耳にはっきりと届いた。
私はただ、静かにうなずくことしかできなかった。

その後のことは、実はあまりよく覚えていない。
ただ、葬儀社の方がすぐに手配をしてくれ、私たちは車に乗って、妻をようやく自分たちの「家」へと連れて帰ったのだった。