狐さん健気だなぁ…
自分の立場を弁えて、大人として、自分の役割を果たそうとして、それでもやっぱり自分の気持ちに嘘はつけなくて
泣いちゃったけど、主人公から受け入れてもらって良かったですね☆
パソゲーなので、それから結ばれるところもしっかり描かれていますが、幸せそうで☆
一度結ばれてしまえば、その後にもあんなことや、こんなことも色々始まるのですが…
描写は相応のものですが、なんとなく良い事として描かれていますよね。
お互いがもっと好きになれるなら、大切に思い合えるなら。
でも、そこで大切にするというのは何だか難しい事ですね。
当然ながら?いろいろしたくなるのも、満たしたいだけな時も人間の性としてはあるかと思います。
それを受け入れる事が信頼、優しさ、愛というのかも知れませんが、全部が全部そうではありませんよね。
ちょっと踏み込みますが、相手を苛める部分もあるじゃないですか。
幼い頃は好きの裏返しや照れ隠しで、好きな異性にそういう態度を取るというのもあるのですが。
本当に大好きな人に対して、ましてや気持ちが通じている相手に対して、そういう事をするというのは、なかなか複雑なものです。
むしろ好きとか愛してるなんて気持ちが無い方が、そういう事しやすいのでは?とも思ってしまうのですよね。
それは言わば悲しい事かも知れませんが、幅広く気持ちを知るという意味では、思い当たる、分からないわけではありません。
じゃあ一体なんなのでしょう?
場が場ですし言葉で語るのは、ちょっと難しいですね。
まぁ、幸い
満たすだけなのと、本当に愛し合うの違いは感覚としては得ているので困る事はありませんが。
ただ、怖いのは
恋しているから愛しているわけでは無いという事。
胸が高鳴り、ときめき、苦しくなる相手だとしても、愛しているわけじゃなかった。
自分を好いてくれたから、その気持ちに応えたかっただけだったんだ。
相手が自分を愛してくれるから、自分も相手を愛そうと思ったんだ。でも実は、相手を愛しているつもりになっていただけなんだと、分かってしまう事。
それに気が付かない事は、幸せなのだろう。
それで愛し合えていると思っていた。 その人を愛していた。
大好きだった。世界で一番素敵に見える人だった。
でもそれはお互いの愛に誤魔化された、自分が求めるだけのものだったんだ。
その人の笑顔、優しさ、温かさを求めていただけで、その人を愛してなんかいなかった。それを守る事が愛する事だと思い込んでいた、という事に気が付いてしまったのですよ。
それ以来
私たちの世界は大きく変わった。
大好きになる事
大切に想う事
守りたいと願える事
相手を想って
嬉しくなったり
寂しくなったり
怒ったり
叱ったり
幸せを感じたり
そんなのは簡単だった。
愛していなくても、そういう事は出来るのだから。
小さな幸せを見付けられるようになった
まずは相手の良さを見付けようと思えるようになった
世界が素敵に見えるようになった
それを愛だと呼ぶ事も出来るでしょうし、それは愛として認められる事かも知れません。
だけど愛してなんかいない と思うのです。
だって、そんなの
人間として当たり前でしょ?
汚いところだらけかも知れないけど、また輝かしくある事も出来るでしょ
わざわざ
愛している
なんて表現するのはおこがましい
人間として当たり前、あるべき一面なのだから
愛している
というのは、もっと素晴らしい事を言うんじゃないのかな?
暗い世界に光を差すのは
愛じゃなくても出来るよ
もし暗い世界に光を差す事が、愛という言葉を作ったのなら、人間は悲しいなと思う。
自分たちの汚い面を知った上で、綺麗な面もあるよねと。
それは理解したという事かも知れないけど。
だから私たちは、愛する人を探したいと思う。
コノオトハ