比較的すぐに返事が来た。



『メールありがとう。一人暮らしですか?』



短い文章だったけど、返事が来ただけマシ。大体は返事すら返ってこない。



『実家やで。そっちは?』











『本当は実家だけど、今は家無いんだ』



ん?



どういう事だ?



『え、どういう事?』



それから少し時間が経ってから返信が来た。



『私今家出中なの。だから今家が無いって事』



ああ、そういう事。



とは言っても家出とはなんとも物騒な話だ。というか本当に家出娘なんているんだな。








『じゃあ今日泊まるとことか無いんちゃうん?大丈夫なん?』



『無いけど…今から探すよ』



と、いう事は僕以外の人を探すって事なんだろう。








『良かったらうち来る?』



正直に言って、下心が全く無かったって言ったら嘘になる。彼女と別れてから結構経つし、まだまだやりたい盛りな僕。



でもそれだけじゃなかった。何となく気になった。勿論家出してるって状況もあるけど、何故だか分からないけど『なんとかしてあげたい』と思った。








かなり時間が空いてからまた彼女から返信が来た。



『ありがたいけど…実家暮らしでしょ?親とか大丈夫なの?』



普通は気になるだろう。







『大丈夫やで。俺とオカンと猫しかおらんし、オカンは大分夜中にならんと帰ってこんし』



そうなのだ。



僕が中学の時に両親は離婚した。オトンは僕が小学生の時に浮気をして、そのまま浮気相手と同棲していた。



数年の別居状態のすえ、オカンはついに離婚届けに判を押した。



元々オカンは働いてて、オトンと別れたのを機にマンションを買った。そのマンションに引っ越したのが2年前くらい。



離婚をきっかけにオカンははじけた。仕事はガンガンするし、毎日のように出かけていた。



少なくとも結婚してる時よりは楽しそうに見えたし、僕としてもそれは良かった。



その上元々放任主義で、基本的には自分で責任を取れる範囲なら好きなようにやりなさい、という方針だったのでお互い干渉することもなくうまくやっている。









だからオカンの事は全く問題じゃない。








『じゃあ…お邪魔してもいいかな?』



不安が無い訳じゃない。



安易に言ったはいいものの…もの凄く汚らしい(失礼)ギャルみたいなのが来たらどうしよう…とも思った。



でもそこは仕方が無い。泊めると言ったんだから泊めよう。僕の下半身が反応するかしないかは別として。








『今何処におる?迎えに行くわ』



本当は学校があるんだけど今日はもういい。



幸い夜勤のバイトも今日は休みだ。







『駅にいるんだけど…梅田って書いてあるから梅田駅ってとこなのかな…』






?梅田を知らない?



もしかしてこっちの出身じゃないのか?



『梅田駅のどの辺か分かる?』



『御堂筋線の乗り場とか書いてあるけど…』



御堂筋の乗り場と言ってもいくつかある。



『他に何か目印になるもん無い?』







『陸橋があるよ。あ、後サッカーボールがある』



サッカーボールがあるという事は…あそこか。



『大体分かった。今から迎えに行くわ。一応こっちの番号教えとくからそっちも教えてくれる?』







『うん、090○○○○……だよ。ここで待ってたらいい?』



『そこにおって。あとどんな格好してるか教えてくれる?』







『ストライプのシャツにジーンズ。髪は黒くて少し長め』



『分かった。俺はみどりのシャツにジーンズで赤い眼鏡かけてる。10分くらいでいけると思うから待っとってな』






髪が黒いって事はギャルでは無さそうだな。



取り合えず用意をして家を出て、自転車にまたがる。どんな感じの子なんだろう?



久々にどきどきした。



こんなにどきどきしたのは久しぶりだった。






7年前の6月。



夜になるとまだ少し肌寒いその季節に私は彼と出会った。






何のあてもなく新幹線に飛び乗ってやってきた関西。



場所が変わっても私がやる事は同じだった。



見た目がぱっとしなくても『17歳』という事だけで寝床には困らなかった。



当時流行ってた(今もあるんだろうけど)援助交際。でも少し違ったのは私はお金は貰ってなかった。



自分の体を差し出す代わりにその日の寝床を提供してもらう。



何故か『お金を貰う』という行為が私には思いつかなかった。






私が関西にやってくる一週間程前。



私は家を飛び出した。



誤解の無いように言っておくと、別にグレていた訳でもない。



煙草も吸ってなかったし、髪も染めてない。



むしろ真面目だった方。



少しでも爪を伸ばしたら怒鳴られる。



唇の乾燥を防ぐ為にリップクリームなんてつけようものなら



『売春婦め!男の目を引こうとしてるのか!!』



と意味も分からず謗られる。



スカートなんて制服以外でもう何年もはいてない。



髪を伸ばすのもダメ。



眉毛の手入れをするのもダメ。



胸の開いた服だって着られない。







私の父親は私に対して異常なまでに干渉した。



日々のスケジュールは毎日チェックされて、父親の予定した時間を1分でも過ぎれば殴られた。



躾…とは別のものだったと思う。



恐らく父親は私を閉じ込めておきたかったんだろう。



毎日のように怒鳴られ、気を失う寸前まで殴られ続ける生活。



物心ついた時から始まった暴力は、私が家を出るその瞬間まで続いた。







何よりも家に帰るのが苦痛だった。



父親の機嫌に左右され、顔色を伺いながら息を殺して生活することが。



学校は唯一私にとっての安息の場所で、少しでも家の事を忘れることが出来た。



それでも時に父親はその私にとっての安息の場所までも脅かす。







逃げ場がなかった。







その日、私は中間テストを終え帰宅する最中だった。



その日も家を出る瞬間まで父親の怒鳴り声がしていた。



きっとまだ続いてるんだろう。



憂鬱だった。



そんな時に携帯に入ってきた一通のメール。








『お母さんです』



『お父さんに殴られています。私のせいでお父さんを怒らせてしまって本当に申し訳ないと思っています。


 ユカは学校に行ってるからいいですね。


 本当に辛いです』








私の母親は携帯を使わない。



元々機械音痴な上、ましてやメールの打ち方なんて知るはずがない。



それまでも何回かあった。



母親のフリをした父親からのメール。



要は私が今日学校に行ったのが気に食わないのだ。









私の中で何かが切れた。



モウイヤダ。



ドウシテワタシガコンナメニアワナキャイケナイノ。







家を出よう。



本気で家を出るんだ。



今までずっと我慢してた。



お母さんの事とか、友達の事か学校の事。



でももういい。



もう我慢出来ない。







そうして私は家出した。


僕が彼女と初めて出会ったのは7年前の6月。



利用した事がない人もいるかもしれないけど、その当時は今と違って『出会い系サイト』ってのはほとんどが無料だった。



当時僕は18歳で、あと数週間で19歳の誕生日を迎えるところだった。







その日僕はいつものように携帯を開いた。



掲示板に書き込んでも返事なんか滅多に来ない。



かと言って、掲示板に書かれてる女の子にメールをしてみてもやっぱり返事は来ない。







前に付き合っていた彼女と別れてから1年ちょい。



どうしても彼女が欲しい!って訳でもなかったけど、やっぱり出来れば欲しい。



かと言って出会いがある訳でもなかった。



元々昼の高校に通ってたけど、2年生に進級してから始めたバイトが楽しくて僕は学校にあまり行かなくなった。



別に学校が嫌いとかそういうんじゃない。



友達もそこそこいたし、彼女もいた。



でも学校の勉強よりも働いてる事の方が楽しかった。ただそれだけ。



毎朝僕を迎えに来てくれる彼女も巻き込んでずるずると学校を休み続けた結果、出席日数が足りなくて僕の留年が決定した。



それと同時に彼女に



「距離をおこう」



って言われた。



今思えば彼女は僕に学校の事をもっと真面目に考えて欲しかっただけで、別れるとかそういうつもりじゃなかったんだろうけど。



高校生の僕にとってはそれは『別れる』ってのと同意語だった訳で。



ショックで一週間引きこもった。



そして僕は彼女のクラスメイトの女の子と付き合った。



正直別に好きだった訳じゃない。



最低だと自分でも思うけど、彼女に対して当てつけだった。



ただ僕の中では『フラれた』って事になってたけど、実際に彼女の中ではまだ別れてなかった訳で僕は彼女の周辺の女子から驚くほど嫌われた。



自分の事に関してはまぁ自業自得だからいいとして、申し訳なかったのは僕の『当てつけ』に利用された子だ。



当然のことながら彼女も批難の対象になってしまった訳で、かなりすごい事になってたみたいだ。








結局その子とはすぐに別れてしまったし、僕も一応もう一回高校2年生をやったけどやっぱりバイトが楽しくて結局学校を辞めてしまった。



親に相談して音楽の専門学校に行こうと思ったけど、近くの専門学校は高卒以上しか入れなかったし、なんだかんだ言っても高校は卒業した方がいいだろうって事で僕は定時制の高校に編入する事にした。







定時制に行った事のある人なら分かるかもしれないけど、定時制ってのは本当に年齢層がバラバラだ。



途中から入った僕はちょうど中間の年齢層になって、年下の子とはどうも話が合わない。



そもそも僕は年上の人と仲良くなる方が多かったし、積極的に女の子と話すタイプでもない。



学校で彼女を作る気は無かったし、バイトもコンビニの夜勤だったからそもそも女性と話す機会がない。







ってな訳で僕は出会い系を利用していた。






出会い系で何人かの女の子に会って、付き合うに至った子も何人かいたけど大体長く続かなかった。



どうも僕はあんまり彼女という存在に執着心が無いらしい。



一番最初の彼女と別れてからはほとんど同時進行だったし。






束縛されるのも不快だし、なにより女の子が喧嘩した時によく言う



『もう別れる』



ってのが一番嫌だった。



どんなに好きでもそれを言われた瞬間冷めてしまう。



別れるんだったらいいよ、とそのまま着信拒否にする。



それで終わり。








まぁ今思い出しても中々最低なんだけど、それは置いといて。







その日も僕は携帯を開いていた。



そこでひとつの書き込みに目が止まった。






なんのきなしにメールを送った。



『19歳男子、夜間学校に通ってます。


 良かったら返事下さい』



そのメールが彼女と出会うきっかけだった。