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魂喜村

人生の真理メカニズムを確信すればあなたは確実に幸せになれる!
沖縄の今帰仁の理想郷からワクワクの毎日を配信中!

2月16日はうちの奥さんの誕生日でした。




故金正日と同じ誕生日でもあります。




かといって彼女は将軍様と同じ性格ではありません。



本人の名誉のために。^0^



さて、毎年誕生日はケーキ買ってみんなでお祝い、の繰り返しだったのだけど
カミさんから「伊平屋島(いへやじま)へ行きたい」と言われ、また自分も彼女も
物はあまり欲しくないほうだったので、気づきと思い出を残そう、ということで
旅に出ることにした。




といっても正月旅行に長い旅に行ってきたばかりなので
今回は、我々が住んでいる運天の港から1時間20分で行ける
伊平屋島に1泊で行くことに決定した。



人は普通、旅に出るのはそこのおいしい料理やそこならではの
アクティビティの楽しみなどがあるから、行きたくなると思っているけど、
実はそうではないのだ。



それは、「人が旅に出るのは、自然に入りそこで神と繋がりたいからだ」というのを
どこかで読んだ覚えがある。



そうなんだと思う。



特に現代社会では、本来の自分がしたいことを抑えて、社会のルールに従い、
他人が喜ぶ自分を演じなければならないことが多く、内面の本当の自分と
表面で表現している自分が、かけ離れてしまう分離状態をつくり
いつも「~ねばならない」状態を歩んでいるのだ。




それを我慢し続けていると、ストレスが体や細胞を傷つけ
重篤な病気を作ってしまう。




だから、人は本能的に「本当の自分と繋がりたい」と思うのだ。




本当の自分とは、大いなる自己、大いなる全て、そして
それを神と呼ぶこともある。



旅に出られない場合は、瞑想が非常に有効だ。



ただ、旅に出ると、「ワクワク」感がある。




自分とつながるのは、なにもストイックになるためではない。




感情がワクワクし、無意識に波動が高くなるのを知っているからだ。




いい景色を見れば、自分の感性で「いい景色だ」と思えるし
触るもの、見るもの、味わうもの、聞こえるもの、匂うもの、
そして神聖なる感覚などすべての感覚を他人に合わせることなく
自分でワクワクして楽しめるからだろう。




さてさて、前振りが長過ぎたが、そういうわけで
伊平屋島へ1泊2日のミニ旅行だ。




なんで伊平屋島かと言われたら、カミさんいわく
以前ある方から、沖縄では久高島、安須森(アスムイ)、伊平屋島を
結ぶ三方向から、強力なエネルギーが出ていると聞いて、気になって
いたからなんだそうだ。




確かに、伊平屋島にはクマヤ洞窟という協力なパワースポットがある。
自分も前々から気になっていたところだ。




ということで、今回は旅なのでいつものごとく
記録という意味で、残しておこう。
特に今回は写真を多く残して、伊平屋島のイメージを記録しよう。




まずは、出発はうちから車で5分の運天港だ。
いつも魂喜村から海を見ながらフェリーを見ている、あのフェリーの前で。
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魂喜村のプライベートビーチを海側から見ることができるのも船旅ならでは・・。
古宇利島のビーチに負けないくらい綺麗な海の色だ。
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そうこうしていると1時間20分の船旅もあっという間だ。
伊平屋島に着いてまずはお昼をとって、レンタカーを借りてそして
伊平屋島の歴史や文化を知るために、伊平屋島歴史民俗資料館でお勉強。
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先の大戦では伊平屋島にも米軍が上陸していたんだね。
こんなの~んびりした島でも戦争があったことが信じられないよ。
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そして車で移動中に見つけた、「念頭平松」。樹齢200年のりっぱな松で
誰でもが思わず「この木何の木、気になる木~♪」を口ずさむはず。^0^
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そして今回の旅のメインである「クマヤ洞窟」だ。
全国に多数ある天の岩戸伝説の最南端地でもあるのだ。
また江戸時代の国学者藤井貞幹が、神武天皇は沖縄の恵平屋恵に生まれた
という説の根拠として、この洞窟が天の岩戸伝説のものであるという説にも
繋がっているらしい。

それにしても大きな洞窟だ。
誕生日は非常に大きなエネルギーで本人が満たされるというのに
その上、ここの高い地場が相まってとんでもないエネルギーが
洞窟に充満している。
早速、二人で誕生日のメモリアルメディテーションを敢行した。
素晴らしいメッセージといい感触が体を覆う。
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洞窟の奥に、岩が割れたようになっていたので、岩からの誕生
をイメージしてパチリ。
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洞窟にいる1時間以上は誰にも邪魔されないで神聖なひとときを過ごした。
伊平屋島NO1の名所に誰も来ないという偶然のような必然。
感謝!感謝!

その後、灯台やら最北端の岬やらを見て
ちょっと気になるところへ。
それは、ダイビングポイントとして紹介されていたところで
ひょっとしてビーチエントリーができるかも、というヤへー岩。
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ん~、頑張ればビーチからも潜れそうだがかなり気合がいるね。
またまた職業病が・・。

そして本日最後は野甫大橋(のほおおはし)を通って野甫島へ。
その野甫大橋から海を見下ろした時、なんと海亀が歓迎してくれた。
写真ではわかりにくいが亀が写真のほぼ真ん中に沈んでいるところが写っているのだが・・。
なんども浮上を繰り返してくれたが、すぐに水中へ沈むため浮上シーンは撮影できなかった。
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その夜は、民宿風ホテルで地元料理をいただいて久しぶりの旅気分を味わった。



さて、次の日は・・・
カミさんのリクエストでもう一回クマヤ洞窟にGO!



今度は撮影に時間を取ろうと相成った。
でも着くとまたしても我々だけだったのと、せっかくの
静寂さと神秘さの中でエネルギーを感じたかったのでもちろん
メディテーションさせていただきました。
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そしてようやくほかの観光客が来たので、思い残すことなく
ここをあとにした。



さて、伊平屋島が沖縄で注目される事の一つとして
琉球を最初に統一し国王となった尚巴志の先祖に当たる、
屋蔵大主(やぐらうふぬ し)が祭られている由緒ある墓があった。
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この尚巴志の血統を第一尚氏といって、7代尚徳王の時に金丸(後の尚円王)という臣下に
クーデターを起こされ王位をとられるのだが尚円王は伊平屋島の隣の伊是名島の出身である。




島の大きさからすると八重山の方が大きいのに、これら小さな島からの
出身者が琉球を治めていくというところに意図を感じるのだが理由はわからない。




いよいよ最後のポイントは、島の玄関でもある港から巨大な岩が見えるところだ。
虎を伏したような形をしているので虎頭岩[とらずいわ]といわれ、
自然の風水岩として島の人々に親しまれているところだ。
その岩の頂上に行ってみた。
天気が素晴らしく、その上風が気持ちがいい頂上の語らいの場があったので、
夫婦で旅の気づきや、これからのビジョンを語り合え、最高の思い出になった。
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今回の旅は1泊2日ではあったが、もっと長く旅していたように思える。
たぶん、一杯いろんなことを感じたので、そう思ったのだろう。
でもやはり、最初にも言った「人が旅に出るのは、自然に入りそこで神と繋がりたいからだ」
というのが我々にはピッタリくる旅であった。
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誕生日というパワー、旅というパワー、自分と魂、全部つながった!


あっ、そうだった「誕生日おめでとう!」


感謝!!!
弘法大師 空海生誕の地、善通寺に到着。




今回の四国旅行を決めたあとになって、ある方に話したら
「空海の生まれたところね」と言われてびっくり。




それというのも、昨年も正月旅行に行き、和歌山県の高野山
奥の院にこれも偶然のように入って、ここが空海の入定した場所とわかり
不思議なご縁を感じたところだったので、今回も空海とご縁があることに
非常にびっくり。




大きなご縁を感じる場所に、是非行きたいと今回の四国旅行を決めたあと、
「絶対行きたい場所」に選んだわけだ。
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そして、ようやくこの地に来て少し日が暮れかけてはいたが
ゆっくりとまわることができた。
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実は、ここでもちょっと不思議なことがあった。



高野山の奥の院で手を合わせた時に本堂内でふわ~と
押されるような感覚が、今回もまったく同じようにあったのだ。




そしてすごく気分のいい状態にさせられた。
たぶん、このままうまくいくよ、というメッセージだと
理解した。





本堂を出て空海の像を見上げると、龍のような雲がスーっと
上に伸びてすべてを暗示しているかのようであった。




ありがたいことだ。
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弘法大師、空海は日本の歴史上屈指の大宗教家であり、土木・
建築・鉱脈の技術を持ち、日本全国を周って仏教を説き、
最後は即身成仏となった。





昨年からの縁で、ますます空海に関心を持つことになり
もっと、彼の勉強をしてみたくなった。





いずれ、お遍路参りしようかな。^0^




空海については話が尽きないが、この日は一路
松山へ戻り、息子たちのリクエストで美味しい焼肉屋で
お腹いっぱいになったのだった。





五日目・・・1月5日(愛媛~那覇)




松山市内のホテルに泊まり、朝、沖縄で
昨年の12月初旬にウーフしてくれたユカ&マー君たちと
会うように約束をしていたので、近くのスタバに行く。




それにしても我が誕生の地、松山も中心街は結構な都会だった。




全国いろんなところへ行ったが、中心地はどこも日本の街は
ひと目で、日本の街なのだ。



同じ店、看板、建物、ホテル・・・一瞬どこに来たのか
忘れるぐらい、日本の街って似ているよね。



ただ、それによる安心感はあるのかもしれないが・・・。




そして、彼らと再会!
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マー君は自分の双子のお兄さん、ジョニーを
連れて、奥さんのゆかの里であるここ松山で正月を迎えたのである。




双子でも個性があって、自分にはやはり兄弟のそれぞれの
キャラクターが面白く感じた。




彼らも「生まれたのが15分違うからね」なんて
ジョークを飛ばしていたけど、面白い兄弟だ。




暖かい時はイギリスに居て、寒くなったら沖縄に行って
という生活がしたいらしい。




ただ、移住も検討中なのでいい流れになったらいいな、と思った。




ここでまたシンクロなんだけど、




実は魂喜村のお手伝いをよくしてくれている
ヒロコちゃんが、2月にフィリピンに行って
英語の勉強してくるらしいのだけど、なんと
さきほどのジョンがフィリピンのしかもヒロコちゃんが
行く町に、同じ頃ウーフしに行くって聞いて、
「これはひょっとして・・・」^0^





いい話になるといいなあ!




お互いにいい相手を探していたので・・・。^0^





さてさて、いよいよ最後の行先は・・・




松山赤十字病院。




ここは、自分が生まれたところ。
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まあ、病院なんでそんなに思い入れがどうとかはないのだけど、
半世紀ぶり、しかも2013年という大きな節目の時代に
誕生の場所に降り立ったということが、原点に戻った感じがして
心を新鮮にできたということだ。






実は住んでいたところも、近くだったので行ってみたが
地名自体は変わっており、それでも母が電車乗り場の
駅名を覚えていたので、そちらは昔と同じだったので
寄って見ることができた。




ただ、こちらももうすっかり近代的な住宅街で
当時の面影は、もちろんなかった。




というわけで、今回の旅行はさらにシンクロが多くて
2013年らしいスタートになったな。





シンクロかどうかは本人次第だけど、
心を穏やかにすれば、ビビっと来る。




言葉で表すには、限りがあるのだ。




よく、夢で説明がつかない夢を見るのと同じで
この3次元では言葉で表現するにはどうしても限界がある。




それは、すなわち大いなる全ての領域だからだ。




我々人間は、素直にそして自然体で来るものを
受け入れて進んでいくことで、自分の行先を正しく
そしてスムースに選択できるものだ。




そうすることで、すべてがうまくいく。




そしていい気分でいると、いつの間にか
自分の描いたイメージに近づけてくれる。




そう言う意味でも、今年の正月旅行、四国は
晴れ男の異名通り、全日程晴れてくれてありがとう!




そして八二歳の母も、よく頑張ってくれたし
四月から東京に行く長男とも、久しぶりに旅行できたし
次男くんも見聞を広めただろうし、そして奥さん、いろいろ
準備、ありがとう!!




みんなの協力で、無事旅行できたことに感謝します。




また、この旅行で気づいたことやご縁はこれからの
人生にも必ず生かされ、すべてがうまくいっていることを
強く感じます。
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旅行記にお付き合いいただき、ありがとうございました!!!




2013年、いい年になります。




今年もよろしくお願いいたします。



感謝!!!
三日目・・・1月3日(高知~愛媛)

昨晩は夜の到着だったので周りの景色を見れなかった
のだが、朝民宿の屋上から足摺岬周辺を見た。




太陽に照らされた太平洋。
沖縄でも太平洋は見れるのだけど、何か違う海に見える。



水平線が180度いっぱいに見え、ゆるやかなカーブを描いて
地球が丸いことがわかる。



すごい!
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温かいもてなしのある、民宿青岬をあとにし、今日は愛媛に向かう。





本当は四万十川にも行きたかったのだが、時間的に無理があるようだ。




二十数年前、今の四万十市が確か中村市と言われていた頃、東京から中村市の
歯科医師会に歯科医院向けのコンピュータを数十台買っていただいた折に、
地元の歯医者さんたちと、朝の四時~五時頃まで飲んだ覚えがある。




その時に出た料理が忘れられない。




いまでも思い出すだけでよだれが出るのだが、
野菜や海藻の上に、マグロのトロと和牛の霜降りを
両方共四角にぶつ切りにしてのせてあり、どちらがどちらか
わからないぐらの赤みに脂がのっており、当時の自分には
「世の中にこんなうまいものがあったのか」と驚いたものだ。




しかも、その時頂いた日本酒がこれまたうますぎ。
本当に水のように飲めたお酒だった。



銘柄を覚えておけばよかった、と今も後悔している。




ただ、今回は行けなかったのでいつかまたピンポイントで
行きたいものだ。





さて、出発してしばらくしたところに
全く予定しなかったのだが、ジョン万次郎資料館、というのがあった。




自分の直感で、どうしても行ってみたくなり、一旦通り過ぎた道を
戻って行くことにした。
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※ジョン万次郎:ここ土佐清水で漁師として生活していたが、
あるとき漂流し無人島の鳥島に漂着後アメリカの捕鯨船に救助され
アメリカの学校で首席になるくらい教養を身につけて、その後
やっとの思いで帰国し、明治維新で活躍する人達にアメリカの文化
や物をはじめ、鎖国中から開国に至るまでのアメリカとの橋渡し役
としてまた、日米和親条約の平和的締結に向け、陰ながら助言や
進言をし尽力した。




鎖国の中にあって、一介の漁師が偶然とは言え世界を知ることになり
国と国の橋渡し役になるという壮大なスケールの人生に、単なる
偶然を通り越した日本の中の大きな役目を感じた。
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ここでふと、自分なら龍馬と万次郎のどちらに共感するかを考えた。




なぜだかわからないが、万次郎だった。




たぶん、世の中の規制や権力に対して戦った龍馬よりも
一見波乱万丈に見えて人生の運命に逆らわず世界を見聞し、
しかも平和的で幸せな人生を歩んだ万次郎の方に、
本能的に共感できるからだろう。





因みに、ジョン万次郎は帰国に際し、琉球に上陸している。
今は冬場のダイビングポイントにもなっている、大渡海岸だ。




ジョン万次郎の思いを胸に、資料館をあとにする。




朝、民宿のあるじが言っていた観光ポイントの一つ、
竜串海岸に行ってみることにする。
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海岸から奇岩が沖へ突出して、珍しい景観であった。




沖には水中のサンゴを見せる遊覧船が来ていて
さぞかし、ダイビングのポイントにはうってつけかな?、
とすぐにポイント調査を思い出す自分がいた。




そして、いよいよ生誕の地、愛媛に向かう。




今回の旅の目的の一つが、自分の生誕の地に行き、
原点回帰でリフレッシュするつもりである。




ただ、愛媛については、生まれて1年もいなかったため
全然記憶にない。




それでも、人からよく「ご出身は?」と聞かれるので
「生まれは愛媛ですが、育ちは・・」といつも面倒臭い
説明をしているので、少しはここを訪れることで
思いを入れて話せるような気がしたことにも起因する。





そして、今日の宿は、自分が産湯をつかったとされる
かの有名な、道後の温泉だ。




道後の温泉は、3000年の歴史を誇る、日本で最古の温泉だ。
夏目漱石、正岡子規、高浜虚子をはじめとする“明治文学ゆかりの地”でもあり
町のあちこちに句碑が建てられ、漱石の「坊ちゃん」の舞台としてはあまりにも有名。
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まずは、旅館(ホテル)の温泉にゆっくり浸かり
温まったところで、食事をいただく。




久しぶりの大きな宿泊場での豪華な料理に
舌鼓を打ちながら正月気分を満喫した。




そして、自分が生まれたこの場所を見たくなったので
夜ではあったが、道後温泉街を散策した。




道後温泉本館、商店街、道後温泉駅、からくり時計etc
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この道後温泉本館は宮崎駿監督の映画『千と千尋の神隠し』に登場する
「油屋」のモデルになったといわれていて、本当に温泉街の風情がいい。




温泉で温まった体に寒気がほどよく
さほど気にならないのもいい。




あまりお土産に興味がない自分だが、商店街があったので
ちょっと、スピリチュアル気分でこんなことを念じてみた。




「この旅行で、意義あるお土産を一つ見つけました。
 ありがとうございます。」と・・。




そしてなにげに入ったお店の奥で、
パット目に入ってきたのが、印鑑だった。
ちょっと字を崩したもので、絵や書を書く人が
最後にサインするような判子。




しかも、下の名前だけの印鑑。




ただ、どうみても20~30個ぐらいしかないので
自分の名前「聡」はないだろうと思ってみたら・・・




なんと、あった。





石で出来ていてちょっとだけ高価だったけど
記念にと思い購入することにした。




そしたら、かみさんが、




「ここで生まれて、ここで名前をつけてもらったんだから、
 よかったね」っと・・。





「・・・なるほど・・・」




この地で生まれてこの地で名付けられた名前なんだ・・。





やっと、自分の生誕の地にきた感じがした。




買う時はたいしたこと考えてないのに、そういう意味や意義が
パッパとシンクロするのが2013年だな。



四日目・・・1月4日(愛媛~香川~愛媛)


早朝6:00、道後温泉の本館に行くことにする。




ここは、本当に産湯を使ったらしいので、外せないところだ。




宿の仲居さんも、行くなら朝の方が
「朝は、湯を入れ替えて綺麗だし、人が少なくて気持ちがいいですよ。」
とアドバイスをもらっていた。
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確かに昨日、車で通った時は、行列が出来ていたので
それに比べれば少なかったが、まあ程々くらいか・・・。




朝の温泉はいつも爽快だ。




これも健康ならではということで湯船に浸かりながら
感謝の気持ちで温泉を上がった。




おいしい朝食の後、さあ、今日は
香川県へ出発。




帰りの飛行機の関係で、ここ松山に戻ってくるので
往復のハードな旅だ。




今日の目的は、讃岐うどんと弘法大師・空海生誕の地
善通寺。




まずは、下調べしていた人気NO2のお店へGO!




しかし・・・、




看板も出てなくて、江戸時代にタイムスリップしたような
田舎についたのがお昼頃。




なぜかこんな田舎を人がパラパラ歩いているが・・・



やっと到着も、すでに売り切れ。



残念!!




それでは、と思い次なる店は電話して
大丈夫そうだったので




オッ、ここは大丈夫。




まんのう池という空海が改修したとされる
日本最大の溜池のほとりに、和のイメージで
茶店風にお店をやっていた。




人気ランキング4位とあったが、普通に美味しかった。^0^




やっぱり讃岐うどんは、製麺所で朝早くから並んで
食べるところが美味しいらしい。




実は、香川は2歳から小さい間住んでいて、
家の近くの製麺所に何度かおつかいに行った覚えがある。




作っているあいだ、製麺所のとなりの土手で
青空に浮かぶ雲を見ながら寝そべっていた頃を・・・。



なぜか何もなかった時代だけど幸せだったな・・・。




さてさて、それから次は予定になかったが
行く道にあった、金刀比羅宮。





森の石松が清水次郎長に代わって金刀比羅宮に詣でたとき、
途中の船の中で「飲みねえ、飲みねえ。鮨食いねえ。江戸っ子だってね」、
は有名な語り草。




後で知ったが、海の神様としても有名で戦前の大日本帝国海軍の
慰霊祭だけではなく、戦後の朝鮮戦争における海上自衛隊の
掃海殉職者慰霊祭も毎年、金刀比羅宮で開かれるらしい。




本殿までの階段が785弾あり、これでもか、という感じで登っていく。



小さい頃、登ったはずだがこんなに長く感じるのは体が重くなったせいかな?$魂喜村
せっかく登った金刀比羅宮も、もうひとつの予定がせまって
いたのと、下で待っている母が心配になってきたので足早に降りた。




さあ、あとは弘法大師の空海の生誕の地、善通寺だ。




続く・・・
2013年が始まりました。



目に見えて何かが大きく変わったということは
ありません。



これからは特に感じることを大事にしていく時代です。




見えるから信じるのではなく、信じるから見えてくるということが
はっきりわかる時代になってきます。



つまりイメージしたことが今まで以上に早くシンクロしてきます。



だからこそ2013年は、自分の感情や思考を自分の中心において
本来的な生き方、考え方をさらに進めていきたいと思っています。



さて、今年も正月旅行に出かけました。



行先は四国です。



なぜ四国か?



ただ単に、自分の生誕の場が『愛媛』ということ。

香川で本場の讃岐うどんを食べたいこと。

かつて東京から仕事で高知に出張した祭、おいしいマグロと
日本酒が忘れられなかったこと。



と、今回も他愛ない発想からでした。



でも、やはりというか意味ある偶然が今回も
たくさんあったので、このブログを通じて文字通り
日記に記録しておこうと思います。




一日目・・・1月1日(自宅から那覇へ)


今朝は魂喜村から初日の出が見れて幸先いい。
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そのあと、字の毎年の行事で氏神様にお参り。



その後、簡単なお正月料理をいただいて
出発!



せっかくなので、波上宮で参拝。
久しぶりの人の多さにややゲップ気味。



あすの那覇から四国へのフライトが朝7時と早いので、
本日は那覇で泊まることにした。



沖縄から出るまではまだ旅ではないとの認識からか
那覇での宿泊は、安宿のゲストハウス。



長男が持っているスマートフォーンのナビを
頼りにようやく探し出すも、車から降りて結構な坂道と
必要最小限の安宿のわびしい風情で、ちょっと凹む。



まあ、仕方ないな。



ただ、今回東京から沖縄に呼んだ母も一緒のため
宿までの傾斜のきつい坂道や容赦ない階段はかなりこたえたはずだ。



なにしろ御年82歳。
ちょっとした転倒が命取りにもなりかねない年齢と
体力なので、行く前にずいぶん話し合いをしたが彼女は
「これが最後の旅」などといって譲らなかった経緯もある。



まあ、今回は珍しく長男(18歳)もいるしなんとかなるか、
とここは「全てはうまくいっている」イメージさえあれば
うまくいくのだ、とスピリチュアルの真理をみんなで
共有したのだった。



そんなこともあって、晩飯ぐらいはちょっとおいしく元気がいいとこに
ということで、国際通りまで歩いて出る。



母があまり歩けないこともあって、表通りに出てすぐの
居酒屋へ入った。




TVなどで宣伝も良くしているお店だったが
正月で忙しいのか、店員さんのモチベーションが
かなり下がっているのがよくわかる。



料理を持ってきても溜まったお皿を持っていこうとしないので
持っていってくれるよう頼むと、無言で面倒くさそう。



とうぜん料理も・・・。



正月から嫌な気持ちになるのもなんなので
「従業員さん、ご苦労さま」という気持ちであとにする。




ところが、この店、あとになってシンクロしていたことに気づいた。




それは、四国に降り立って最初に行ったところは
桂浜の坂本龍馬。



そして、ここのお店の名前は、その坂本龍馬が結成した
※※隊。



これに気づいたのは四国に行ってからだから面白いね。




意味ある偶然の一致のことをユングはシンクロ二シティといったが
まさに行く先を暗示したんだろうね。




いつもあまりきっちり計画を立てない自分は、坂本龍馬の像がある桂浜へは
時間と行く方向で決めようと思っていたので、主要計画場所ではなかったのだ。




ここで問題となるのは、「意味のある偶然の一致」つまり
どう言う意味があるのだろうか?、ということだろう。




これはあとのお楽しみ。




ただ、自然の流れに沿って出会うべくして出会っているサイン。




つまり、旅の始まりだけど、うまくいっているというサインなのだ。




二日目・・・1月2日(那覇~高知)


朝、5時起き。



いよいよ四国へ出発だ。




那覇空港からまずは、高知へ。




空港名が高知龍馬空港。



自分が高知へ来たのは、小学校時代に香川に住んでいたので
そのときの修学旅行で1回と東京でサラリーマンしている時に
大型商談をまとめるために出張で高知に来たのとで
今回が3回目。




沖縄からの便が、福岡経由だったこともあり、到着が昼になったので
今日は空港から宿泊予定地の足摺岬へ直行、と思ったがそこへ行くまでの途中に
桂浜の坂本龍馬像があったので、寄ることにした。



小学校6年生の修学旅行以来だ。
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確か、砂浜に坂本龍馬像があったと記憶していたが、今回行ってみたら
丘の上にあった。




記憶間違いかもしれないので、もし知っている方がおられたら
教えていただきたい。




近代の夜明けを見る直前に、何者かに暗殺された龍馬。




当時の世の中を変えようとすれば、刺し違えるぐらいの
生き様が必要だったのかもしれない。




現在、刺し違えても世の中を変えようとするぐらいの
人物が出て欲しい気もするが、もちろんそれは気迫であって
無血で改革することは当然であろう。



ただ、現在は国民一人ひとりの意識が大きな変化を起こす時代であり、
また、それができる時代でもある。




もし、それをすべての人たちが確信したら、権力と規制に頼らなくていい
本当に自由で幸せな時代が来るのである。





話は旅行に戻るが、今日の宿泊場所が遠いため、一路
足摺岬へとレンタカーを飛ばす。




すっかり日が落ちて暗い中、本当にこっちでいいの?
というぐらい山道を進めてなんとか宿に到着。



青岬という民宿。


とにかく料理がうまい。
刺身はマグロ、そしてもちろんかつおのたたきが最高だ。
そして小鉢の料理もいっぱいあってお腹一杯!



今回は大きなイカの丸煮を中心に酒が進み
風呂に入ったとたん、あっという間の就寝と相成った。
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それにしても、いたるところに女将(おかみ)の細やかな気遣いの書が
貼ってあった。しかも達筆だ。



例えば
「主人(あるじ)の無愛想は土佐のいごっそうと思ってください。中略・・
お家に帰った時のように寛げないそのときは、声を大にして云うてください。
こりゃいかんぜよと・・」



ご主人も親切で情が深い方のようにお見受けした。




小さな宿屋のリラックスした、それでいて程よい気配りは
我々も大変勉強になった。




そんなこんなで久しぶりに坂本龍馬が飲んだかもしれないといわる
地酒の日本酒を飲みながら深い眠りについたのであった。



続く・・・




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今日は、2012年12月31日、大晦日だ。



一年は早い。



早く感じることは、悪いことではない。



なぜなら、三次元的には一年という時間の経過を機械である
時計に測定させて、一年経過したと思い込んでいる。



ただ、体が時間の経過を早く感じたということは
体の老化はあまり進んでないことになる。
これは4次元的な真理だ。



だから悪いことではないのだ。



よく、ワクワクすることは早く時間が経ってしまうのは
なんとなく理解できると思うが、人生の真理も実際は
そういうロジックだ。



楽しそうにしている人は老化が遅い。



逆に、眉間にしわを寄せたり、しんどそうな人は
ちょっと会ってないと随分老けている。




ところで、世間では一年の締めくくりとして、最後の日に
一年間を振り返るものだが、自分は事細かに振り返るのは
苦手だが、魂の成長がどうだったかは、関心のあるところである。




それ以外の現象として、何が起こったかは楽しい思い出にしたい。



さて、それでは自分の魂の成長、つまり「気づき」がどうであったかというと
それはそれは、たくさん気づきがあった。



見るもの、聞くものすべてに意味がある。



ニュースを見ても、事件や事故でそれぞれの人物の心理や
背景がスピリチュアル的になぜそうなったかを考えてしまう。




だから、びっくりするというよりは、「なるほど・・」となってしまう。




「・・スピリチュアル的になぜそうなったか・・」というのは
現象面の原因と結果のことではない。



唯一、波動の使い方、影響を見る。



だから、病気になった人がいれば、普通は、菌を移されたとか
体質とか、遺伝とか、食べ過ぎとか、運動をしなかったとか
喫煙とか、飲酒とか、栄養が偏ったとか、老化とかすべて現象面を
考えがちだがそれらは全て、引き金に過ぎない。



引き金は引かれなければ病気にはならない。



上記の要因が存在していても、引き金が引かれなければ
病気にはならない、といっているのだ。




つまりそれらは全ては波動だ。



三次元的にうと、感情の持ち方かな。



そう、感情がどういう波動を発信していたかで
どの引き金を引くかが決まってくるからだ。




科学的にも分かりつつある時代に来た。



目に見えないから信じない、という時代から、
「信じるから見えてくる」のが真理だと分かってきた。




それでもその考えに抵抗がある人が多いのも事実だ。



それはそれでいい。



みんな人それぞれ人生おける、魂が成長するタイミングがある。



しかも絶妙なタイミングだ。



一瞬遅くもなく、一瞬早くもなく・・・。




今年も、いろんな人をヒーリングさせてもらったが、
あるとき結局、みんなを覚醒させる必要はない、と感じた。




あまりやりすぎると、「~ねばならない」になってしまい
相手を変えようとしてしまう。




変える必要があるかどうかは、その人の「人生の計画」の
邪魔をしないかどうかが大事だ。



その人に必要だから悩みとして現れているのであって
あくまで我々は、ヒーリング、つまり癒すことが必要だ。



でもこの癒やしというのは、結局、「本来的な生き方・考え方」であって
特別なことではない。




ただ、何が本来的かがわからなくなっている現在、それを冷静に
見てあげることが我々の仕事だ。




見てあげる、と言ってしまったが、本当は「思い出させてあげる」ことだ。




人間は全てを備えて、知って誕生している。
しかもなんでも創造できる力を持ってこの世に出てきた。



ただ、それを大いなる全ては、あえて誕生とともに忘れさせて、
人生の要所要所で気づくことによってのみ思い出すことこそが、
魂の成長だ。





今、東京から母親が遊びに来ている。




八二歳。




幼少期は華族として恵まれた家に生まれ、
裕福な生活をしてきたが、戦争ですべてを失い
サラリーマン生活を味わい、大変な苦労をし、それでも
必死に我々を産んで育ててくれた。



ある意味、輪廻転生ぜすして様々な人生を経験してきた。




そんな彼女も、ここ最近はかなり衰弱してきて
たったり座ったりが大変だ。




トイレだけでもかなり時間を取る。



もちろん、いろんな真理の話はするのだけど抵抗もある。
親子であるという先入観が邪魔をすることもある。



八二年間分の自分の歴史が体に染みつていて
真理の話も、全部をすんなりとは受け入れることはできないみたいだ。




それはよくわかる。
聞き方によっては八二年間の歴史を全部否定されたようになる。




なぜなら、人生の真理はほとんどが逆説的だから。
いわく、「成功は努力をしないでわくわくすれば実現できる」
「未来を考えすぎて不安にならないほうがいい、今この瞬間を
楽しもう」etc( 実際はもっと丁寧に話しているけど )



そして、私もだんだん気づいてきた。




ある意味で、最強のクライアントが来た!って。



これは自分の人生のレッスンだ。




アセンションを迎えて、流れに乗って幸せに導くためには
どうしたらいいのか・・・?




ようやく理解しかけてきた。




そのままでいい。




そう、そのままでいいのだ。




「人生の計画」なのだ。



私の生き方を彼女が感じていけば、気づくはずだ。
現に少しずつわかろうとはしている。




そして、しっかり寄り添ってやること、そして
理解してやることが肝心だとわかった。




沖縄に来てすぐ、震えが止まらなくなり涙を流している
母親を見た。



思うようにならない自分を嘆いている。
周りが彼女のことを理解してやれないでストレスが出たのかもしれない。
東京の生活も関係しているらしい。



自分は、そっと肩を抱き、「大丈夫だよ」と
声をかけた。何度も何度も。




それから、しばらくして震えが止まり
落ち着いた。




全ては人生の計画。




今のままでいい。




しっかり寄り添って、理解してやることが
どんな真理の話より、効果がある。



彼女が彼女らしく自然でいる時間をできるだけ作りたい。




覚醒って、なにか修行して大変な思いで
乗り越えて達成するみたいなことを考える人が多いけど
実は、




その人本来のリラックスした自然な姿、




それこそが、覚醒だ。




よく理解してあげれば、みんな心が温まり
気を張っていた心の鎧がはずれ、固い殻が溶け出し
裸になれる。




そうなれば、体も回復し、気分もいい。




そこに、言葉はいらない。



必要なのは、「 愛 」だけだ。




こちらが、受け入れる心があれば
相手も分かり、お互いに通じ合う。




親子を通して、少し感じた一年最後の日でした。




ところで、





明日から、正月旅行に行ってきます。



場所は、四国!



自分は生まれが愛媛、でも生まれて二年しか住んでいなく
それ以来。



道後の温泉に浸かって幼少に感じたであろう
地域の波動を味わってみたい。



香川も幼少時代いたが
弘法大師、空海の生誕の場がある。




実は、二〇一二年お正月に、高野山に行って
空海の入滅の場に行ったのがきっかけで
なにか空海に縁があるような気がしてならない。




そして高知といえば、坂本龍馬。



明治維新とアセンションは同様に
時代が大きく変わるタイミング。




是非、彼のゆかりの地で瞑想してみたい。




もっとも、自分が東京時代にサラリーマンとして
出張して、大型商談をまとめた時に、地元の歯科医師会の
方々と朝まで飲んで最高においしいマグロと水のように飲める
日本酒の記憶が忘れられないのだが・・・。^0^




まあ、いずれにしても温泉好きな我々家族の
二〇一三年に向かうセレモニー的な旅行だ。



ちょっと体が心配な母親もいるが、久しぶりに
長男(一八歳)も一緒で、力になってくれることを
期待している。



それでは、この顛末記は次のブログで・・・。



二〇一二年、ありがとうございました。



二〇一三年も何卒宜しくお願いいたします。