現代アートの絵ってなんだ?

現代アートの絵ってなんだ?

絵が好きです。そして、現代アートも好きです。みんな分かっているようでよく分からないこと、それらについて僕も勉強するつもりで気ままに更新します。。。

こんばんにちはー

 

さて、いきなりですが…

 

ガンダムです。

 

巷で噂になっている(?)のか、いないのか…

 

自分も劇場まで観に行って来ました。

 

感想は一言で言えば『面白かった!』その一言に尽きます。

 

主人公たちのキャラクターデザインが中年男の好みでないとか、音楽を担当しているアーティストがここ最近人気のアニメ作品ではほぼ同じ顔ぶれになっているとか、否定的な意見もちらほら散見されるものの、SNS上のアニメ視聴者たちには総じて好意的に受け入れられているように感じました。

 

劇場版が公開され、関連グッズの発表もあり、既にネタバレもされている頃なので、個人的な意見を吐露しても許される時期になっていると仮定しつつ、本編には触れないスタンスで語ってみたいと思います。

 

まず、この21世紀にどうしても巨大ロボから離れられないコンセプトと、それをよしとする制作陣には時代から取り残されつつあるように思えるのですが、こんな事思うのは自分だけなのでしょうか?

 

実際、自分は週をずらして2回観に行ってしまうくらいハマってしまったものの、子供の観客が皆無でした。

 

映像技術は文句なしで、観ていて気持ちよく、最新の作品を堪能できて損をした感覚は全くないのですが、所詮は関連グッズを特定の層に売るための手段に過ぎないのだなぁと俯瞰している自分がいるのも事実です。

 

最後にスピリチュアル的な視点で感想を書かせて頂くと、我々の魂には「分け御霊」という観念が存在し、元々は一つの大本から例えると巨木の根っこのように分岐を重ね、個人個人に魂が分かれて各々が経験を重ねるべく現世に存在すると言われています。ワンネスとも言われている考え方です。ワンネスは全能なので、その分け御霊である皆も本来は全能なはずなのです。ただ、現世に不足や不安などのネガティブ要素を経験するために、敢えて本来の能力を封印し、忘れている状態という事です。個人個人タイミングがあり、目覚めていくようなのですが、振り返ってこのガンダムシリーズでは能力者のことを「ニュータイプ」と定義し、凡人とは一線を画す存在であるように描かれていました。まあ皆がその素養を持っているかもしれないというセリフもあったような気もしますが、大抵のキャラクターはそれとは関係なく行動していますし、サイコミュ操作(銃座子機の遠隔操作)も凡人とは違う能力としてデフォルメして描写されており、普通の人間では到達できない領域という価値観が植えつけられるように思います。この辺が情報操作として機能しているようにも感じました。最も、主人公の機体が赤、青、黄色の三色で塗分けられている事の意味すら知らない眠った民達には、まったく興味のない絵空事でしかないのだと思います。実際、自分もそうだった訳ですから…

 

まあ、自分の中にある肯定否定両サイドからの感想を書きましたが、地上波で放送される本編は楽しみでしょうがありません。

 

プラモは買いませんがー‼

 

ではでは!

 

 

 

 

公式の予告動画

 

 

 

添付画像は2週目特典のキャラデザ図録(普通に売ってもいい内容なのでは?)

 

 

 

 

 

 

 

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かなり前になってしまうのですが…

 

実は去年ぽつぽつとではありますが、展覧会に行っていまして

 

それらも記事にしていこうと思います

 

今回取り上げる展覧会は「記憶の冒険・田名網敬一展」(会期終了)デス

 

1960年代にグラフィックデザイナーとしての活動(博報堂所属)で頭角を現し、その後アーティストに転身して 当時栄華を極めたポップアート(を主体とした前衛芸術)に傾倒した平面絵画、コラージュ、短編アニメーションなどを量産し、最近までひたすら作品を作り続けていた大家だそうですが、その作品は数も驚きでしたが、各作品の質も妥協の無い密度で見ごたえは十分、一度では消化しきれない展覧会でした。会期中に亡くなられてしまった事が悔やまれると共に、ご冥福をお祈り申し上げます。

 

 

添付写真は「会場外に展示してあった金魚のオブジェ」

 

 

 

添付動画は「美しき奇怪な世界への冒険」アリスの冒険にインスピレーションを受けて制作された田名網氏の短編アニメーション作品

 

 

最後にスピリチュアル的な視点を書かせて頂くと、広告代理店に席を置いていただけのことはあり、とにかく目のモチーフがやたらに出てくる印象で、もしかして故意にやっているのかと疑う気持ちすら沸いてきました。それは資金の裏付けという事なのかもしれません。もはや今となってはどうでもいい事なのですが…

 

ではではー

 

 

 

 

 

こんにちわ。

 

最近、やっとこさ漫画原稿の下処理作業が終わりそうになりつつあります。

 

アマゾンで不定期更新している漫画の事です。

 

原稿にして、枚数で60数枚。

 

しかも、読み切りでないため、話はまだまだ続いていきます。

 

軽いチェックを入れて頂いて、やっとこさ原稿作業に取り掛かれます。

 

自分はこの作品に色々な試みを実験的に導入していて、それについてはまた改めて書ていこうと思います。

 

スケジュールを見返してみると、なんとネーム切り始めたのがおよそ1年前。

 

今年は夏が異常だったため、作業が実質停滞していたのも鑑みて、作業自体は半年位か。

 

ページ数が多いので、小出しに分割しつつ、アマゾンの方から更新していこうと考えています。

 

 

 

アマゾンkindle無料公開作品ページリンク

 

 

 

 

画像は作品中の1コマを切り取って…

 

 

ではではー

 

 

 

 

 

添付動画は音響ヒーリング「ソルフェジオ周波数」の各チャクラに対応している音階別共鳴動画

 

 

 

 

 

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まず初めに、自分がこの作家を認知した時には…

 

小ぶりの美術系月刊誌で、それも古本屋で立ち読みしながら『何かすごい人が世の中にはいるもんだ』などと思いつつ、自分には縁のない方なのだろうとさっさと思考を切り替え、別の古書に手を伸ばし立ち読みの疲労と戦っていたという、あまり良いとは言い難い記憶が蘇ります。

 

 

次に見かけたときは現代アートの祭典。『横浜トリエンナーレ』での巨大なオブジェで、その存在感にこの作品は常時はどこに保管しているのか?とか、倉庫に保存しているのだとすると保管料は一体、月幾ら掛かってしまうのだろうか?などと要らぬ心配をするという小市民ぶりを発揮しつつ、多分常に起こっているような怖い性格なのだと勝手に決めつけ記憶の引き出しにしまっていました。

 

 

そして今回、大個展巡回という機会に巡り合い、やっぱり観ておきたい衝動が抑えられず、東京展示に行ってきました。(2023年8月時点終了)

 

 

まず感想は、作家ご本人様がいらっしゃっていて、丁度ゲリラライブ演奏会を終えて会場の操作室から控え室に戻るその瞬間に目視した時『あ。御本人だ。居たんだ。』というこの一言に尽きますかね。

 

 

逆に言うと、もうそれ程までにある種の偶像化が達成されており、知名度とその作品のインパクトがその辺の作家を吹き飛ばす程の威力を持っていると言えるのではないでしょうか。

 

 

作品も一つ一つがどれも足を止めてしまう引力を放っていて、それが一個大隊の規模で会場に収まりきらないと思える程展示してあり、創作意欲を掻き立てる展覧会でした。

 

 

 

 

 

 

 

奥村千代・公式ページ

 

 

 

皆さん、おはこんばんにちわー。

 

前回更新から大分時間が経ってしまいました。

 

更新。頑張ります。多分。

 

最近暑くて何もする気が起きません。なので、ぽつぽつ絵なんか描いています。

 

理想的な環境ですね。

 

展覧会も魅力的な企画展がありますけど、ほぼほぼ我慢です。

 

飯を食べながら、今更ながら『エヴァ』(新世紀・テレビ版)のレコーダーに残った最終話から数話を見返したりしていまーす。

 

 

SNS上では上記の作品の意図について色々と仮説を語られていますが、自分的にもこれは逆説の意図があると感じられると思います。

 

まあそれが、良し悪しということは置いておいて。

 

まずはご丁寧に『恐怖』『不安』というテロップまで入れて煽る。シンジやアスカ、ミサトまでが過去のトラウマや喪失感などに『恐れ』を抱き、各キャラの内面を掘り下げる。

 

この演出自体、当時は斬新で一気に引き込まれたのをよく覚えていますが、今見返すと、とにかく視聴者の波動が低く押さえつけられるのが良く実感できました。

 

なので自分はこの作品を見終わった後、『恐怖』『不安』『恐れ』を特に意識しながら丁重に手放しましたね。

 

 

何はともあれ、最終劇場版の円盤売り上げ15万枚でこき下ろされるモンスター作品に敬意を表して。

 

 

 

 

添付画像はツイッターで公開してる漫画のある一コマのための鉛筆画です。これでもトレース数回でブラッシュアップ済みのカットで、これを元に原稿にデジタル作画しました。

 

 

 

 

 

 

添付動画は名作と呼ばずしてなんとすべきかの公式ダイジェスト