急遽、無錫に行くことになりましたよ! 10
先月には、計画していた旅を泣く泣く手術の為に断念しました。今度行けるのは,来春だろうと諦めていたところでした。 2014年12月無錫滞在、最後の日になりました。中山路を歩き、地下街を抜けて崇安寺へ向かいます。久しぶりに訪れてみると、鳥居の雰囲気が以前と少し変わったように感じました。昔はもっと奥まで見通せて、落ち着いた佇まいだった気がします。中央には冬物の防寒着や布団を売るテントが立ち並び、旧図書館や「二泉映月」の阿炳の像も見えにくくなっていました。阿炳の像がテントのすぐそばに追いやられているのを見ると、少し寂しい気持ちになります。城中公園では、朝の陽だまりに多くのご老人が集まっていました。のんびりと過ごす方もいれば、トランプやマージャンに熱中する方々もいて、昔と変わらない無錫の朝の光景にほっとします。2003年12月、初めてここを訪れたとき、二胡の音色に引かれて入ったのが、この建物でした。二胡を持つ3人、ギターの方、ハーモニカの方の5人で演奏されていて、曲が終わるとリーダーらしき方が私に話しかけてくださいました。言葉は分からなかったのですが、次に流れてきたのは「北国の春」。私のために演奏してくださったのです。周りの人たちも中国語で歌い始め、私も日本語で歌って仲間入りしました。最後に5人と握手して別れ、映像をN局に送ったのも懐かしい思い出です。城中公園は、今はお茶の広場になり、かつて、ここで日本語教室や英語教室が開かれていました。日曜日には青空教室が開かれ、若者たちが熱心に学んでいました。朱さん親子と出会ったのもこの場所でした。塗り絵をしている姿を撮影していたとき、「こんにちは」と声をかけていただいたのがきっかけで、日本語コーナーに参加するようになったのです。無錫駅まで歩いてみようと歩き始めると、振り返った先には高層ビルが林立していました。同僚のMさんが住んでいたマンションの前に来ると、周囲は新しいビルに囲まれ、当時の面影が薄れていました。ここから車に同僚が乗り、毎日工場へ通ったことを思い出します。私が住んでいた頃にオープンし、ジャッキー・チェンが靴店を開いたと報道されていたのも懐かしい話です。さらに歩くと、赴任2回目に高速バスで到着した場所に出ました。空港への迎えが高速道路の閉鎖で来られず、浦東空港から4時間かけて1人でたどり着いたあの夜。暗い場所に降り立った私を、職場の4人が温かく迎えてくれたことは、今でも忘れられません。不安いっぱいでたどり着いた思い出の場所です。歩き始めて50分、ようやく無錫駅が見えてきました。明日は無錫を離れる日。だからこそ、今日のうちに無錫の街をしっかりと目に焼き付けて歩きました。これで安心して無錫を離れられます。